七話 幼馴染とまた一難②
一触即発な空気が続くなか、俺は間に立つことが出来ず経過を見守ることしかできない。……これが非常に気まずい。
睨み合っているのは琴葉と一条だけ。つまり、俺は完全に蚊帳の外だ。このまま置物にされるのも嫌だし、介入するべきかどうか俺は思い悩む。そんな思考を断ち切ったのは。
一つの、冷たい声色だった。その声の持ち主は琴葉。
「人間が粗大ゴミに見えるんですか?とんだ大馬鹿者ですね。とても貴方が新入生代表とか、そんな人間には思えません。もしかして賄賂でも渡したんですか?」
先程の仕返しだろうか。琴葉は、得意の毒舌を最大限奮い立たせて彼女に喰らわせる。しかし、それが一条に効いた様子はなく。
「あら、私は"実力"で入りましたよ?もしかして嫉妬ですか?ふふ、醜いことですね」
不適な笑みを浮かべた彼女は、琴葉を見下すようにして言う。その笑みを向けられた琴葉は、その目線をさらに鋭くする。……空気に更なる緊張が走った。
俺は天を仰ぐ。二人はどんどんヒートアップしていて、この睨み合いは終わる気配がしない。この不毛な争いはいつまで続くのだろうか。
ふと時計に目をやり、ハッとした。このまま言い争いが続けば間違いなく遅刻。周囲に、初日から大変によろしくない印象を与えることになる。
これ以上置物になるのは良くないな。そう思い、俺は二人の間に割って入った。
「琴葉、落ち着けよ。」
今にも噛みつきそうなくらい興奮している琴葉を宥める。そうすると、琴葉は不満げな表情を浮かべて、
「むぅ……。綴君、私には注意するくせに、あの新入生代表さんには何も言わないんですね」
拗ねたような口調でそっぽを向く。言われてみれば彼女の言う通りだ。片方だけ注意し他はお咎めなし、というのは本人からすれば理不尽だろう。
琴葉に機嫌を直してもらうためにも、俺は一条に語りかける。けれど、彼女は相変わらず微笑をたたえたままで。
「あー、一条さん。君も琴葉を刺激するのは止めてやってくれ」
一条は俺が琴葉を庇ったことに驚いたのか、少し目を丸くする。しかし、すぐにその表情を元に戻して、
「あら、佐々木さん。私より成績が低い、出来の悪いその子を庇うのかしら?」
そういうと、彼女は琴葉の方を見て嘲笑した。琴葉は悔しそうに顔を歪め、俯く。
それを聞いて少し苛立つ。いや、正確にはかなり苛立った。
俺は、琴葉の良さを成績だけで決めつけたりはしないし、何故成績という限られた情報だけで「出来が悪い」とか決めつけられるのだろうか。俺には、全くもって理解できなかった。
「成績の良し悪しがどうした?」
少し向きになった俺は、一条明日香に問い掛ける。しかし彼女は微笑むだけで何も返しては来ない。それを沈黙と受け取り、俺は喋り続ける。
「人の良さは成績だけで決まったりしない。評価するなら、せめて他の要素も取り入れるべきだし、何より俺は能力だけで人を評価する奴が一番嫌いなんだ」
俺はきっぱりと、自分の意見を述べた。彼女は一瞬、顔をしかめたが……。
すぐに、あの何を考えているか分からない微笑を浮かべた。そして、不意に俺達からその視線を外す。今度は何だ、俺は少し身構える。
「そろそろ学校に行かないと遅刻してしまいますね。私はこれで、佐々木さん、また会いましょう」
それだけ言い残して、彼女は学校に向かっていった。嵐のような新入生代表に呆気にとられていると、琴葉の唸り声が聞こえる。どうしたんだろうか。俺は彼女に視線を注ぐと、
「……綴君は絶対に渡さないもんっ!」
琴葉は小声で何事か呟いていた。……気づいてないんでしょうけど、それ聞こえてますよ。うん、やっぱり俺のこと好きなんじゃないか君?
その可愛らしい姿を見て、俺は少し意地悪をしたくなる。この状況に立たされた人間なら男女問わず誰もがそう思うはずだ。
「琴葉、安心してくれ。俺は絶対に君の傍から消えたりしないから。」
俺は恐らく、琴葉にとって爆弾級の破壊力があるであろう発言を投下した。それを聞いた彼女はしばらく硬直した後、
「うわぁぁぁぁ!待って!さっきのなし!なしです!私は何も言っていません!いいですね!?」
怒濤の勢いで俺に詰め寄ってきた。
「うん、俺は何も聞いてないよ。少なくとも、俺を絶対に渡したくないとは言ってなかっ――――――」
「ちょっと!?聞かなかったことにしてくださいって言いましたよね!?」
何はともあれ琴葉の機嫌を直すことにも成功し、ひとまず事なきを得たがまだ高校にすら辿り着いていない。これから約8時間、その間に何も起こらず平和に過ごせるとは全く思えなかった。
ふと、カラスの鳴き声が響き渡る。それはまるで、俺達がこれから味わう苦難を予知しているかのような、嘲笑っているかのようにも聞こえる鳴き声だった。そう思うのはいくらなんでも考えすぎだろうか。