35.悪役王太子妃は団結させる
元々はシルヴェスターが内通者に向けて撒いたエサだった。
隠すべき情報は、他人に暴かれれば弱みとなるが、自分で使う分には武器にもなる。
以前から、件の者には内通の疑いがあった。
それ自体は、脅威ではない。
内通していると知っていれば、逆手に取ることも可能だからだ。
一番厄介なのは、見えない敵である。
この件に関しては、終始、正体が割れていた。
(内通の疑いがある者を監視し、情報の流出をもって確証とする。それだけで良かったのだけれど)
だからあえてグラスターで、社交場を設けた。
ハーランド王国の玄関口とも言われる港町ブレナークの内陸部とはいえ、催しに際し、他国の人間が紛れ込んでもおかしくない環境だ。
(王家が掴んでいたのだから、トーマス伯爵も疑いを持っていて不思議ではないわ。とはいえ、まさか公の場での断罪を頼まれるなんて)
さすがにシルヴェスターもクラウディアも予想外だった。
共通の敵を明るみにすることで貴族間の団結を深めたい、とはトーマス伯爵の言葉である。
身内から裏切り者が出てしまった故の保身とも取れるけれど、彼には信念があった。
国を支える、貴族としての道義があった。
どれだけリンジー公爵が妬ましく、クラウディアを疎ましく思っていても、芯にあるものは揺るがないと王家に示したのだ。
彼の意を汲むことをクラウディアも賛成し、今に至る。
内通者はシルヴェスターを見たが、あえてクラウディアが問いに答えた。
王太子妃にも同等の権力があると、居合わせた者たちにもわからせるためだ。
「トーマス伯爵の証言が真である裏付けは取れています。言い逃れはできません」
凜、とした声が響く。
凍るような青い瞳を向けられた内通者は体を震わした。
「違う、違います……っ」
「余程、閉塞感を覚えておられたようですわね」
貴族と言えども、ヘレンの生家がそうだったように、立ちゆかなくなる場合がある。
しかし子爵を冠する彼は、貧困に喘いでいるわけではなかった。
トーマス伯爵に従っているのもあり、必要な利益は得ていた。
(きっかけが、トーマス伯爵夫人の影響力が落ちた件だったなんて)
王家とトーマス伯爵が協力し、内密に子爵を探った結果、判明したことだ。
夜会でのことは、クラウディアもよく覚えている。
トーマス伯爵夫人がクラウディアを責めた結果、夫人だけでなく彼女に従う一派も、クラウディアが企画した輸出事業に参加できなくなった。
この中に、子爵夫人も交じっていたのだ。
得られるはずの利益を掴めなかったことで、子爵は妻を大いに叱責した。
何にでもメリットとデメリットがある。
子爵の場合、トーマス伯爵の傘下にいるデメリットとして、輸出が困難を極めた。そもそも子爵単独では、リスクが大きすぎる問題があった。
トーマス伯爵が輸出事業を立ち上げれば、人が集まり、リスクが分散される。
けれど伯爵にその気はなかった。元来、貴族が商売をすることに否定的な人物でもある。
(長年の付き合いで得られるメリットを軽視するなんて)
普通なら、そんな選択はしない。
けれど子爵には、積もり積もった鬱屈があったのか、得られた機密情報を手に、以前から内通していたバーリ王国の使者と接触した。それだけ輸出事業への思い入れが強かった。
もちろんバレないよう上手くやる算段だったのだろう。
結果は、ご覧の有様で、救いようがない。
子爵はクラウディアだけでなく、周囲からも冷たい視線に晒される。
「違うんだ、待ってくれ!」
騎士が近付いてくるのを甲冑の音で察した瞬間、逃走を計ろうとする姿も、上階からつぶさに観察できた。
騎士に連行される間も喚いていたが、関心を寄せる者は誰一人としていない。
売国奴め、と吐き捨てたトーマス伯爵が、参加者たちの気持ちを代弁していた。
「トーマス伯爵のご協力に感謝します」
「臣下として当然のことをしたまででございます」
トーマス伯爵は、クラウディアに向かって慇懃に頭を下げる。
断罪の功労者が誰か、目立つ衣装が物語っていた。
彼の望みどおりの展開にはなっただろう。
功労には十分報いた、とクラウディアはシルヴェスターへ視線を送る。
二人は寄りそうと互いの手を握り、胸の高さへ上げた。
ここからは自分たちの時間だというように。
「本日、わたくしたちは夫婦になり、支え合うことを誓いました」
シルヴェスターと見つめ合い、微笑む。
次いで、互いの指先へキスを送った。
固く結ばれた絆を、何人たりとも傷付けることはできないと、気持ちを込めて。
「これから待ち受ける荒波も二人で、そして、ここにいる皆と乗り越える所存です」
愛おしげに階下を見渡す。
瞼をゆっくり閉じ、開いたときには、青い瞳に熱意だけを残した。
「今、ここで気持ちを一つにする我々を、誰が割けましょうか!」
人数に上限はない。
クラウディアは、そのことをスタジアムで学んでいた。
多くの人々と時間を共有し、心まで共有することができることを。
ヴァージルと目が合うと、頷きで答えられる。
兄が目指したもの。
生まれや育ち、たとえ文化の違いがあろうとも、人々は垣根を越えて一つになれる。
フットボールを通して、そんな未来を見せてくれた。
シルヴェスターが続く。
「さぁ、我々の団結力を、他国の者たちに見せ付けようではないか!」
「揺るがない絆を! わたくしたちが見せ付けましょう!」
繋がれた手が表すとおり。
二人が掲げる手につられ、参加者の一部が拳を突き上げた。
「ハーランド王国に団結あれ! 王太子夫妻の元に!」
「王太子夫妻の元に!」
大合唱が繰り返される。
愛国心と言ってしまえば、それまでかもしれない。
けれど肌で感じる一人一人の熱意、心の震えは、言葉では言い表せないほど情動を生み、広間に集まった人々を感極まらせた。
お膳立てをしてくれたのは、トーマス伯爵だ。
後の社交界でも話題にはなるだろう。
だとしても、今ここに溢れる熱を生み出したのは王太子夫妻にほかならないと、全員が実感していた。




