34.悪役王太子妃はパーティーに参加する
結婚式後のパーティーこそ、各国の要人と交流を深める場だった。
その会場となる広間へ、まず国内の貴族だけが集められる。
国王の容態悪化が伝えられていたのもあり、皆、落ち着かず視線を巡らせていた。
本日の来賓を通し、自ずと他国へも知れ渡ると察していたからだ。
頭では、世代交代による混乱は少ないとわかっている。
国王が崩御しても、王太子であるシルヴェスターは健在だ。
現在、執務が滞りなく移行しているのは、朗報以外のなにものでもない。
ただ、それ以上に。
「国王」という大きな存在の欠如が、心の余裕を奪っていた。
パンパンと手を叩いて、トーマス伯爵が場を制する。
「静粛に! これが国民を代表する貴族として、相応しい姿かね!」
トーマス伯爵家も代替わりしたところだが、家の風格が彼を後押しした。
また四十代の彼を、若輩者と嘲笑する者はいない。
トーマス伯爵家と付き合いの長い家の者たちが同調する。
サヴィル侯爵もあとに続き、王族派は平静を取り戻した。
不安が残る貴族派の視線を集めたのは、リンジー公爵だった。貴族派は旗頭の不在が続き、中立派に頼らざるを得なかったのだ。
リンジー公爵が貴族派の視線を受けとめたことで、場は全体的に落ち着いた。
「ふん、これを機にリンジー公爵も立場を明確にしてほしいものだ」
王族派なのか、貴族派なのか。
白黒つけろとトーマス伯爵は、いつもと同じ調子で迫る。
リンジー公爵がそれをかわすのも、社交界では見慣れた光景になっていた。
だからか、今回ばかりは両者の諍いが、参加者たちを和ませた。
サヴィル侯爵が、娘のルイーゼに囁く。
「こういう効果もあるのだと、覚えておきなさい」
「はい、トリスタン様とも共有しておきます」
生憎トリスタンはシルヴェスターのお供をしているため、この場にはいない。
「しかし、目立つ」
「トーマス伯爵のことですか?」
言葉数が少ない父親の考えを、ルイーゼは正確にくみ取っていた。
「元々、自己顕示欲の強い御仁ではあるが、いささか場を弁えていないくらいだ」
「リンジー公爵より、目立っておられます」
本日の主役は、王太子シルヴェスターと王太子妃になったクラウディアだ。
その次点になるのが、各々の両親である。
新興貴族でさえ、わかりきっている構図を、トーマス伯爵は侵していた。
「他国の来賓と入場時間が分けられていることと、何か関係があるのでしょうか?」
うむ、とサヴィル侯爵は首肯する。
無意味に時間差をつくっているわけがなく、他国の入場に先立って王妃ないしは王太子から話があるのは簡単に予想がつくところだ。
ただこれにトーマス伯爵が関わっているとなれば、全容を推し量るのが難しくなった。
主役と彼との関係性が、わからない。
特にトーマス伯爵は、先ほど見たとおり、リンジー公爵と対立しているのだから。
◆◆◆◆◆◆
広間の様子を窺っていたシルヴェスターが溜息をつく。
「調子にのっているな」
「功労を主張したいのでしょう」
わかりやすいトーマス伯爵の行動に、クラウディアは微笑ましさすら感じた。
見て、見て、こんなに頑張ったよ! と副音声が聞こえる。
「では主役の座を取り戻しに行くか」
「はい」
お互い、新しく着替えていた。
シルヴェスターは紺青のジャケットに、深みのある赤を差し色としている。黒いズボンには、青色で羽ばたきが描かれていた。
一方クラウディアは、胸元が金糸の刺繍で彩られた小麦色のドレスを身に纏っている。
フットボールのリーグ戦を観ていた者は、すぐに察するだろう。
「紺青のレーヴァン」と「黄金の草原」がモチーフだと。
両家が支援するクラブを交換して着用することで、結び付きの深さを表現していた。
広間で、進行役がシルヴェスターとクラウディアの入場を告げる。
王族用の通路である二階の扉が開かれると、盛大な拍手で迎え入れられた。
室内に設けられたバルコニーへ出る。
シルヴェスターは、王太子として。
クラウディアは、王太子妃として挨拶する。
「皆に祝福されることを、心より嬉しく思います。この機会を与えてくださった、気まぐれな神に感謝を申し上げ、わたくしからの挨拶を終わらせていただきます」
あとは階下に下りて、二人が結婚後、初となるダンスを披露すると、ほとんどの参加者が考えていた。
一部の者だけは察する。
ここにはまだ――国内の貴族しかいないことを。
シルヴェスターから、クラウディアから笑みが消えて、ようやく全員が悟った。
空気がヒリつき、緊張を強いられる中、シルヴェスターが薄い唇をゆっくり開く。
「父上の容態悪化は、皆が耳にしたとおりだ」
今朝、報された。
遅れて国民の耳にも届くだろう。
「ごく限られた者には、事前に知らされていた。クラウディアもその一人である」
誰も異論はない。
立場上、知っていて当然だからだ。
「私は先であれ、あとであれ、大きな差はないと考えている」
差があるとすれば、心構えをする時間の長さぐらいなもの。
帰結するところは同じだと、シルヴェスターは続ける。
「残酷な現実を受けとめるほかない。貴公らに求めるのは、変わらない団結である!」
国王が倒れて、動揺しない者は国民ではない。
良くも悪くも心は動くものだ。
広間に集められた当初、落ち着きをなくした姿こそが正しい。
動じていなかった者は、心構えができていただけである。
「だが、今日という祝いの日に先立って、度し難い情報がもたらされた。何でもいち早く国王の容態を知った者が、他国と通じるべく動いたというではないか!」
シルヴェスターの言葉には、波が断崖に打ち付ける激しさがあった。
「誰がこれを許せよう!」
強く拳を握り、怒りを露わにする。
「私は断じて許さぬ! 病に苦しむ国王へツバを吐き、貴公らの団結を踏みにじる行為を、私は、断じて、許さぬ!」
怒号が、参加者の鼓膜をビリビリと震わした。
普段の穏やかな王太子からは、想像がつかないほどの苛烈さがあった。
黄金の瞳が、赤く染まっている様を幻視する。
クラウディアが、静かに言葉を引き継いだ。
「情報は、トーマス伯爵からもたらされました。相違ありませんね?」
「相違ありません」
重々しく頷いたトーマス伯爵が、一人の貴族を指し示す。
トーマス伯爵家と付き合いの長い人物を。
「わたくしサルバート・トーマスが証言致します。この者が、バーリ王国と内通しようとしていたことを」
「バカな!? 証言だけで、王太子殿下はわたしを疑われるのですか!?」
すぐさま反論されるものの、証拠は押さえられていた。
何せトーマス伯爵が身内切りともいえる、告発をおこなったのだから。
(思い切ったことをしたものだわ)
だが将来の国王へ対するアピールとしては悪くないどころが、インパクトも残る。
トーマス伯爵は、そこへ賭けた。




