33.第十一章、完
夕日が、私室のベランダに佇む二人をオレンジ色に染める。
「明日は朝から国民に向けてのパレードですわね」
「その前に晩餐会か。少しは眠れるといいのだが」
晩餐会用の衣装に着替えるための時間だった。
休憩が欲しくなり、無理を言って、クラウディアとシルヴェスターはベランダに出ていた。
窓越しに侍女たちの圧を感じる。
「戴冠式が恙なく終わって、安心しました」
「ああ。ようやく、だ」
前国王が病に伏してから、ちょうど一年が経とうとしていた。
慌ただしく過ぎる日々に、ほとんど息つく暇がなかった。
ベランダに置かれた白いガーデンチェアに座り、シルヴェスターが目を閉じる。
銀色の睫毛が、夕日を宿すのをクラウディアは見つめた。
(一瞬、一瞬が、美しい人)
戴冠式でもそうだった。
ステンドグラスによって溢れる色彩に彩られたシルヴェスターは幻想的で、絵本の王子様というより、幻想生物そのものだった。
現実感がまるでなく、見蕩れるうちに、緊張は消えていた。
再び瞳が開かれ、世界に光が増える。
「怪盗には、してやられた感が拭えぬ」
万事、乗り越えはしたものの、翻弄されたのは否めない。
主犯格である商人も、怪盗にアリバイを用意してもらう手筈だったが、見事に裏切られていた。
(財産を全て盗まれるなんて……どんな人も騙されるってことね)
知恵があろうと、犯罪者だろうと、関係ないのだ。
「わたくしたちが会った怪盗は、大きな存在になると宣言しました。今回の件は、まだ序章に過ぎないのでしょうか」
これで終わりだとは到底思えなかった。
目標を達成するまで、怪盗は二人の前に立ちはだかる気がする。
「義賊という話は何だったのだろうな。我々の前では単なる愉快犯でしかない……そういえば、商人と結託していた怪盗は、自己主張が控えめではなかったか」
「言われてみれば、王冠を盗んだ件からはじまり、商人との件でも犯行声明がないままですわね」
二人の結婚式後に現れた怪盗なら、何かしら自分の頑張りを公表するのではないか。
「それこそ商人が紛争地帯に関わっていたことも、ストッシュガルド王国のことも怪盗からは公表されていませんわ」
ハーランド王国ではまだ知名度がないものの、暴露するのが今までの行動パターンではないだろうか。
考えるクラウディアの言葉を、シルヴェスターが引き継ぐ。
「我々が知る怪盗とは、性格が違う者なのかもしれぬ」
複数犯のうちの一人。
「怪盗」という枠組みの中にいるからといって、全員が同じ性格だとは限らない。
「あと可能性としては、フロックス駐在大使も注視しているでしょうから、自分では動きにくいのかもしれませんわね」
ストッシュガルド王国の駐在大使の名が出て、ふっ、とシルヴェスターが口元を緩ませる。
「大捕物のあとの会談では、だいぶ顔を青くされていたからな」
下手な小細工をさせないため、クラウディアとシルヴェスターで圧をかけた。
大捕物をした屋敷にシルヴェスターが同席していたのは、主にそのためだ。
駐在大使の裁量で得られるものは全て書面に起こしてある。
追加で本国との交渉を望むと、フロックス駐在大使は固まった。
本国に伝われば、彼の経歴に傷が付くことは間違いないだろう。
怒りの矛先を怪盗に向けてもおかしくない。
ふむ、とシルヴェスターが一呼吸置く。
「まずは第四王子のノア殿下と繋がりを持つところからか」
国王の末っ子で、七人目の子どもであるノアは、現在十一歳。
跡目争いから一番遠い存在として知られていた。
あえて有力候補との接触を控えたのは、紛争地帯がストッシュガルド王国への壁となり、跡目争いに出遅れたためである。
「第二王子、第一王女には近隣国からの援助が入っているという話でしたわね」
ストッシュガルド王国に潜入している情報部からの報告だ。フロックス駐在大使からも同様の情報が得られた。
続く第三王子、第二王女にも後ろ盾があり、介入がしにくい。
「東洋のことわざには、残り物には福がある、というものがあるという。ノア殿下との繋がりが、我が国にとって有益になることを願うばかりだ」
ハーランド王国としては依然、難民への支援を搾り取れるだけ搾り取る意向だ。
揺さぶりはかけるものの、駐在大使相手とは違い、本国とはどうしても交渉が長引くだろう。
支援をなかったことにさせないためにも、王家とのパイプは必要だった。
「いざというときは教会やバーリ王国はじめとする近隣諸国も巻き込む」
「難民の支援をおこなっている国は多いですからね」
紛争地帯にストッシュガルド王国が一枚噛んでいたとしれば、皆、黙ってはいない。
いかに交渉を有利に進められるか、カードを切るタイミングが大事だった。
ここでベランダへ出るドアが開かれる。
ヘレンだった。
「クラウディア殿下、シルヴェスター殿下、そろそろお着替えをしていただかなくては困ります」
時間がギリギリとのこと。
気付けば、空の明かりも遠くなっていた。
「結局、休憩にはならなかったな」
「考えることが多いですから。でも体は休めました」
二人でガーデンチェアに腰掛け、夕日を浴びられた。
それだけでも尊い時間だ。
シルヴェスターがクラウディアの額にキスを送る。
「私はもっと君に触れていたかった」
「わたくしもです。シル、そろそろヘレンが縄を持ち出しそうですわ」
「あれは君用だろう?」
休憩を強制するためのものだが、使用用途が広がろうとしていた。
「前例をつくらないためにも急ぎましょう」
「致し方ない」
ふふ、と二人で笑いながらベランダをあとにする。
夜の帳が下りようとしていた。
けれど、ここに確かな光はあった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。




