05.悪役令嬢は兄とお茶をする
愛人と妹はその典型だ。負けてなるものか、と思う。
これはどちらかというと娼婦としての矜持だった。
「お兄様、ディーは、わたくしはいい子になるって誓うわ。お勉強も真面目にする。だからお兄様は、わたくしの傍からいなくならないでっ」
「あぁ、約束する。俺はクラウディアの傍にいるよ。これからは母上に代わって、俺がクラウディアを守る」
こうして兄妹は、母親の墓前で誓い合った。
それを気まずい表情で見守る父親に、心の中でクラウディアは舌を出す。
(ふんっ、実子に愛想を尽かされていることを思い知ればいいわ。けど、フォローも必要よね)
こちらから歩み寄るのは癪だが、公爵家当主は父親なのだ。
その権力は無視できない。
ヴァージルの腕から抜け出すと、これ見よがしに涙を拭い、父親と向き合う。
「お父様にも、心を入れ替えることを誓います。……少しでも認めていただけるように」
「う、うむ」
言い終えると、目尻に溜めていた涙を伝わせた。
今の体では加減が難しいものの、今回はタイミング良く上手くいく。
眉尻を下げる父親の表情に、まずまずの手応えを感じた。
きっと父親は母親のことを嫌ってはいても、恨んではいなかったのだろう。
母親もしおらしい姿を見せていれば、二人の関係は違ったものになっていたかもしれない。
(これは、はじまりに過ぎないわ。フェルミナが悪女なら、わたくしはそれを越える悪女、完璧な悪女を目指すのよ!)
屋敷に帰ったクラウディアは、侍女長のマーサにも誓いを立てた。
「お母様のような、完璧な淑女になるわ」
その言葉に、マーサは目を潤ませて喜びを露わにする。
「クラウディア様なら、きっとなれます!」
「お母様の娘だもの。これからもよろしくね」
「はい……!」
誓い通り勉強に専念すれば、屋敷の中でクラウディアを見る目は、日に日に良くなっていった。
癇癪持ちのわがまま娘が、すっかり大人しくなったのだ。
それだけじゃない。
礼儀作法も早々に身につけ、家庭教師からも太鼓判をおされるようになれば、クラウディアを悪く言う者は誰もいなくなった。
クラウディアにしてみれば、娼館で学んだことのおさらいをしただけだったが。
人の機微にも敏感になったおかげで、ヴァージルとの関係も変化していた。
「お兄様、そろそろ休憩にいたしませんか?」
侍女に茶器の載ったワゴンを押してもらいながら、ヴァージルの部屋を訪ねる。
ちょうど勉強の手を止める頃合いだと知っての上でだ。
妹の気遣いに、ヴァージルの顔が綻ぶ。
笑っているヴァージルの記憶がないクラウディアにとって、これは大きな進歩だった。
しかも。
「ディーが来てくれたなら、断るわけにはいかないな」
愛称で呼ばれるようにもなれば、ヴァージルが妹を可愛がっていることは傍目にもわかる。
「今日はわたくしがお茶を淹れますわ」
「ディーが?」
「ふふ、お兄様に飲んでいただきたくて、練習しましたの」
完璧な所作で紅茶を入れるクラウディアの姿は、とても十四歳の少女とは思えない。
けれどまだ幼さの残る見た目であるがゆえ、ヴァージルの目には微笑ましくも可憐に映った。
「ディーも習い事が増えて忙しいだろうに、いつ練習したんだ?」
「合間の休憩時間にですわ。最初に淹れたお茶なんて、渋くて飲めたものじゃありませんでしたのよ」
明るく、それでいて下品にならない程度にころころと笑うクラウディアを、侍女たちも優しく見守る。
大人だった頃の感覚に引きずられて失敗することもあったが、それを含めてクラウディアは周囲から愛されていた。
最近では、張り詰めていた屋敷の雰囲気も和やかになってきている。
「さぁ、召し上がれ」
わざと得意げにカップを差し出す。
そうして軽く笑いを誘いつつ、クラウディアも席に着いた。
紅茶を口に含むなり目を見開くヴァージルに微笑む。
「いかがですか」
「おいしい……凄いな、今まで飲んだお茶の中で、一番おいしいかもしれない」
「本当ですか!? 嬉しい!」
喜びの表現は、わざとらしくない程度に大袈裟に。
紅茶も、少女としての反応も、クラウディアはヴァージルの好みを把握済みだった。
そうとは知らず、ヴァージルは妹の愛らしさに、表情をとろけさせる。
「これならまた飲みたいな」
「ぜひ! お兄様のためなら、いつでもお淹れしますわ」
ヴァージルから好感触を得て、クラウディアも喉を潤す。
「みんなが協力してくれたおかげね」
「みんなとは?」
「侍女たちですわ。特に古くから仕えてくれている方たちの働きは素晴らしくて。お手本に淹れていただいた紅茶は、どなたのもおいしくて感銘を受けました」
「てっきり侍女たちとは、距離を置いてると思っていたが」