第503話 ペン回しとパン祭り
「こうやって、回しながらペンを隣の指へ移動させるのがソニックです」
「ふむ。ソニック」
「そして、親指を軸に一回転するのがノーマル」
「ノーマル」
「これが基本ですね。この二つがペン回しの基本トリックとなります」
「なるほど」
――てな感じで、今日はユグドラシルさんにペン回しを紹介していた。
僕の中でペン回しブームが到来したのも、もうずいぶんと前のことなのだけど、そのときはナナさんから『アレク人形が最優先なのでは?』と小言を言われたり、手紙が届いて配達していたり、その流れで本当の本当にアレク人形を最優先で仕上げなければいけない事案が発生したり……。そんなこんなで、最近はペン回しとも疎遠になっていた。
それでユグドラシルさんにペン回しをお披露目するのも、ずいぶんと後回しになってしまっていたのだ。
――後回しである。ペン回しが後回しなのであった。
「ふーむ。これがペン回しか。興味深いのう」
「慣れてきたら、こんなふうにいろんなトリックを組み合わせたりなんかして」
「ふむふむ」
ノーマルからリバースで戻ってきて、ソニックからバックアラウンドにつなげてみた。
うむ、綺麗に決まった。お手本っぽく始めておきながら、ここでペンを吹っ飛ばしたらなかなかに恥ずかしい思いをしそうだったので、難易度低めの技を慎重にこなしてみた。
「このペン――というか棒じゃが、やはりこの棒も、趣向を凝らして作った物なのじゃろうか?」
「あー、まぁそうですかね。それなりに長さとか重心とか、いろいろ考えて作りました」
「なるほどのう。それで第百弾か」
「…………」
そこに関しては不本意なのだけどね……。いくら趣向を凝らした棒だとはいえ、結局のところ棒は棒。やはり記念すべき第百弾には、もうちょっと他の作品を抜擢したかった。
「ときにアレク、このペン回しに指の長さは関係するのじゃろうか?」
「指ですか?」
「見ての通り、わしの手はだいぶ小さいのじゃが」
こちらに向けて、手をグーパーするユグドラシルさん。
うん、確かにちっちゃい。まぁユグドラシルさん幼女だからねぇ。
「んー、どうでしょうね。指の長さはそれほど重要ではないってのが定説らしいですが」
「そういうものなのか?」
「前世ではそう聞きました」
とはいえ、実際のところはよくわからない。さすがに幼女の小さいお手々では、若干やりづらさがあるような気がしないでもないが。
「ふーむ。――成長してよいか?」
「はい?」
「大人の姿に戻っても構わんじゃろうか?」
「……え」
大人の姿? 大人バージョンのユグドラシルさん……?
――ええ!? ここでなの!? こんなタイミングで!?
かねてから、ここぞというタイミングで成長していただきたいと願っていた僕であったが、まさかこのタイミングとは……。
まさかである。まさかのペン回し。こんなわりとどうでもいいタイミングで大人バージョン初披露だなんて、まさかそんな機会が訪れるとは……。
◇
……やめてもらった。
悩みに悩んだ末、やめてもらうようお願いした。
まぁねぇ、僕としても興味はあるのよ? そりゃあ僕も見たい。やっぱり見てみたいさ。大人になったユグドラシルさんは、いったいどんな姿なのだろう。
……でもなぁ、ここまで引っ張ってしまった以上、もうちょっとタイミングは吟味したい。たぶんここじゃないと思うんだ。もうちょっと適したタイミングがあると思うのよ……。
それに大人バージョンの姿を見てしまったら、なんとなくユグドラシルさんの印象も変わってしまいそうで、もしかしたら接し方も変わってしまいそうで、それがちょっと恐くもあり……。
ああでもないこうでもないと、頭の中で思考がぐるぐると回った結果……とりあえず今回はやめてもらった。
そして、ユグドラシルさんにそうお願いしたところ――
『別に構わんが……どれだけ幼女が好きなのじゃお主は……』
などとユグドラシルさんに言われてしまった。
違うのに……。そういうことじゃないのに。冤罪である。これ以上ないほどの冤罪……。
「ところでユグドラシルさん」
「んー?」
「実はユグドラシルさんに、お尋ねしたいことがあるのですが」
「ふむ。なんであろうか」
ちょっと聞きたいことが……まぁ今やっているトリックのことも聞きたいのだけどね。
何やらユグドラシルさんの手の中では、ペンが縦横無尽に回っていた。
あれは……ハーモニカルフルーエントムーンウォークシングルアクセルシメトリカルソニックじゃないか。
あっという間にそこまでのレベルに達したのかユグドラシルさん……。ことペン回しに限っては、やっぱり成長する必要は全然なかった気がする……。
さておき、とりあえず今聞きたいのは別のことだ。
「もうすぐ年が明けますよね」
「うむ。そうじゃな」
「で、ユグドラシルさんは年末年始忙しいという話ですが」
「うむ。忙しいのう。なにせわしは神じゃから」
「ええはい。もちろんそれは疑っていないです」
「……何を疑うことがあるというのじゃ」
「いえいえ、ですから疑っていませんとも」
「むぅ……」
ちょっとばかし見栄を張って、忙しいふりをしているだけなんじゃないかと疑っている僕がいる。
クリスマスにログインしてこないネトゲのフレンドだと疑ってしまう僕がいる。
「なので、年明け落ち着いてからでいいので、ユグドラシルさんが村に来られる日を教えていただけませんでしょうか」
「ふむ? 年明け? 何かあるのか?」
「村のお祭りがあります」
「ほう、祭りとな?」
メイユ村の新年のお祭り。そんなものを計画している。
「いつあるのじゃ?」
「それがですね、新年の早いうちにってだけで、正確な日程はまだ決まっていないのですよ」
「ふむ」
「それで、せっかくならユグドラシルさんも参加していただきたいなと考えていまして、それならユグドラシルさんが来られる日を開催日にしようかなと」
「なるほど、別にいつでも構わんぞ? 年明けすぐでも構わん」
「…………」
「……まぁわしも忙しい身じゃが、どうにか都合を付けよう」
やっぱり暇なのではないだろうか……。
「まぁそこまで慌ててやることもないので、そうですね、とりあえず三が日が終わって……」
「三が日ってなんじゃ?」
「おや?」
この世界、三が日なかったっけ?
なんじゃって聞かれても、僕も詳しくはわからないのだけど……。
「えぇと、年明けの三日間が終わった後――四日に開催しましょうか」
「ふむ。四日か」
「イッテンヨンですね」
「イッテンヨン?」
「イッテンヨンメイユ村、来られますでしょうか?」
「うむ。どうにか駆けつけるとしよう。どうにか調整して都合を付けて、村まで来ることにしよう」
「ありがとうございます」
うん、ありがたいことだ。忙しい忙しくないはさておき、来てくれるだけでとてもありがたい。
「で、その祭りというのは、何をするのじゃ?」
「んー、そこまで大層なお祭りではないのですけど、とりあえず――パンを撒きます」
「……パン?」
「パンです。家の屋根からパンを撒こうと考えています」
そんなイベントを予定している。――というか、僕的にはそれがしたいだけだったりする。
『新年の祭りでパンを撒く』というよりも、『パンを撒きたいので新年に祭りをする』という発想だったりする。
「そういえば、お主が別荘を建てたときにもそんなことをしておったのう……」
「ええはい、あれが元ですね」
上棟式だね。異世界版上棟式。
確かあのときもユグドラシルさんに来てもらったっけか。
「あれを恒例行事にしようかと思いまして」
「そうなのか……」
「なので、新年パン祭りですね」
「新年パン祭り……」
新年パン祭り。まぁパン祭りといえば、春に開催したいような気もするが……あ、でも新春か。春ではないが、新春ではあるな。というわけで、新春パン祭りだ。
残念ながらシールを集めたり、お皿を貰ったりするお祭りではないけれど、みんなが喜んでくれたら嬉しい。
「そんな感じで、今からお祭りに向けていろいろ準備するつもりです」
「準備というと……」
「まぁパンとか」
「まぁパンか……」
パン祭りだからねぇ。たくさん用意しないと。
「あとは、そうですね…………ふむ」
「ん? なんじゃ? 何を見ておるのじゃ?」
そうだな、せっかくユグドラシルさんが来てくれるなら…………お神輿かな。
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