第1話 処女航海
真っ暗な晴海埠頭に静かに停泊していた。
とても静かな海。
初めての一人旅。
緊張の中、乗船手続きを終え桟橋付近をウロウロしていた。
人影まばらな埠頭に少しずつ人が集まってきた乗船開始だろうか。
はーっ。ふー。
深呼吸をして私はバイクに跨った。
2ストロークの50ccのだがしっかりとした骨格で私には重い。
キックスターターを勢いよく蹴ると、
一発で少し高めのエンジン音が吹いた。
ゆっくりとフェリーの乗船口に向かうと、
何台ものバイクが集まっていた。
「わーすっごーい!」
思わず声を上げてしまった。
実は、両親にバイクの免許をとるのを反対され、
普通免許を取ったのを機に原付の購入をもくろんでいた。
はじめは駅までの通勤用にとスクーターのつもりだったが、
50ccでも変速ギア付きで大きめのGN50の存在を知ったため
親には黙って購入を決めてしまった。
体の小さな私には、
50ccのアメリカンの乗りごごちは完璧だった。
シートの横幅は広く、ライディングポジションは文句ない。
当然、毎日のように乗り回していたのだが、
それで我慢出来るはずもなく、
この夏休みの計画を立ててしまった。
時間や宿泊、昼食に至るまで綿密な計画書の提出に、
両親は反対する理由を探し出せなかったようだ。
母親は、私一人の旅行に心配顔だったが、
毎日電話する事を条件に渋々了解してもらった。
続々と集結してはフェリーに吸い込まれていくバイクに見取れていると、
後ろから声をかけられた。
「乗らないの?」
ライダースーツの女性だ。
(か、かっこいー)
「は、はぃ。乗ります」
「早く乗らないとドライバーズルームなくなっちゃうよ」
「えっ?何ですかそれ?」
「知らないの?」
「まさか、あんた初めて?」(この人私をバカにしてる?)
「え、まぁ、そうですけど…」
「初めてで一人?」
「そうですけど…」不満顔で私は答えた。
「ま、いいや。」
「ドライバーズルームってのは、運転手専用の個室ってかベッドだな〜狭いけどお勧めだよ」
そう言うと後ろに停めてあった大きなバイクに跨った。
イグニッションの音と同時に爆音が轟いた。
ヴォーーン
私のGNの音がかき消された。
「なんてバイクだろう、かっこいーなぁ」
「じゃあ、またね。」
私の横を通り抜ける瞬間、
タンクの"V"の文字だけが読みとれた。
私はゆっくりと後を追うようにフェリーに向かい、
乗船用に掛けられた橋を一気に駆け上がった。
油の臭いが立ちこめるデッキへ入ると、
大小様々なバイクが所狭しと並んでいるのに圧倒された。
「こちらへ!」
手を振る係員に誘導されるまま、何やら隅の小さなスペースを指示された。
自分のGNがやけに小さく見える。
私の存在も、みんなにはこういう風にしか見えないのだろう。
薄暗い階段を駆け上がって、
Bデッキのドライバーズルームへ向かった。