08.悪役令嬢はお茶会に向けて準備する
(さて、ついに殿下とご対面ね)
鏡の前で侍女たちに身を任せながら、今日のお茶会に思いをはせる。
園遊会などで挨拶をしたことはあるものの、一対一のお茶会はこれがはじめてだった。
そう、一対一なのだ。
(知らせが届いたときにはビックリしたわ。他の婚約者候補も一緒だと思っていたから)
この時期、婚約者候補の話は既に出ていた。
クラウディア以外では、三人の令嬢が選ばれているはずだ。
他の候補とも一対一でおこなわれるのかもしれないけれど、クラウディアが一人目であることは耳に入っている。
(爵位を考えれば当然よね。でも前はなかったことだから、このときには既に候補から外されていたのかしら……?)
前のクラウディアは断罪されるまで、自分が殿下の婚約者だと信じて疑わなかった。
周りが見えていなかっただけで、内々では候補でなくなっていた可能性はある。
ちなみに婚約者が決定するのは貴族の慣例で、殿下が学園を卒業してからとされている。
(みすみすフェルミナに譲るのは嫌だし、候補には残りたいところだわ)
クラウディアが候補である内は、フェルミナに出番はない。
ただ殿下がフェルミナに惚れた場合は、話が変わってくる。
一緒に住んでいるヴァージルなら好みを把握するのも容易い。
けれど相手が殿下となると、頭を捻るしかなかった。
前のクラウディアが嫌われていた自覚はある。
だからといってフェルミナに恋愛感情を抱いていたかまではわからないのだ。
(政治情勢を考えれば、公爵家が無難よね……)
政治の場では、議会での議決を王が承認することで、政策が執行される。
貴族によって運営される議会には、現在二つの派閥があった。
一つは、古参貴族による王族派。
一つは、新興貴族による貴族派。
最近は商人上がりである新興貴族が台頭してきていることもあり、王家ではなく貴族に利権を求める声が大きい。
ただ新興貴族が求める利権は、領地を持つ貴族の不利益にも繋がるものなので、広大な領地を抱える古参貴族は王族派として反対に回っていた。
クラウディアのリンジー公爵家は、王族派に所属しているものの、当主である父親は新興貴族にも理解がある――いわば中立の立場だ。
貴族派からも文句が出にくい相手なので、公爵家との婚姻は王家も望むところだった。
そのためフェルミナが王太子妃になったのは、単なる政略結婚ともとれる。
(こればっかりは会ってみないとわからないわ)
支度が終わり、侍女が控える中、最終チェックをする。
いつもよりドレスアップはしているが、菫色のドレスは楚々としたものだ。
可愛らしさよりも貞淑さを重視し、ふんわりとしたスカートではあるものの、フリルは少なめにしてある。
いかにも少女が好きそうなデザインも侍女にすすめられたけれど、クラウディアは自分に何が似合うか熟知していた。
(前は好みのままに着ていたけど、それが似合うかは別問題なのよね)
母親譲りのキツい目元に、ボリュームのあるリボンやフリルは似合わない。
フェルミナに大胆なドレスが似合わないように、人には向き不向きがあるのだ。
仕上がりに満足したクラウディアは、侍女に感謝を告げてお茶会への準備を整える。
「最後に指の包帯だけ、巻き直してくれるかしら」