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04.悪役令嬢は母親の葬儀に出る

 公爵家当主である父親が弔問客と挨拶を交わす隣で、喪服に身を包んだクラウディアは兄のヴァージルと並んで目礼する。

 記憶より若い父親と、青年になりきれていないヴァージルを見たときは、思わず笑いそうになった。

 もちろん顔には出さなかったけれど。

 弔問客を迎える合間に、隣に立つ兄を盗み見る。


(わたくしもお兄様も、これからの一年で急に背が伸びるのよね)


 体つきも大人になるが、残念ながらクラウディアの身長はそこで止まる。

 断罪がおこなわれた卒業パーティーでは、兄とは二十センチほど差がついていた。

 見下ろしながら睨まれ、胃が縮んだのを思いだす。


(あのときは気圧されたけど、今のお兄様は可愛らしいわ)


 クラウディアもヴァージルも、闇のような黒髪と青い瞳は公爵から受け継いでいるものの、きつい目元や美しい顔立ちは母親似だった。

 青年になれば誰もが見惚れる貴公子となるヴァージルも、若さが残る今の姿は愛らしい。


(前はお兄様のようなサラサラした髪質に憧れたけど、お母様と同じだと思うと、クセで波打つ髪も悪くないわね)


 軽蔑する父親との類似点は、少ないほうが良い。


(まぁ、お父様の気持ちもわからないでもないけど)


 母親は礼儀にうるさく、気が強い人だった。

 亡くなった今でも、屋敷に緊張感を残すほどに。

 息苦しさを覚えた父親が、外で愛人を作ったとしても仕方ないのかもしれない。

 実際、娼館ではそういう客も多かった。彼らは愛人を作らない代わりに、娼婦に癒やしを求めたのだ。


(でもわたくしやお兄様を放って、フェルミナだけを愛したのは納得いかないわ)


 母親似の顔が気に入らなかったのかもしれないが、血を分けた子どもであるのに変わりない。

 外へ逃げられる父親とは違い、子どもだった二人は、窮屈な屋敷で過ごすしかなかったというのに。

 母親への不満があるとすれば、子ども相手にも容赦がなかったことだ。


(飴と鞭の「飴」がなかったのよね。お母様と乳姉妹(ちきょうだい)のマーサは、お母様の言いなりだし)


 そこはバランスを考えて、マーサが飴役になるべきだろうと思わずにいられない。

 公爵家の侍女長を務めるマーサは、元は母親が実家から連れてきた侍女だった。


(だから愛人が来るなりクビにされるのよ……)


 父親にとって母親が遺したものに未練はないのだ。

 前は口うるさい人間がいなくなったことを喜んだけれど、今は間違いのような気がしてならない。


(まずはマーサを屋敷に引き留めましょう。彼女が有用だとわかれば、お父様もすぐクビにはしないわよね?)


 クラウディアが懐けば、マーサはきっと味方になってくれる。

 昔からマーサは母親を崇拝しているような節があった。

 愛人のこともよく思っていないだろう。


(ヘレンを助けるためにも、地盤を固めるのよ)


 母親を亡くした悲しみを顔に湛えながら、クラウディアはまだ小さな手を握り絞めた。


 葬儀が終わると、墓石の前には家族だけが残る。

 早々に帰ろうとする父親に心が冷めるのを感じながら、クラウディアは母親の墓石にすがりついて泣いた。

 時間が巻き戻る前、ヘレンの墓石にしたように。

 いや、そのとき以上に大声で泣き叫ぶ。


「お母様っ、どうしてディーを置いていくの? ディーをひとりぼっちにしないでぇっ」


 突然のクラウディアの号泣に、父親とヴァージルが戸惑う気配が背後から伝わってくる。

 二人とも癇癪を起こすクラウディアは見慣れていたが、涙ながらに感情を吐露する姿を見たことがなかった。


(泣くときは、いつも一人だったものね)


 誰でもない母親の教えだ。

 貴族たるもの、人前で泣くことは許されない。

 勉強嫌いなクラウディアであっても、洗脳に近い感覚で教え込まれたことは、体に染みついていた。

 そしてそれは兄であるヴァージルも一緒だ。


「クラウディア、はしたないぞ」


 ヴァージルはクラウディアの肩に手を乗せて咎めるものの、声に覇気はない。

 二つ上の兄は、母親の厳しさも愛情の裏返しであることを察していた。

 父親に関心を持たれない彼にとって、母親だけが愛情を与えてくれる存在だったのだ。

 失ったものの大きさは、ヴァージルもクラウディアと変わらない。

 しかし母親亡きあとも忠実に教えを守ろうとするヴァージルに、クラウディアは涙を流しながら抱き付く。


「いやよっ、お兄様は悲しくないの? ディーは寂しいわ! お母様がいなくなったら、誰を頼れっていうのっ」


 父親は愛人宅に入り浸って屋敷には帰ってこない。

 兄は習い事に忙しく、食事時ぐらいしか交流がなかった。


「クラウディア……」


 ヴァージルの声が震える。

 クラウディアの嘆きは、そのままヴァージルが抱えていたものでもあった。

 次第にヴァージルの頬にも涙が伝い、嗚咽が漏れる。

 母親を亡くした悲しみは本物だったが、一方でクラウディアは冷めてもいた。


(お父様もお兄様も口では礼節をと言うけど、実際は型にはまらない弱々しい女が好きなのよね)

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