31.怪盗は溜息をつく
リーグ、最終戦。
一時中止となったものの、再開された試合は滞りなく終わりを迎えた。
勝者は「早天の航海」。
予定とは違う結末に、溜息が出る。
「これが民度の高さかねぇ」
「前半はどうなるかと思ったっすけど、後半の白熱っぷりはやばかったっすね!」
隣の席の大男が、興奮を隠さず話しかけてくる。
人見知りしない性格のようで、探偵の助手をしていると語った。
主人の探偵は、二階席のグレードの高いほうで観戦しているという。
自分は、あるときはナーセリーの管理者、またあるときは清掃員に扮し、リーグ戦の開幕前からスタジアムに入り込んでいた。
今日は中年女性の姿なので、余計に声をかけやすいのかもしれない。
「カードが取り消されて良かったっす。誰か介入してくれたんすかね?」
「監督には、審判の判定に対して一回だけ審議を求める権利があるんだよ。ルールぐらい確認しな」
販売されているルールブックの他に、大まかに内容をまとめた広報誌が発行されていた。
スタジアムの案内所に行けば、無料で貰える。
(「早天の航海」側が使うのは予想しとったけど)
審判に対しては、もっと上手く立ち回れと言いたいところだが、所詮は素人である。働きはあまり期待していなかった。
けれど二人の退場者を出したことは評価した。
審議権の発動は「早天の航海」のみで、一人の欠員は確定したと思われたからだ。
ところが蓋を開けてみれば王家クラブの監督も申請したらしく、異議が認められて二人ともピッチに戻った。
(わざわざ自分の優位を覆すって、どういうこっちゃ)
公明正大にもほどがある。
汚職にまみれた自国では考えられないことだった。
(付け焼き刃ではあったけど、それなりに頑張ったんやで?)
警護が付いている相手を誘拐するのは到底無理だったが、装飾品を手に入れ、手持ちのカツラから似た色の髪を一房用意した。
全部一人で手配した割には、よくできたほうだと自分を褒める。
試合再開前、件の主審がすっきりした顔で頭を下げていたのを見るに、呆気なく解決されたとしても。
(国が違えば、人もこんな変わるんか)
王家クラブの監督だけじゃない、主審にしてもそうだ。
封書を渡したとき、まだ賭けられる時間があった。便乗して賭ければ、得をしたというのに。
(まぁ、データは取れたな)
金目当てで起こした事件ではなかった。
シルヴェスターやクラウディアが住まう、ハーランド王国の倫理観がどの程度のものなのか検証したかったのだ。
「面白くないね」
「あ、おばさんは『黄金の草原』推しっすか?」
黄色のタオルマフラーを見た、大男が残念そうに眉尻を落とす。
自分も首元に視線をやって、初戦を思いだした。
(あんときも、上手く抑え込まれた)
一番にタオルマフラーを選手へ投げつけた。
観客を煽動し、暴動を起こさせようとした。
(信仰で説き伏せられるもんなんか)
ファンロン王国も気まぐれな神を信仰している。
だが、同じ状況が自国で起これば、貴族にもタオルマフラーが投げつけられ、観客の多くが処刑されただろう。
リーグ戦など、開催できるはずもない。
(何が違うんや。やっぱり環境やろか)
貧民層の支えを教会に丸投げしているファンロン王国。
教会に助けられながらも、自国で対策しようと動いているハーランド王国。
どちらの土台がしっかりしているかは、明白だ。
(自分もまだまだや)
今回の遠征で、井の中の蛙であると知れた。
あくまで東洋という狭い地域の中で、活躍できていただけだった。
完全に驕っていた。
(どうやったら同じ位置にいける?)
シルヴェスターやクラウディアに追い付くために、必要なものは。
ドンッ、とスタジアムが揺れた感覚がして、意識がアリーナへ向く。
トロフィーの授与式が佳境を迎えていた。
シルヴェスターは、光の申し子だった。
(太陽を目視し続けたら、目が潰れてしまうんやで)
眩しさに顔を顰めそうになる。
祝いの儀式は、授与式だけに留まらなかった。
正確には、結婚式の日取りが発表されただけだが。
「おおおっ、おめでたいっす!」
大男が歓声を上げ、タオルを真上へ投げる。自分で受け取れるように。
それが景気づけに良いと、他の者も倣った。
観客席が、トロフィーの授与以上の盛り上がりを見せる。
応援するクラブが分かれるフットボールとは違い、王太子と婚約者の婚儀は、国民全員にとっての祝い事だ。
頭上で、黄色と水色のタオルマフラーが舞う光景を眺める。
(ふーん、何かありそうやな)
リーグ戦の試行期間が短いのも気になっていた。
シルヴェスターなら、もっと余裕を持って行動しそうである。
結婚式については、前々から早く挙げたがっていたようだが。
「はぁ、めでたいめでたい」
「帰られるっすか? 混雑してるんで、気を付けるっす」
「もう見るもんは見たからね」
席を立つ際、大男の主人である少年が頭に浮かんだ。
首にかけていた黄色いタオルマフラーを外す。
「これは餞別だよ。主人にでもあげればいいさ」
「いいんすか? きっと喜ぶっす!」
礼を言う大男に手を振って、その場を離れる。
ナーセリーの管理者として、王城を訪れていた際に気になることがあった。
侵入できる場所は限られたものの、空気感の違いには聡い。
馴染みのある重苦しさを微かに感じていた。
(調べてみる価値はありそうや)
適当に馬を掻っ攫い、王城へ向かう。
シルヴェスターのことだ。
何の意図もなく、この場所、このタイミングで報せはしないだろう。
口角が上がるのを自覚する。
好敵手に巡り会えたのは、確かだった。




