第622話 世界旅行、魔界編 ――囚われのアレク
あれよあれよという間にリュミエスさんは竜へと姿を変え、僕を掴んだまま飛び立ってしまった。
……というか普通に拉致である。何やらいきなり誘拐事件に巻き込まれてしまった。
もしかして、このまま魔界まで飛ぶつもりだろうか。このまま飛び続けて、魔界まで連れ去られてしまうのだろうか……。
いやでも、それってどうなの? 僕の負担がだいぶ大きくない? 着くまで何時間掛かるのか、途中でトイレ休憩などは挟んでくれるのだろうか、でもあんまりスピードを出されても怖いし、できるだけ安全運転で、それでいて早めに着いてくれると嬉しいのだけど……。
あまりの急展開に、自分でもよくわからんことを考え始めてしまったわけだが、しかし結論から言うと――そんな事態にはならなかった。
運ばれているだけの僕は、そのとき何が起こったのか皆目見当もつかなかったが、後から話を聞いたところ――みんなが助けてくれたようなのだ。
僕が攫われた後、その場にいたみんながリュミエスさんを追いかけ始めて、まずユグドラシルさんが――リュミエスさんに向かって跳躍。
そして――リュミエスさんに飛び蹴りをくらわせたらしい。
結構な衝撃だった。とりあえず衝撃だけはしっかり僕まで伝わってきた。そこで僕の拘束が緩み――そのまま僕は落下。
それから落ちてきた僕を、スカーレットさんとジスレアさんがキャッチしてくれたらしい。
まぁそんなことがあって、現在に至る。
そして現在の僕は――
「ひー、ひー」
情けない悲鳴を上げながら、ぷるぷると震えていた。
「むぅ。無事かアレクよ」
「相当怖い思いをしたようだなアレク君……。いきなり何をしているんだリュミエス。アレク君がこんなに怯えているじゃないか」
まぁ僕が怯えているのは飛び蹴りの衝撃と、空からの自由落下の恐怖が原因なのだけど……。
正直もうちょっと穏便な方法はなかったのかなって……いや、でも助けてもらったわけだしな。ここで文句を言うのはお門違いか。怖かったけどね。本当の本当に怖かったんだけどね。
でだ、蹴られて僕を落としたリュミエスさんも、空から地上に戻ってきて、変身前の美女バージョンに戻っていた。
相変わらずの無表情で、スカーレットさんからの説教を受けていたリュミエスさんだが――
「……ごめん」
おぉ、初めてリュミエスさんの声を聞けた。美しい声だ。なんかちょっと得した気分。
「あ、いえ、僕は大丈夫です。お気になさらず」
わざわざ口に出してまで謝罪の言葉を告げたリュミエスさんに対し、僕としてもリュミエスさんを気遣う言葉を…………まぁ気にした方がいいと思うけどね。
普通に考えて、人様を突然攫う行為はいかんと思う。そこは気にした方がいいと思うし、気を付けたほうがいいと思う。
とはいえ、そのことを直接伝えるのは憚られた。確かに無表情ではあるが、どことなくしょんぼりしているような雰囲気を醸し出すリュミエスさんに対し、責めるような言葉は言えなかった。
「ふーむ。やはり竜としての本能じゃろうか? 竜といえば、自分の住処に宝を貯めたがるものじゃからのう」
「なるほど……」
やっぱり竜ってそういうものなのね。それで僕を攫ったのか……。
まぁこちとら至宝だからな。エルフ界が誇る宝なのだ。であればリュミエスさんの本能を刺激してしまうのも納得だったり?
「えぇと、そういうことなら仕方ないですよね。ちょっとドタバタしてしまいましたが、そこまで大事故や大事件に繋がったわけでもないですし、今はこうして冷静に話し合えていますし……」
あるいはこのまま魔界に連れ去られて、世界旅行の魔界編が始まってしまうのかと心配したりもしたけれど、別にそうはならなかった。
なんやかんやで魔王城で囚われの身としての生活が始まったり、そんな僕を救出するために勇者スカーレットさんの冒険が始まったりと、そういう展開にもならなかったわけで――
……いや、知らんよ? そっちを期待されても知らん。
ひょっとすると、むしろそんな展開を期待した人がいたのかもしれないけど、そんなことを僕に言われても困ってしまう。そりゃあ期待した人には申し訳ないけれど、これで『騙された!』とか『釣られた!』とか僕を責めないでほしい。
だってさ、普通にこっちは被害者だからね? 突然竜に攫われて、竜から落っこちて、そんな目に遭っているにも関わらず、『何故そのまま魔界に連れ去られないのか』だなんて、あまりにも厳しすぎる意見だ……。むしろ僕には優しい言葉を掛けていただきたい。『アレク君が無事でよかった!』とか、そういう言葉を僕は求めている。
「ん、そういえば、もう仮面を付け直したのか」
「え? あぁそうですね。飛んでいる最中にうっかり落としたら大変なので、とりあえず顔に貼り付けておきました」
この仮面は世界樹製の仮面だからね。何気に大変貴重な物だから。
「ふむ。まぁ一度見たから、もう次は大丈夫だろう。次にアレク君が仮面を外したときには、リュミエスも落ち着いて行動できるはずだ。私も初めは驚いたが、今はもう慣れたものだからね」
「そうですか、スカーレットさんも大丈夫ですか……」
そうなのかな……。毎回おかしくなっているような気がしないでもないが……。
「そうだろうリュミエス?」
「…………」
「さすがにリュミエスも、もうアレク君を攫うような真似はしないだろう?」
「…………」
無言である。そこで無言だと、ちょっと不安になってしまうんだけど……。
いやでも、元から無言の人だしな。言葉はないけれど大丈夫なのかな? さすがにもう今回みたいな騒動にはなったりしない……?
「……『ニス塗布』」
ちょいと気になってしまい、試しにニスを除去して、仮面を外して素顔を晒してみた。
すると、リュミエスさんは僕をじっと見た後に――
「……え?」
――再び目の前に現れた、漆黒の竜。
――そして軽い衝撃と、軽い圧迫感。
――そして最後に浮遊感。
「わー」
「アレクー!」
そして再び攫われてしまう僕……。全然ダメじゃないかリュミエスさん……。
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