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シフォンケーキの向こう側  作者: 甘井美環
14/42

第14話 ナイト

「いいか、いずみちゃん。」


「彼は無事だ。命に別状はない」


「しかし、右足の骨折と右腕の打撲、

厄介なのは頭を打ったらしく意識が戻らない…」


「呼吸は安定し、CT検査で脳に出血がないのが救いだが、

家族と連絡は取れたが来るのは明日の昼になるらしい」


彼がそこまで話すと、


「今すぐ行きます!!」

「どこの病院ですか!?」


「いずみちゃん、今の君がバイクに乗るのは危険だ!」

「距離もあるし、暗いし、冷静じゃない!」


傍らで聞いていたペアレントさんが、

「紋別じゃあ車ですぐだから、私が連れていってあげるよ」


そう言ってくれた。


受話器越しに聞こえていたらしく彼が、

「そうしてもらえ!」


「絶対、一人で来るなよ」



私が受話器をそっと置いたときには

ペアレントさんは車のキーを持って玄関で待っていてくれた。


車の助手席で私はずっと泣いていた。


「まさか、彼が事故に巻き込まれるなんて…」


泣きじゃくる私にペアレントさんは、


「北海道は事故率ワーストワンなのよ」

「でもみんな内地の人…」

「それも若者ばかりなの…」

ペアレントさんは悲しげだった。



YHのオーナーは大抵、若者を支援したり、旅の応援をしてくれている。

ある意味ボランティア的なところがある。

それゆえに、宿泊した若者への情は厚い。

オーナーをペアレントさんと呼ぶのもそういったところからだろう。



「広すぎる大地に気持ちが解放され、

通常の感覚が麻痺してしまうのかも知れないわね」


「でも、彼は安全には慎重でした」

彼を否定されたようだったので擁護してしまった。


「彼が良くても、もらい事故はあとを絶たないの」


「朝は話した知床峠の彼もそう」

「性格は物静かで、品の良い好青年だったのよ」

「いずみちゃんのように明るくはなかったけど、キチッとした育ちのいい感じの


青年だったわ」



数10キロある距離だが、いくらもかからず病院に到着した。




廊下を走って中へ入ると、

初療室の前に信さんが待っていた。


「いずみちゃん!」


「あっ、信さん!」


「彼はこの中だけど、今は会えないよ」


「なんで?」


「ご家族しかダメなんだ」


「そんなに悪いの?」

「ホントに、私の知っている彼なの?」


信はポケットから

彼のカメラを出して私に画面を見せた。



私はその場で泣き崩れた。




場所もわきまえず、大声で泣き叫んでしまった。

(どうしよう、本当に彼だ…)


すると、初療室から看護師さんがでてきて、

「先生、ちょっと」


手招きで彼を呼んだ。



しばらくすると白衣の医師と一緒に信がが出てきた。


「いずみちゃん、中に入れるよ」

信が言った。


「ホントですか!?」


「あぁ、彼がキミを呼んでいるんで仕方がないだろ」


白衣の医師がにっこりとと微笑んだ。


初療室の中へ入ると、

目の前には痛々しい姿の彼がストレッチャーに横たわっていた。


「いずみちゃ〜ん」

「オレとしたことが、やっちまったよー」


まだ痛々しい顔を歪ませ、微笑みかけてきた。


私は嬉しさと、悲しさでまた涙が出てしまった。


「そんなに泣かないで、ドジなオレを笑ってくれる?」


その横で、白衣の医師が呟いた。

「キミか?廊下で大泣きしてたのは?」


「はい、すみません」


「いいや、そのお陰で彼が意識を取り戻したんだよ」

(わたしのおかげ?)


「ほ、ホントですか? どうしてですか?」

彼のほうを見ながら聞き返した。


彼が

「ははっ。旅行中の夢見てたらどこかでいずみちゃんが泣いていたんだ」

「だんだん、その声が大きくなって」

「うるさいな〜って思ったら、病院だったよ」


「彼が目を覚ますきっかけになったのが、

君の大きな泣き声だったんだね」

と白衣の医師。


「もう!うるさいだなんて…」

私は涙をぬぐいながら笑った。


「ほら!いずみちゃん、やっぱ笑顔が素敵だよ」

彼が言った。



「おー、赤くなってるな」

「さては、おてんば娘がナイトを見つけたのかな?」


「信さん!からかわないでください!」



「いずみちゃん、こんな形で再開するなんてかっこ悪かったけど」

「来てくれて、ありがとう。」


「なんか、いっぱい借りが出来ちゃったね」



「またまた、そんな貸し借りする中だったのか〜?」


「だから、信さん!だまっててっ!」



「ねえ、いずみちゃん」

「その先生とお知り合いなの?」

「さっきから聞いてると、ずいぶん親しいみたいだけど?」


「この人?先生じゃなくて」

「ただの、ライダーです。」


「先生じゃないの?」


「いや、整形外科の医師です」

信が割って入った。



「どういうこと?」


「知床のカムイワッカで知り合ったんです」

「私の知り合いにベタ惚れで、まだあれみたい…」

いずみが説明した。


「なんだよ、あれって!」

「大丈夫だよ、脈はあるんだから!」


「へ〜〜みゆきさんは手ごわいかもよ?」

いずみの攻撃だ。


「なんか知ってるのか?」


「さーね〜」

「ところでみゆきさんは?」


「ああ、彼女は今朝、富良野に向かったよ」


「追いかけなくていいの?」


「大丈夫、親戚が居るから寄るだけって言ってたから」


「親戚…ね」





「行ったほうがいいよ。」


「やっぱり、何か知ってるな!?」



「これは、私をここへ呼んでくれたお礼ね!」


「朝一番で、富良野に向かうこと!!」

「これは命令よっ!」


「やっぱ、そうか、判った!」

「タダのおてんば娘も使いようって訳だ!」

「サンキュー!」


「彼の処置は終わってるから、後はここの先生に任せて明日の朝出るよ」


「うん。」

「頑張ってね」


「おお、おまえもな」

「ナイトは自転車乗れねーから逃がすこともないだろうけど…」


「またー口が悪いんだから」

また、顔を赤くしながらいずみは手を振った。



ストレッチャーの彼が

いつの間にか、いずみの手を握っていた。





私は近くの宿を取り

しばらくの間、病院に通った。


看病というより

私の気持ちの問題だったのかもしれない。


彼は"もういい"と言ったが、

私の旅は自由だと言い張り居座った。


この期間で彼との距離は縮まったが、

私の旅への拘りが無くなりつつあった。


そんな時、彼が

「キミは、まだ走り続けた方がいい」

「ボクのために旅を今やめることは、きっと後悔する」


「でも、もう少しあなたの傍にいたいの」


「気持ちは僕も同じだ」


「ボクはもうすぐ退院だ」

「そうしたら一旦、自宅療養するよ」

彼は一時帰宅するようだ。


「また走れるようになったら戻ってくる」


「ホント?」


「ああ、本当だ」


「キミはこの大地の全てを目に焼き付けていけ」


「わかったわ」

「私が一回りするのと、あなたが戻ってくるの」

「どっちが早いか競争だね」


「ぼくは一週間もすれば復活だよ」

ハハハ。




私は、彼が誰かなんて

この時、気にも留めなかった

ただ、彼が好き。

それだけだった…

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