第651話 おもむろに愛を歌いだすアレク
「とりあえず外でもいこうか」
「そうですねぇ」
いろいろ考えたけれど、結局スカーレットさんの趣味は決まらず、とりあえず暇だし外へ遊びにいこうという話になった。
やはりこうなってしまうのか。やはりスカーレットさんにインドア系の趣味は難しいのか……。
まぁ今回はスカーレットさんだけに原因があるわけではなく、僕の提案にも問題があったような気がしないでもない。
もうちょっと候補を増やして、他にもいろいろ提案したいところではあった。
「それはそうと、外で何をしましょうか?」
「んー、そうだね。また庭で『パリイ』の特訓をするのもいいし、あるいは町の外で狩りをするのもいいかもしれない」
「ふむふむ。外で狩りですか」
「やっぱりそっちの方がいいかな? アレク君もギルドポイントを貯めたいだろう?」
「ぎるどぽいんと……?」
――あ、そっか、ギルドポイントか。そういえばそういうシステムがあったな。ギルドポイントを貯めて、冒険者ランクを上げるんだ。Fランク脱却を目指して頑張っていたんだ。……なんかもうすっかり忘れていた。
「じゃあせっかくですし、アレをやりませんか?」
「アレ?」
「アレです――薬草採取です」
久々の冒険者活動。初心に帰り、まずはそこから始めよう。
もはや初心どころか、冒険者システムを丸ごと忘れてしまっていた僕だけど、とりあえず冒険者といえば薬草採取だ。薬草採取からやり直そう。
「おー、薬草採取か。懐かしいね」
「懐かしい?」
「この町にはしばらく居たけど、アレク君と別れて以降、薬草採取はしてこなかったんだ」
「ほう。そうなんですね」
でもまぁ、それはそうか。なにせ勇者様だものな。今さら勇者様が薬草採取はしないよね。
「しかしそうなると、スカーレットさんも最後に薬草採取をしたのはずいぶん前のことになりますか」
「そうなるね。いつぶりだろう?」
「んー、おそらくですが……一年と十ヶ月ぶり?」
前回の世界旅行では何もせず帰ったので、そのさらに前の世界旅行以来となる。
なのでおそらく、一年十ヶ月ぶりの薬草採取。
「そうか、もうそんなに経つのか。――よしよし、それじゃあ久しぶりに草むしりにでもいってこようか」
「草むしり……」
いや、あくまで薬草採取なので、草むしりって言い方はどうなのか……。
というか、本当にそうなっちゃう可能性が高いのよ。なにせ一年と十ヶ月ぶりだし、僕もスカーレットさんも普通に薬草のことを忘れている可能性が高くて、本当にただの草むしりになってしまう可能性が濃厚なのよ……。
「まぁとりあえずいってみますか」
「そうしよう」
「というわけなのですが――皆さんはどうしますか?」
スカーレットさんとの話がまとまったところで、部屋のみんなにも声を掛けて、他の参加者を募ってみた。
すると――
「私はいいかな」
「なるほど」
ジスレアさんは不参加とのことだ。
……まぁ仕方がない。草むしりに誘われて大喜びで参加する人の方が少ないと思われる。
「じゃあヘズラト君は――おっと、お休み中だね」
ヘズラト君に視線を向けたところ、ソファーで横になり、すやすやと寝息を立てている姿が目に入った。
気持ちよさそうに寝ているし、わざわざ起こして草むしりに連行することもないだろう。このままにしておいてあげよう。
「となると、ジスレアさんとヘズラト君は不参加で――おぉ?」
「…………」
「あ、行きますか?」
「…………」
「そうですか。ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
リュミエスさんは参加希望らしくて――まぁ例のごとくわからんのだけどね。実際のところはわからんけど、たぶん参加希望なんだろうという僕の予想だ。
とはいえ、わざわざこの場面で椅子から立ち上がっておきながら不参加ってことはないだろう。さすがにそんなことは……いや、あるのかな? なくはないか? 普通に参加するつもりもなくて、普通に付いてきてくれない可能性もあったりする……?
うん、なんだか毎回こんな感じだ。リュミエスさんとのやり取りは、毎回妙な心理戦が繰り広げられてしまう……。
◇
普通にリュミエスさんも付いてきてくれた。
というわけで、僕とスカーレットさんとリュミエスさんは宿を出て、三人で薬草採取へと繰り出した。
「薬草採取……。薬草採取と言えば……」
「うん? どうかしたのかアレク君」
「薬草採取と言えば――母も似たような趣味があるなと気が付いたのです」
「んん? ミリアムも薬草採取を?」
「あー、いえ、正確にはちょっと違うのですが……。というよりだいぶ違うのですが……」
よくよく考えるとあんまり似てないか? 採取ってとこだけかな。そこだけは同じか。
「ふむ。どういうことかな?」
「母の趣味として――家の庭で植物を育てているんですよ。野菜とかハーブとか、観賞用の花とかも育てています」
あとは用途不明の謎の草花も育てていて……。未だにその区画だけは入ってはいけないと言われている場所もあったりして……。
さておき、いわゆる家庭菜園だ。自分で栽培して、自分で採取している。あれも母の趣味と言えるだろう。
「そんな感じで草花を育ててみるというのも、趣味として良いのではないかと」
「なるほど……。じゃあえっと、宿の庭を耕して畑にする感じかな? 宿の人に怒られないかな?」
「怒られるでしょうね」
それはまぁ怒られるだろう。宿の庭を勝手に畑にしたら、そりゃ怒られるよ。
「なんなのだ。どうしろと言うのだ」
「怒らないでくださいよ……。えぇと、まずは鉢植えで花なんかを育ててみるのが良いんじゃないでしょうか」
そんな急に畑を作るとかじゃなくて、まずは自分の手が届く範囲で始めてみて……。そもそも急に畑を作ったところで、素人が管理するのは難しいのでは? まずはこじんまりとした鉢植えから始めてみましょうよ。
「どうです? 今度一緒にやってみますか?」
「ほう? アレク君は何か育てたい物があるのかな?」
「ヒカリゴケを育てられないかなーって計画しているんです」
「……ヒカリゴケ?」
これまた普通の栽培とは少し違ってきてしまうが、そんなことができたら楽しいかなーって考えている。
ちなみにその場合、想定しているのは鉢植えではなく水槽だ。水槽でマリモみたいに育てられんかなーって。
「というわけで今度やってみましょう。育てられることがわかったら、スカーレットさんにもプレゼントしますね」
「むーん……」
ふむ。なんか微妙な反応っぽい。僕的にはとても良いアイデアだと思っていて、水槽とセットで売り出したら流行るんじゃないかなって計画まで立てているのだけど……。
「ダメですか? 母は楽しげに栽培していますし、実際やったら楽しいと思うのですが」
「そもそもミリアムがやっている趣味とはまったくの別物になっているじゃないか……」
栽培って意味では同じでしょうに……。
「――あ、そうだ。じゃあもうひとつ提案していいですか? もうひとつ母の趣味を思い出しました」
「ほう。別の趣味とな?」
「ええはい、趣味として――音楽なんてどうですか?」
「音楽?」
「楽器演奏とか、なかなか良い趣味じゃないですか? これは母の趣味でもあり、僕の趣味でもあります」
もう少し詳しく説明すると、元々僕が適当に作ってみたギターが、いつの間にか母の趣味になっていて、その母に教わる形で僕の趣味にもなった。回り回って逆輸入された、僕達親子の趣味なのである。
「あー、ギターだっけ? アレク君も時々奏でているね」
「そうですそうです。弾けるようになると、なかなか楽しいものですよ」
「そしてアレク君はギターを奏でながら……歌を歌っていたね」
「歌? ええまぁ、確かにそんな機会もありましたか……」
そういえばユグドラシルさんの送別会のとき、みんなの前で弾き語りをしたっけかな……。
「それは……ちょっと恥ずかしいな。アレク君みたいに歌うとなると、それはさすがに恥ずかしい」
「……え?」
恥ずかしい? 僕が恥ずかしい……?
なんてことだ……。実はちょっと気になっていたんだ。あの弾き語りを聴いて、みんながどんな感想を抱いたか密かに気になっていた。しかしその結果は、『恥ずかしい』だったらしい……。
「その、後学のためにお伺いしたいのですが、どのあたりが恥ずかしかったのでしょうか……?」
「それはやっぱり……歌の詩が」
「え? 歌詞ですか?」
あ、そうなの? それは予想外。なんでだろう? そんな変な歌詞だったかな?
一応は気を付けたつもりだったんだけどね。この世界で伝わらない言葉とかは出さないように気を付けた。例えば電話とかメールとかラインとかの単語は出さないようにしたし、スマホとか携帯とかポケベルとかの単語も出さないようにした。
というかポケベルなんて、この世界はもちろん、もう前世の世界でも伝わらん言葉だろうしねぇ……。
「ふーむ。歌詞が恥ずかしいとは、具体的にどういうことなのでしょう?」
「うん……。なんだか恋愛に関する歌が妙に多くて……」
「…………」
あー、そうか、そういうことか……。そう言われると確かにそうかもね……。
「なんかものすごく愛を囁きたがるなって……」
「うっ……」
「なんかものすごく会いたがるなって……」
「うぅぅ……」
それは……やっぱりJ-POPって基本的にそういうものだから。基本的に恋愛ソングで、基本的に誰も彼も会いたがっていて、あとついでに瞳を閉じたくて翼を広げたくて眠れない夜を過ごしたくて……。
でもそんなJ-POPのフォーマットをみんなは当然知らないわけで……。そんなみんなの前で、僕はおもむろに『会いたい』とか『好き』とか『愛している』とか歌いだしたわけか……。
いかん。それは恥ずかしいな。今さらながら、僕も相当恥ずかしくなってきた。
「あれを歌う勇気が私にあるのかどうか……」
勇者ですら怯むほど勇気が必要な行為なのか……。それほどまでに恥ずかしい行為を、知らず知らずのうちに僕は決行していたのか……。
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