第706話 自称スタイル抜群の美女と密会している現場を目撃されるアレク君
「さっそく出発しましょうか」
「そうしよう」
「キー」
僕とミコトさんとヘズラト君の三人で、これからラフトの町観光である。
他のみんなが狩りから戻って来るまでという時間的制約もあるので、急かすわけではないけれど、テキパキと行動していこう。
「――あ、でもですね、ミコトさんには気を付けてほしいことが一点ありまして」
「む。気を付けてほしいこと?」
「今回のツアーは、あくまで『お忍び観光ツアー』なのです。本来ミコトさんはラフトの町にいないはずで、もしも存在がバレてしまうと、いろいろと厄介なことになりかねません」
「なるほど?」
特に警戒すべきは――やっぱりジスレアさんかな。ミコトさんのことを知っているジスレアさんにバレたら一発でアウトである。
あとはそうだな――ケイトさん辺りにも気を付けなければいけないだろう。何か騒動を起こして身元確認なんかをされたら困ってしまう。簡易鑑定でも『種族:神』とか出てきてしまうのだ。それだけでも騒動になりかねん。……というか、そもそもミコトさん検問通ってないからね。サラッと密入国してるからね。
「なので、あまり目立つような行動は控えていただけると助かります」
「うん、了解した」
「よろしくお願いします」
まぁ別に難しいことではないはずだ。普通に町の中を観光するだけならば、トラブルなんて起きようもないはず。
「それにしても、よりによってアレク君から『目立つ行動は控えるように』などと指摘をされるのは、少々納得しがたいものがあるな」
どういう意味か。
「というか、私に目立つなというのは、ちょっぴり酷な注文かもしれないね」
「はい? えっと、それはどういう?」
「そこにスタイル抜群の美女がいたら、どうやっても目立ってしまうものだろう?」
「…………」
だから物言いだと言うのに。
でもまぁ、美人さんなのはそうだよね。そこは間違いない。美人さんすぎて目を引くってことはあると思う。
「んー、隠しますか?」
「うん? 隠す? 何を?」
「顔を」
「顔を?」
「仮面で」
「…………」
僕みたいに、顔を仮面で隠したらどうだろう。
うん、悪くないんじゃないかな? なんと言ってもお忍びだ。お忍び観光ツアーなのだ。忍んでいるのだから、顔くらい仮面で隠すものだろう。
「……それは違うんじゃないかな?」
「え、そうですか? 個人的にはとても良いアイデアだと思ったのですが」
「違うと思うけど……。いや、でもこの町は初めてだし、実際に仮面を付けて生活しているアレク君がそう言うのなら、それで正解なのだろうか……」
「そうですそうです。僕というお手本がいるわけで、そこは是非とも参考にしていただきたいです」
「うん、そうだな。アレク君を信用しよう。信用しようと思うんだけど――ヘズラト君はどう思う?」
信用したんじゃないのか。何故とりあえずヘズラト君に意見を求めるのか。
「キー……」
「ヘズラト君はなんて?」
「『私からはなんとも……』らしいです」
「これ以上ないくらい言葉を濁しているな……」
何故なのかヘズラト君。
「ここは仮面一択だと思うんですけどねぇ。……んー、せっかくだしヘズラト君も付けてみようか」
「キー……?」
「ヘズラト君も仮面を付けてみよう」
「…………」
もうここは仮面一択で、僕もミコトさんも仮面確定なので、せっかくならヘズラト君も仮面着用でいってみよう。
確かヘズラト君用の仮面も前に作ったはずで……お、あったあった。
「動かないでね? 『ニス塗布』」
「キー……」
ヘズラト君用の仮面を取り出し、ニスを塗布して、ヘズラト君の顔にぺたりと貼り付けた。
うんうん、可愛らしい。
「まるでペットに服を着せたがる自分勝手な飼い主のようだ……」
なんてことを言うのか。というか、なんだか微妙に荒れそうな話題はやめてほしい。一応はほら、暑さ対策や寒さ対策としてペットウェアは有効な場合もあるから……。
……まぁ、確かに今回はなんとなくのノリで仮面を付けさせてしまっているが。
「さておき、ミコトさんはこの仮面をどうぞ。ミコトさん用に作った物ではないので、仮面自体がピッタリフィットというわけにはいかないですが、その辺りは『ニス塗布』のニスでどうとでもなるはずです」
「ふむ。かぶれたりしないかな」
「大丈夫じゃないですか? 僕は普段から付けていますけど、今までに肌トラブルが起きたことはないです」
「へー、そうなのか」
「なんなら仮面を剥がした後は、お肌がぷるぷるになります」
「そうはならないだろ……」
いやいや、これが案外なっとるのだ。ぷるぷるのもちもちなのだ。
「シートマスクとかフェイスパックみたいな効果が得られるらしいです。というか、そういう効果をイメージしてニスを作っています」
「なんと……。そう聞くと、是非とも付けてみたくなるな……」
「ええはい、是非どうぞ」
まぁそういうパックとかは、ずっと付ける物ではないのかもしれないけど、一応は寝ているとき用のパックもあるとナナさんから聞いて、そのイメージでニスを作成した。
ずっと付けていられて、お肌がぷるぷるになるニスをイメージしながら作ると――ずっと付けていられて、お肌がぷるぷるになるニスが作れるのだ。さすがだ。さすがの『ニス塗布』である。
「さて、全員装着しましたね。それでは出発しましょう」
「そうしよう」
「キー……」
時間的制約があると言っておきながら、仮面の準備で無駄に時間を浪費してしまったりもしたが――いよいよ出発の時である。
いざ行かん。ラフトの町お忍び観光ツアー。
◇
「……何やら注目を集めていますね」
「まぁやっぱりそうだよね」
「キー……」
町の中を歩いている最中、みんなからチラチラと視線を浴びせられた。
これほどまでに注目を集めるお忍びツアーなど、過去にあっただろうか。
「――さておき」
「さておいていいのだろうか……」
もうここまで来たら仕方がないですミコトさん。細かいことは気にせず前へ進みましょう。
「さておき、ここが最初の目的地――冒険者ギルドとなっております」
「おー、ここがそうなのだな」
なんなら今回の観光ツアーでも一番の目玉スポットとなるだろう。
ここを一番最初に持ってくるのもどうかと思ったが……なにせ時間的制約があるのでね。おそらく狩りのメンバーが帰ってきたら、まずはここに寄るはずだ。鉢合わせしないためにも、まずはここから消化していこう。
「うん、確かにここは気になるな。見たい施設がたくさんある」
「そうでしょうそうでしょう。いろいろと案内させていただきますよ」
「よし、それじゃあ中に入って――まずは食堂で腹ごしらえといこうか」
「……なるほど」
うん、別にいいけどね……。ミコトさんに喜んでもらうのが一番だからね……。
いろいろと思うところはあるけれど、ミコトさんが食堂に行きたいというのなら、それに付き合おうではないか。
「では中に入りましょう。今なら知り合いの冒険者はいないので、安心してギルド内を歩き回れます」
そんな会話をしながら、冒険者ギルドの扉を開けると――
「ん? おぉ、アレクじゃねぇか」
「…………」
クリスティーナさんが現れた。
「えぇ……?」
「んだよ、その反応は」
いや、だって、そりゃあこんな反応にもなるでしょ……。
なんでだ? なんでこうなった? てっきりみんなと狩りに行ったと思ったのに……。
「んん? なぁアレク、後ろにいるのは?」
「あ、えっと……」
どうする? どうしたらいい? ミコトさんのことをなんて説明する? とりあえずミコトさんは――他人のフリをしてみるか? それでこの場は一旦やり過ごすのはどうだろう?
よし、そうだな、まずは他人のフリで――
「ど、どうするのだアレク君! 誰もいないと言っていたのに、いきなり知り合いの冒険者に出会ってしまったじゃないか!」
「台無しだ! 何故全部言ってしまうのですか! とりあえず僕達は他人のフリをしてやり過ごそうと思ったのに!」
「アレクもアレクで、なんだか余計なことを言ってそうな雰囲気があるけどな……。というか、お揃いでそんな仮面を付けておいて、他人と言い張るのは無理があるだろ……」
「…………」
……ふむ。仮面か。
なんかもう仮面作戦の裏目っぷりがすごいな。今のところ仮面が邪魔しかしてない。
「……すまないアレク君、失敗だ。お忍びツアーという意味では、大失敗の出だしとなってしまった」
「あ、いや、そのツアーを計画したのが僕ですからね。僕のせいです。コンダクターである僕に全責任があります……」
「しかしこれで、アレク君のことがバレてしまった……」
「はい? 僕のこと?」
「――みんなを追い出した後に、スタイル抜群の美女と密会をしているアレク君だということが、クリスティーナさんにバレてしまった!」
「…………」
言ってほしくないことばかりを全部言ってしまうなミコトさん……。なんでわざわざクリスティーナさんの目の前で、そんな誤解を招くような発言をしてしまうのか……。
はて、この発言を受けて、クリスティーナさんはいったい何を思うか……。
「スタイル抜群の美女ってなんだ? 誰のことだ?」
「…………」
僕だけじゃなくて、クリスティーナさんからも物言いが……。
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