31.悪役王太子妃は浄化を見守る
晴れ晴れとした陽気が、冬の到来を遅らせてくれていた。
大聖堂の入り口近くに、儀式の舞台は設けられた。
聖女祭の開催が告げられた場所でもある。
聖女によるクラウディアの告発もおこなわれたが、人々の記憶は聖女祭で塗り替えられていた。何せ、聖女祭の折にはギーク枢機卿だけでなく、教皇も居合わせたのだ。
クラウディアが舞台裏に到着すると、既にフェルミナの姿があった。
これから儀式だというのに、血塗られた王冠を前にして半信半疑の面持ちだった。
「わたしの威光が増えるなら良いけど、本当にうまくいくの?」
「うまくやるのよ」
いかに集まった信徒たちに浄化を知らしめるか。
手順や演出については、念入りに打ち合わせ済みである。
まぁ、とフェルミナが口を開く。
「都合の良い言葉で、信徒を誘導するところは人間臭くて好きよ」
「わたくしたちは人間だもの。泥臭く足掻くだけだわ」
「お姉様が言うと、あまり信憑性がないわね。昔から完璧な淑女として有名で、綺麗な印象しかないもの」
「今はあなたもでしょう? 聖女様」
「そうね。わたしは聖女、高みにあることを望まれる存在」
フェルミナは両手を胸に置き、自己暗示をかけるように唱えた。
これから聖女による舞台の幕が上がる。
準備は全て整っていた。
フェルミナが先行して、集まった信徒たちの前に姿を現す。
そのあとに王冠の載ったトレーを持ったクラウディアが続いた。
聖女の登場に歓声が上がると共に、血塗られた王冠を見た人々がざわめく。
民衆の反応には目もくれず、フェルミナは舞台中央の演壇へ進む。舞台端ではギーク枢機卿とアガサが共に控えていた。
クラウディアは王冠を演壇の上へ置くと、フェルミナの斜め後ろへ移動する。何かあったら、すぐにフェルミナを手伝うためだ。
麗らかな日差しの下、フェルミナのピンクブラウンの髪が艶めいていた。
一連の動きから一呼吸置いて、フェルミナが言葉を綴る。
「まるで、きまぐれな神様が見守ってくださってるかのような明るい日差しの下、皆様にお会いできたことを嬉しく思います」
フェルミナはゆっくりと民衆を見渡した。
集まった一人一人と目が合うように。
自然と場は静まっていた。
皆が、聖女の言葉を聞き漏らさないよう気を張る。
斜め後ろに控えるクラウディアでさえ、フェルミナが燐光に包まれているような錯覚があった。
足の指先から頭の天辺に至るまで、民衆が望む聖女像をフェルミナは見せる。
「唯一、残念なのは、この手元にある存在でしょう。腹立たしいことに、教会の祝福を受けた王冠が黒魔術によって汚され、このような禍々しい姿になってしまいました」
赤黒い液体に塗れた王冠。
つくりがシンプルな故、より汚れが目立った。
「けれど、皆様もご存じのとおり、黒魔術には何の力もありません。ただ場を、ものを汚すだけの存在です。それを皆様に証明いたします」
舞台の端にいたアガサが、水の入った桶を持ってきて演壇に置く。
民衆が見やすいよう、フェルミナは王冠を片手に載せて持ち上げた。
「呪いなどという世迷い言に意味がないことを、わたしがご覧に入れます」
躊躇なく王冠に触れたことが、はじまりの合図だ。
片手で桶から水をすくい、王冠にかける。
すると、どうだろう。
数秒のうちに、王冠は本来の輝きを取り戻した。
一瞬、ともいえる間だった。
民衆の中には、広場に置かれた呪われた王冠を実際に見た人がいる。そして時間が経過した血の汚れが、簡単に落ちないことを知っている人も。
水だけで綺麗になるはずがなかった。
けれど予想は覆され、手を拭いたフェルミナは、改めて汚れ一つなくなった王冠を両手で掲げる。
「これが事実です! 黒魔術にまつわるものは全て、偽りでしかありません!」
本当に血塗られていたのか。
陽光の輝きすら返すようになった王冠を見れば、それすらも疑わしかった。
アガサが新たに台座を用意し、水桶を下げる。
赤い絨毯が敷かれた台座の上に、浄化された王冠は恭しく置かれた。
「ご覧ください。王冠は傷一つ負うことなく、元の姿に戻りました。この事実が全てを物語っています」
黒魔術が見せかけであること。
また王冠がそうであるように、これを戴冠した者に災いがあっても、それをはね除けることが暗に示されていた。
明日に控える戴冠式への布石だ。
フェルミナの手から、王冠がギーク枢機卿へ渡される。
「間違いなく、教会の祝福を受けた王冠に相違ありません。戴冠式までは、私が責任を持って王冠を預かります」
最後に演壇へ戻ったフェルミナが締めくくる。
「災いは予期せぬ形でやって来ます。我々、人間に特別な力はありません。けれど、こうして間違ったことを正す力はあります。諦めなければ、闇は振り払えるのです!」
手を組み、目を閉じる。
傍で控えるクラウディアも倣った。
民衆も順に同じポーズを取っていく。
「わたしは願います、祈ります。不正によってどれだけ行く手を塞がれても、皆様が諦めないことを。人の善なるおこないを信じられることを。わたしは、わたしが希望となり皆様の傍にいることを誓います」
光が降り注いでいた。
舞台にも、舞台を見守る民衆にも。
温かく柔らかい日差しだった。そこに人は、きまぐれな神様の眼差しを見た。
フェルミナが誓いを終え、礼をする。
歓声が彼女を讃えた。
◆◆◆◆◆◆
舞台裏に戻ったフェルミナは、ふう、と息をつきながら肩を回す。
「上手くやったわよね?」
「ええ、素晴らしい振る舞いだったわ」
演壇とのギャップに苦笑が浮かびそうになるものの、クラウディアは素直な感想を伝える。実際、感動を覚えるほどだった。
「あなたの言葉が胸に響いたわ」
「お姉様にそうおっしゃっていただけるなら、大丈夫ね」
ギーク枢機卿が王冠を手に、執務室へ戻るのを見送りながら、フェルミナが呟く。
「明日からは、あれが本物になるの?」
「もう本物よ。聖女様の浄化を受け、ギーク枢機卿に認められたのだから」
広場で晒された王冠も血を落としたのだが、どうしても汚れが残った。
そこで王冠が発見されない場合に使う予定だった、リハーサル用の予備が格上げされることとなった。今後は汚れのついたほうがリハーサル用となる。
水で簡単に落ちる材料を使い、遠目からは血塗られているように偽装した。
王冠のすり替えはあったものの、民衆への訴えに嘘偽りはない。
「シルヴェスター殿下はこれで良かったの? お父様が戴冠された王冠とは別物になるんでしょ?」
「むしろ殿下のご提案よ」
「内心は残念に思っているかもしれないじゃない」
フェルミナの言い分も一理ある。
当人は王冠が手元に戻ったことで、心の整理ができたようだった。
クラウディアも心配したけれど、実利を取ったシルヴェスターの瞳に迷いはなかった。
「多少はあるかもしれないわね。これ以上言うと、あなたの王子様像が崩れそうだから控えておくわ」
「言っているようなものだけど……わたしが抱いているのは所詮幻想ってことね」
以前に比べて憧れは減ったのか、もの分かりがいい。
(人は変われる)
愚かさに気付き、変わる意欲があれば。
クラウディアがそうだったように、フェルミナも人生の歩み方を考え直した。
昔は顔を合わせるたびに頭痛を覚える相手だった。
それがこんなにも可愛らしく映るときが来るのだから、何が起こるかわからないものだ。
微笑むクラウディアに、フェルミナが何? と問いかける。
「妹の可愛らしさを再発見していたの」
「お、遅いわよ!」
一瞬面食らったものの、ふんっとフェルミナはそっぽを向く。
逆に耳が赤くなっているのがよく見えて、クラウディアは笑みを深めた。




