32.悪役令嬢は伴侶を得る
肌を焼くチリチリとした日差しが和らぎはじめる初秋。
多くの落葉樹がまだ緑の葉を茂らせる中、日当たりの加減か、大聖堂には一本だけ黄色く色付いた木があった。
結婚式の式場である礼拝堂の窓から、ちらちらと揺れる黄色い葉が見える。
午前中は大聖堂全体が貸し切りにされているため、表を歩く人影はない。
礼拝堂内部の長椅子に、参列者が並んで着席している。
その後ろからシルヴェスターにエスコートされ、クラウディアは赤絨毯が敷かれたヴァージンロードを歩いた。
白の絹糸で編まれたベールが、顔だけでなく緩やかなクセのある長い髪までも覆う。
足音は絨毯に吸収され、静謐な空気だけが礼拝堂に残っていた。
日差しが窓から光芒の如く、最奥にある主祭壇へ降り注ぐ。
主祭壇の後ろには教皇がおり、これから生涯の誓いを立てる二人を待っていた。
最前列には家族が着席し、ヴァージルの隣には聖女フェルミナの姿もある。
リリスに抱かれた末弟のアンジェロは、目に映るもの全てが不思議そうだった。
(国王陛下にお見せできなかったのが残念だわ)
一人息子の晴れの場を。
前々から出席できる体調ではないとわかっていたため、前日に二人揃って礼服姿でお見舞いはしていた。
喘鳴に苛まれながらも、目元だけで微笑み返されたのを、クラウディアは一生忘れないだろう。
国王の欠席に際し、ここではじめて体調の悪化を公表した。暗に、先が長くないことも含めて。
主祭壇の前に到着し、教皇に礼をする。
老齢の教皇は、ゆっくりと口を開いた。
「これより、新郎シルヴェスター・ハーランド、並びに新婦クラウディア・リンジーが夫婦として歩むことを、気まぐれな神へ宣誓する」
教皇の瞳が、先にシルヴェスターを捉える。
「汝、シルヴェスターは、気まぐれな神の目の届かぬときも、妻クラウディアを愛し、支えることを誓うか」
「誓います」
「汝、クラウディアは、気まぐれな神の目の届かぬときも、夫シルヴェスターを愛し、支えることを誓うか」
「誓います」
胸の中央に右手を添え、この命ある限り、と互いに気持ちを込める。
「誓いが真であるならば、口付けをもって証明されたし」
向き合い、シルヴェスターの手によってベールが持ち上げられる。
視界が晴れた先に、艶めく黄金の瞳があった。前髪が上げられている分、遮るものが一切ない。
自分も同じような瞳で彼を見上げているのだろうか。
シルヴェスターを正面から認めたことで、不思議と鼓動が落ち着いている理由が判明した。
隣に彼がいること。
それだけで勇気付けられていた。
近付く気配を感じ、そっと目を閉じる。
唇が重なるまで時間はかからなかった。
優しい感触。
束の間だったにもかかわらず、離れた瞬間に唇が冷えた気がした。
教皇がゆっくり両手を広げて声を張り上げる。
「誓約せり! 証明は果たされた! 二人の門出に祝福を!」
二人の門出に祝福を! と、参列者が声を揃える。
同時に上階で控えていた楽団の演奏がはじまった。
厳かな雰囲気は、ここまで。
再度ヴァージンロードを歩き、退出するときには立ち上がった参列者から、面と向かって祝われる。
王妃は目に涙を浮かべながら、クラウディアの手を取った。
「おめでとうございます。この子のことで苦労することもあるでしょう。いくらでも手を出していいですからね」
「母上?」
「あなたは頑丈なのだから、甘んじて受け入れなさい」
「ふふ、ありがとうございます。お義母様の許可をいただけたことを励みに、乗り越えていきますわ」
「ディア?」
シルヴェスターの抗議は無視する。
次にリンジー公爵家の中で、声をかけてきたのはフェルミナだった。
というのも、ヴァージルが声を詰まらせていたからだ。
「お姉様、お義兄様、おめでとうございます」
「ありがとう、出席してくれて嬉しいわ」
「当然でしょう? 新しい家族が増えるんだもの」
「これからもよろしく頼む」
シルヴェスターからの言葉に、フェルミナは花が咲くような満面の笑みを浮かべた。そこに邪気は一切ない。
「完璧なお姉様とずっと一緒だと、窮屈に感じるときもあるでしょう。ぜひ頼ってくださいませ」
「私にはない感覚だと思うが、記憶には留めておこう」
シルヴェスターから、ちらりと視線を寄越される。
むしろクラウディアのほうが窮屈さを覚えるのではないかと言外に語られていた。
シルヴェスターの心が狭いのは、身内の間では周知の事実である。
父親が前に出てきて、遠慮がちに告げる。
「クラウディアには苦労をかけた。ヴァージルにも、お前の母親にも。罪深い私にも祝う機会が与えられたことを嬉しく思う。おめでとう。お前の幸せを心から願っている」
「ありがとうございます」
罪は消えないことを父親も理解していた。
どうあがいても、幼少期の時間は戻ってこない。
(それでも前は向けるわ)
過去に囚われても、今ある時間を無駄にするだけだ。
シルヴェスターが宣言する。
「私が責任を持って、ディアを幸せにしてみせる」
よろしくお願いいたします、と静かに父親は頭を下げた。
国賓の席には、見慣れた顔が揃っていた。
日程がタイトだったのもあり、参列できる者が限られたのだ。
バーリ王国からは、ラウルとレステーアが。
アラカネル連合王国からは、スラフィムが。
パルテ王国からは、王太子夫妻が顔を並べてくれていた。
シルヴェスターはラウルの前に立つなり、勝ち誇った顔を見せる。
「どんな気分だ?」
「オマエの顔をぶん殴りたい気分だが?」
わざわざ煽ってどうするのか。
(素直になれない二人なりのコミュニケーションなのかしら)
クラウディアのほうは、あえてレステーアから視線を外していた。
無駄な熱量を摂取したくなかったからである。
シルヴェスターとラウルが応酬している間、スラフィムとパルテ王国の王太子夫妻から礼儀正しく祝ってもらう。
スラフィムは弟に向ける顔で、シルヴェスターとラウルを振り返る。
「変わらず仲が良さそうで安心しました」
「ケンカするほど仲が良いのだと思っております」
とはいえ、まだ挨拶する人物は残っている。
クラウディアは、終わりが見えない二人の間に割って入った。




