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シフォンケーキの向こう側  作者: 甘井美環
18/42

第18部 一緒に走りたい

ずいぶん走ったと思う。


彼にはまだ追いつけない、

追いつけるはずもない。



本当に先に行ってしまったのか?

何か悪いことをしたか?

疑心暗鬼になってしまう。


あと5kmで日本最北端の宗谷岬だ。


看板は海風の潮で錆ていたが、

それを確認する事はできた。


近づくにつれ

なんだか気持ちが高揚してきた。




「8月1日最北端到着ー!」



私の20回目の誕生日に記念すべき足跡。


売店の前にバイクを停め、公衆電話を探した。

あるある、

早速、母に電話をすると

「あんた今どこにいるの?」

「3日も電話しないで心配するでしょ」

怒られた・・・


立て続けに

「大丈夫?ちゃんと食べてる?」

「あそれからね、お誕生日おめでとう」


「あっ覚えててくれたんだ」

「ありがとう。」

やっぱり親は親。

自分ですら忘れてしまいそうなのに

ちゃんと覚えていてくれる。


「あのねお母さん、いま日本最北端の宗谷岬にいるのよ!」

「周りはなーんにもなくて」

「町らしい町もない、かなり寂しいところだけど、人だけはたくさんいるよ。


すっごくきもちいい!」


「あらそうよかったね」

母は素っ気ない。


「体に気をつけて、

事故だけは起こさないようにね」

母の言葉の途中で



― ぷーっ、ぷーっ ―

10円玉が切れた・・・



受話器を置いて振り返ると、

目の前に真っ赤なアメリカンバイクが停まっていた。


「あーっ、もしかして?」


「いたいたー、やっぱりいたー」



バイクに近づこうとした時、後ろから声を掛けられた。


「いずみちゃん、早かったね」


ちょっと甘えた口調で、

「あー誠さん、なんで先に行っちゃったのー?」



「ゴメン、ゴメン」

「野暮用思い出してさ」


「もーっひどい」

「私、置いて行かれちゃったかと思ったよー」


「は、はーん、さてはまた寂しくなって悲劇のヒロインになってたな」


「ふんっ。別に寂しくなんかないもん」

頬を膨らませて、少し強気に返した。


「おーそうきたか」

「折角だからあの前で写真撮ろうよ」


「うん、撮ろ撮ろ!」


近くにいた男性にカメラのシャッターを頼んで

二人で最北端の碑をバックに撮影をした。



あとで気づいたが、

私が左手でピースしている横で彼は何故だか右手で○を作っていた。



「お昼はどうする?」

「稚内まで行くか!」

確かにお腹は空いてきた。


「ここよりは栄えてるし、食べるところも沢山あると思うよ」


「うん、わかった。でも今度は一緒に走ってね」


「ゆっくり走るのは結構辛いんだぜ」

それは解ってる。冗談抜きで原付に付き合うのは辛いだろう。


「じゃぁいい!私が出て10分したら来て」


「それじゃぁ意味ないだろ?」


「でしょ?だったら一緒に走ろっ!」


「なんたよー結局そういうことかよー」

二人はいつの間にか手を繋いで歩いていた。


駐車場に付くと、

二人で買った宗谷岬のステッカーをヘルメットに貼った。

お揃いだと喜んでいたが、ここを訪れたライダーはみんな貼っているようだっ


た。


それを被りバイクにまたがった。

稚内は意外と近い距離に感じた。

地図では判らなかったが、

道内での感覚がそうさせるのかも知れない。


稚内駅に程近い、地元の人しか知らないような一軒の定食屋へ連れて行かれた


メニューが豊富で刺身や焼き物、丼物まであり何を食べようか迷うくらいだっ


た。

結局、ホッケの焼いたのを頼み、二人でつついてしまった。

さすがにこの辺で節約しておかなければ後が苦しくなるような気がしたので、


お互い半分にすることで一致したのだ。


ご飯をほおばる私に、

「いずみちゃん、美味しい?」


急いで口の中のものを飲み込んだ。

「誠さん、なんでこんないい店知ってるんです?」


「ライダーとタクシーの運ちゃんは、口コミが全てなんだよ!」


「へ〜」

私は感心した。


「へ〜って、いずみちゃんも今しっかり口コミで食べてるでしょ?」


「そうだね!ハハハ」

(それもそうだ)


本当に美味しいホッケだった。

そう日記には書いておこうと思った。




昼食が終わってもまだ時間があったので

宗谷岬の裏手にある宗谷丘陵へ向かった。


誰もいない道を登っていくとすぐに

57基の風車とゆるやかに広がる丘陵の絶景に目を奪われた。



「いずみちゃん、北海道は初めて?」

シールドを上げた彼がそう聞いた。


「はい、誠さんは初めてじゃないんですか?」


「ボクは3度目だね」

「だけど単独ツーリングは初めてだよ」


「ここは何度来てもいいところだ」


「はい。すごく良いところです」

「また来たいです」

ホントにそう思った。



「ボクじゃない人と?」


「えっ?」

「誠さんとでも良いですよ」

フフフッ


「…と、でも、か…」

「まあ、いいか」

少し残念そうだ。



「冗談ですよ、約束はできないですけど…」

「いつか一緒に来ましょうね」

私は自転車の彼のことを思い出していた。




「ああ…」

彼の涼しげな視線は、丘陵の彼方を見ていた。



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