第536話 カーク村のカークおじさんのカークおじさん宅
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します(ノ*ФωФ)ノ
「お、見えてきましたね」
「ふむ。あれがカーク村か」
メイユ村から一番近い人界の村、カーク村。おそらく世界旅行中、僕達が一番お世話になっている村である。
滞在期間も一番長かったはずで――もしかしたら『世界旅行』というよりも、『カーク村旅行』と呼んだ方が正しいのではないかって、そんな説もあったりして……。
「あれ? ひょっとしてユグドラシルさんは、カーク村に来たことがなかったりします?」
「ないのう。確かにメイユ村からは一番近いのかもしれんが、そもそもメイユ村側から人界に出たことはなかったはずじゃ」
「はー、なるほど」
まぁそうか。カーク村もメイユ村も、人界やエルフ界の中心地からは離れた辺境の村だってジスレアさんも言っていたしな……。
「さておき、そのカーク村にもうすぐ到着するわけですが――やはり一週間で着いてしまいましたね」
「うむ。早かったのう」
人力車を用いて移動した結果、やはりあっという間に到着してしまった。
まぁそれ自体は喜ばしいことだ。移動時間が短くなるのは、間違いなく僕達にとってありがたいことではある。
しかし、村に到着するということは、それすなわちユグドラシルさんとの別れの時が迫っているということでもあり、それがどうにももったいなく感じてしまうわけで……。
――どうにかユグドラシルさんの離脱を先送りできないか、こっそり画策している僕がいたりもする。
「それはそうと、アレク」
「はい? どうしましたジスレアさん」
「そろそろ顔を隠した方がいい」
「顔? あ、そうでしたそうでした」
ついうっかり忘れていた。そろそろ仮面を装着しないとだ。これからしばらく仮面生活に突入である。
「む、なんの話じゃ?」
「あー、人界に来たら、僕は顔を隠して生活しなきゃいけないんですよ」
「なんでじゃ?」
「なんで?」
なんでっていうか、それはまぁ……僕がイケメンだからなのだけど……。
「む、いや、そういえば前にアレクから聞いたな。確か『顔が良すぎるから隠す』とかなんとか言っておった」
「ええまぁ……」
確かにそうなんだけど……それはなんか微妙にニュアンス違くない?
その言い方だと、『やっぱ僕くらいのイケメンになるとさー、顔は隠さなきゃだよねー』みたいなセリフにも聞こえてしまう。何やらとんでもない勘違い男に見えてしまう。
「一応なんというか……純然たる事実として、『顔が良いために、会話すらままならない』という問題が発生しましてね? 実際にそういう事態に陥って困ったという経緯もありまして……」
「ふむ?」
「とりあえずそんな感じで、今は仮面で顔を隠すことにしています」
「ふむ」
「ちなみに――前はこれだったんですけどね」
せっかくなので、以前のバージョンも見せてみた。
以前の――覆面スタイルだ。
前にジスレアさんが作ってくれた手編みの目出し帽。一応は今回もマジックバッグに入れてもってきたので、引っ張り出してかぶってみた。
「どうです?」
「…………」
ユグドラシルさん、絶句である。
「その姿で人界を旅しようとしたのか……?」
「そうですねぇ。実際ある程度は旅していました」
「無茶するのう……」
確かになぁ。冷静に考えると、とんでもない格好だ。
どうかしていた。こんなどうかしている格好で旅をするとか、それはそれはどうかしていた。
「……別に覆面も、そう悪いものではないと思う」
「あっ……」
いかん。覆面製作者のジスレアさんがしょんぼりしている。
「ええはい、それはもう、これはこれで良い物でした。しっかり顔も隠せますし、付け心地も良いですし、暖かいですし……しかしながら人界の人達からすると、ちょっとだけ受け入れるのが難しい格好だったようです。種族間の文化の違いというやつでしょう」
「……そういう問題なのじゃろうか」
まぁまぁ、そういうことにしておきましょうよ。人族には早すぎるファッションだったのですよきっと。
「とにかく、そんなこんなで次に用意したのが――世界樹の仮面です」
「おぉ、わしか」
「そうです」
……ふむ。そうなのかな?
思わず『そうです』とか答えちゃったけど、それはどうなのだろう。確かに世界樹の枝を用いて作った仮面ではあるけれど、『わし』というのはどうなのか……いや、まぁ別にいいか。
「付けるとこんな感じです」
「なるほどのう。確かにそれならば怪しくもない。人族にも受け入れられるはずじゃな」
「そうです」
……ふむ。そうなのかな?
思わず『そうです』とか答えちゃったけど、それはどうなのだろう。怪しさで言えば、こっちはこっちで普通に怪しいと思うのだけど……いや、まぁ別にいいか。
◇
しっかり仮面を装着してから僕達は移動を続け、カーク村の例の柵――カーク村をぐるりと囲む小さい柵を乗り越え、みんなでカーク村に入った。
「入村」
「入村」
「キー」
「え? あ、うむ。入村」
いつもの掛け声を上げながら、全員が入村完了。
人力車があったため、ちょっとだけ入村にも手間取ったね。
……まぁみんなで人力車を持ち上げることで、普通に悠々と柵を超えられたわけで、この柵が如何に低いかということが、改めて確認できてしまったわけだが。
「さてさて、それでこれからの予定ですが――」
「カークおじさんに会いにいこう」
「ですね。まずはカークおじさんですよね」
やはりカークおじさんだろう。カーク村に来たからには、カークおじさんに会わなければ始まらない。何はなくともカークおじさんだ。
「あー、それも前に聞いたのう。毎回自宅へ泊めてくれる人じゃったか?」
「そうです。その人がカークおじさんです」
「しかしそれは……若干ややこしい名前じゃのう」
「ややこしい?」
そうなの? むしろとてもわかりやすい名前じゃない?
「自分の名前と村の名前が一緒では、いろいろとややこしいじゃろ」
「…………」
あー、そういうことか……。確かに自分の本名と村の名称が一緒だと、それはちょっとややこしい。日常生活で混乱する場面とかありそう。
でもなんというか、実はカークおじさんは仮名だったりするわけで……。
「えっと……とりあえず毎回『カークおじさん』と呼ぶことで、特に問題は起こらないかと思います」
「ふむ。『おじさん』まで含めて呼ぶわけか」
「ええはい、そうしたらこんがらがることもないかと」
うん。実は本名じゃないことは黙っておこう。
お世話になっている人を仮名で――しかも勝手に名付けた仮名で呼び続けていると知られたら、ユグドラシルさんに怒られそうな気がするので……。
◇
久しぶりのカーク村だが、なんだかんだ長い期間を過ごしたカーク村でもあり、知り合いも多い。
村の中を進んでいるだけで、多くの人達が再会を喜び、僕達に話しかけに来てくれた。
そんな中、ユグドラシルさんのことが気になった人も多いようで、とりあえず僕としては――
『申し訳ありません、こちら高貴なお方でして、素性を明かすことはできないのです。お忍びなのですよ。ご内密にお願いします。ささ、行きましょうユグドラシルさん』
――と言って切り抜けた。
そんなやり取りをしていたため、今はユグドラシルさんが人力車に乗っている。高貴なお方を差し置いて僕が乗っているのも、なんか変だろうしね。
といった感じで、僕はユグドラシルさんを守りながら――
「……別に構わんぞ?」
「はい?」
「別にわしの素性を明かしても構わん」
「あ、そうでしたか?」
「別に忍んで来ているわけでもないしのう……。というか隠すつもりならば、『ささ、行きましょうユグドラシルさん』などと話しかけるのはどうなのじゃ。名前を出してどうする」
「おぉ……」
迂闊。あまりにも迂闊な発言であった……。
「……さてはお主、あんまり隠すつもりもなかったな?」
「いえいえ、決してそんなことは……とかなんとかやっているうちに、到着です」
「む? おお、ここか? ここがカークおじさんの家か」
「そうです。カークおじさん宅です」
着いた着いた。勝手知ったるカークおじさん宅。
もはや第二の故郷、第二の実家と呼んでも差し支えないのではないかとすら思っているカークおじさん宅である。
「ごめんくださーい。カークおじさーん。いますかー? アレクですよー? アレクが帰ってきましたよー?」
ひとまずノッカーで扉を叩きながら、アレク来訪をカークおじさんに告げるが――
「返事がないですね」
「留守かな?」
「そのようです」
ふーむ。残念ではあるけれど、まぁそれも仕方がない。事前の連絡もしていないし、久方ぶりに突然訪ねてこられたとしても、カークおじさんだって都合というものがあるだろう。
「ふむ。どうするのじゃ?」
「ちょっと待たせてもらいましょう」
「そうか。…………何をしておるのじゃ?」
とりあえずマジックバッグからテントを取り出し、設営を開始した僕に対し、ユグドラシルさんが困惑した様子で尋ねてきた。
「玄関の前に、テントを建てるのか……?」
「あ、その、そうしたらカークおじさんが帰ってきたとき、すぐに気付いてもらえるかなと……」
「それはそうじゃろうが……しかし玄関前じゃぞ?」
「えぇと、でも毎回そうしているので……」
「そうなのか……。家主も納得しているということならば、構わんのじゃろうか……?」
家主が納得しているかっていうと、それは別にそういうわけでもない気はする……。
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