第19話 記念日
豊富温泉に着いたのはまだ3時半を廻ったばかりだった。
「どうするの?」
次の場所へ行くには遠すぎるし、
移動しないと、時間を持て余しそうだった。
「私はこの温泉にゆっくり浸かりた〜い!」
やっぱり私は温泉が大好き!
「ホント、いずみは温泉好きなんだなぁ」
「そうだよ」
「温泉は体に良いし、なにより美人になれるからねっ!」
と、キッパリ
「ふーん。で、いつなれそう?」
彼がまたからかっている。
「もーまたっ!そういう悪態つかないの!」
「意地悪なところがなければ、誠さん良い男なのになぁ」
正直そう思ってた。
「本当か?それは嬉しいなぁ」
心なしか彼が照れていた。
「几帳面だし、よく見るとイケメンだしね」
「なんか引っかかる物言いだな」
「それは誉められてるのか?」
「そう聞こえた?」
「たぶんね。」
「じゃあ、そうなんじゃない。」
「なんだよーそれ」
「お前、真面目に答えないと祝ってやらねえぞ!」
「えっ?」
「なに?」
「だから、お前の誕生日!」
突然の彼の言葉に驚いた。
「な、なんで知ってるの?」
「やっぱりそうか。」
「鎌掛けたの?」
「やっぱりストーカーだ〜」
「ち、がうよ、なんでそうなるんだ?」
「じゃあ、どうして?判ったの?誕生日って」
「私言ってないよ!」
「そうだなぁ、まずGNのナンバープレートが801」
「話の内容から大学生って事、」
「そのキーホルダーのダサい猪。」
「極めつけは、バンガローに落ちていた免許証」
そう言いながら、免許証をヒラヒラさせて見せた。
「えーそれ!?私の? どうして持ってるの?」
自分のポケットをまさぐった。
「だから、あのバンガローを出るときに部屋をチェックしたら、シッカリ落ちてたのよ」
「走り出してから、いずみのプレート見て気づいたんだ」
「今日が二十歳の誕生日だって事」
「だからこれ、渡したくって」
彼のポケットから出てきたのは
小さなリボンの付いた包みだった。
「ほら、やるよ」
「えっ?私に?」
「ほかに誰がいるんだよ」
「いいから開けてみろよ」
丁寧にテープを剥がして出てきたのは、
小さなホタテのネックレスだった
「かっわいーこれ、どうしたのー」
「すごーい誠さん!」
笑いながら涙が出てきた。
「盗んだんじゃないぜ」
まさか誰かが祝ってくれるなんて思っていなかったから
思いのほか涙が出てきて止まらない。
「嬉しくって涙が止まらないよ…」
「おまえ、安いな〜」
困った表情で彼は私に言った。
「こんなもんでいいなら、いくらでも買ってやるよ」
「ううん。違うの。」
「こんなに短い間なのに、私の事をちゃんと見ててくれたのが嬉しいの」
「ありがとう」
「おい、おい、あらたまって言うなよ、照れるぜ」
「それより今晩は一緒の部屋でいいのか?」
「その手には乗りませんよー」
わざと言ってみた。
「バカ!そんなつもりじゃねーよ!」
「金のこと気にしてたから…」
彼が真顔で弁解している。
「うーそ。別にいいよ!」
「一緒で…」
私は答えた。
「よっしゃ!そうと決まればケーキ探しだ!」
「おまえの誕生日パーティーだ!」
「嬉しい!」
「でも、この辺には売ってないでしょ〜?」
「そうか? おまえのためなら探してくるぜ!」
そう言って彼はまたヘルメットを被って出て行ってしまった。
2時間は経っただろう。
この前の嫌な出来事が頭の中を過ぎった。
― キキキィー ―
ブレーキの音だ。
急いで階段を降り、玄関へ向かうと
シールドを上げてケーキの袋を見せる彼の姿があった。
「結局、この町には無くってよ、稚内まで行っちまったよ」
「何やってんの? 心配したじゃない…」
体が震えるのを感じた。
「早く入って!」
彼が部屋に戻るとすぐに自転車の彼の話をした。
「オレは事故らないよ」
「飛ばさないし、安全運転だから大丈夫」
「いずみのほうこそ、気をつけろよ!」
「おっちょこちょいなんだからな」
そう私の頭をコツンと叩いた。
「それで、その自転車の彼のことまだ好きなのか?」
やはり気になっていたようだ。
「そいつだろ?」
「ずっといずみを暗い顔にさせてたのは」
正確にに私の心を射抜いてきた。
「うん。でも」
「誠さんといるときは忘れていた」
「彼は優しかったけど、名前も知らないし…」
「誠さんといると、何でも話せるから楽しいよ」
「だから、ずっと一緒にいたい」
「そっか」
「無理しなくていいよ」
「オレには余裕があるからね」
彼は自信満々にそういった。
「なに?余裕って?」
「いいから、ケーキ食おうぜ!」
買ってきたケーキを、いきなり開け始めた。
「…」
彼はその手を止めて、
「今は手の届く距離にいずみがいるって事さ」
窓の外では、夏の虫が鳴いていた。