30.悪役令嬢は祝福される
国が主催するリーグ戦の優勝クラブを決める戦い。
前半戦にアクシデントはあったものの、是正されたあとは問題なく試合が進んだ。
結果は、王家クラブ「黄金の草原」一点、ゾーン伯爵家クラブ「早天の航海」二点。
試行期間の優勝クラブは、「早天の航海」に決まった。
「一歩及ばずか」
ぞれぞれ得点シーンがあっただけに、惜しい試合内容だった。
反省は、来年開催予定の本戦に生かされるだろう。
悔しさを滲ませつつも、正装に着替えたシルヴェスターの黄金の瞳は、外で遊び終えた子どもの如くきらきらしていた。
クラウディアも授与式に合わせてドレスに着替え、運営席で待機する。
新たに警護の人間が現れたかと思うと、トロフィーとして授けられる彫像が慎重に運ばれてきた。
気まぐれな神様の別の姿として知られる、勝利の女神を象ったものだ。
気まぐれ故、その時々で姿を変えて現れる神様にまつわる神話は、あちらこちらに点在していた。
薄い布をまとい、背中ではためく裾が翼を象る。
広げられた両手は勝利を讃えているようであり、勝者を包み込もうとしているようでもあった。
「美しいですわ」
白い大理石から削り取られているのが信じられないくらい、たわみ、シワができている布は表情豊かで、露出する腕や足には生気が宿っていた。
五十センチという高さに収められた細部は、間近で見ても違和感がない。
リーグ戦用につくられたものではなく、王家所有の美術品で、既に作家は亡くなっている。
言わば、国宝だった。
「父上から、トロフィーだったらこれが良いだろうと打診された。私も同じ考えだったから、即決だ」
「授与式のあとは、美術館で展示されるのですよね?」
「ああ、来年の授与式まで、誰でも見ることができる」
優勝クラブで保管する案も出たが、紛失や故障があってはことだと、またクラブによっては予算規模が異なるため、美術館での所蔵が決まった。
「王家の金庫に置くより、観客が後日、目に触れる機会があったほうが良いだろう」
「ええ、次はどのクラブに授与されるのか、見る人の心を掻き立てると思いますわ」
ピッチサイドに出た楽団が、セレモニーの開始を告げる。
晴れやかな楽曲が、自然と選手たちの顔を上向かせた。
けれど、歩いて整列する様が、どこかぎこちない。
「緊張されていますね」
無理もなかった。
騎士から構成される王家クラブとは違い、ゾーン伯爵家クラブの選手たちは平民である。
一般募集の中から、能力を見出された者たちだった。
選手の中で一番の年長者がトロフィーを受け取るが、完全に表情が固まっている。
平民が王族、それも王太子と相対することなど、人生で一度もない。
ヴァージルが進行を務め、シルヴェスターの出番がくる。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
クラウディアは授与式の様子を、運営席から見守った。
曲調が変わり、厳かな雰囲気に包まれる。
スタジアムにいた全員が、シルヴェスターの銀髪が日差しを呑み込む様を目の当たりにした。歩みに合わせて流れる髪の一本一本が輝き、揺れる。
白のジャケットに織り込まれた金糸。
黄金の瞳は、それ自体が熱を持ち、光を体現した。
年長の選手が眩しそうに目を細める。
定位置に着いたシルヴェスターが口を開く。
楽曲が止み、心地良い低音がアリーナに響いた。
「国王陛下の名代として、私、シルヴェスター・ハーランドが、優勝クラブ『早天の航海』へトロフィーを授与する」
係の者からトロフィーを受け取り、胸に抱く。
大理石であるため、重さは相応にあった。
「終始、公平性と敬愛の体現者であったこと、素晴らしい激闘の末、栄えある勝利を収めたことをここに讃える。貴殿たちは勝利の女神像を手にするに相応しい」
「あ、ありがとう、ございますっ」
途切れ途切れ答えながら、年長の選手はトロフィーを受け取った。
シルヴェスターが拍手を促し、スタジアムが沸く。
歓声が鼓膜をビリビリと震わせた。
選手たちの間で笑顔と涙が溢れる。
クラウディアも運営席から、目一杯の拍手を送った。
一段落し、選手たちがピッチを去る。
その間もシルヴェスターは、ヴァージルと共に残り続けた。
衆人環視の中、王族が姿を晒し続けることは稀で、貴賓席にいる貴族たちも顔を見合わせる。ただ一部の者だけは、このあとの展開を察していた。
ヴァージルが閉幕を告げる。
「これにて授与式を終わりとする。最後に、シルヴェスター殿下からのご報告を皆には聞いてもらいたい」
シルヴェスターから視線を向けられ、クラウディアは運営席から出た。
ドレスに着替えたのは、この報告のためでもある。
青と紫で彩られた生地に、金糸であつらえたバラの大きな刺繍が映える。
胸元と袖は白いレースで飾られ、ふわりとスカートが一度なびけば、花の香りが漂ったように感じられた。
シルヴェスターの隣に並び、最も近い場所で報告を聞く。
「栄えある日に、良い報告をできることを気まぐれな神に感謝申し上げる。私、シルヴェスター・ハーランドとクラウディア・リンジーの結婚式の日取りが決定した」
勿体ぶることなく、さらりと告げられた報せに、束の間、スタジアムは音を忘れた。
ゆっくり理解が広がっていく様を、クラウディアは目視する。
観客席で、誰かが黄色のタオルマフラーを真上へ投げた。
それに呼応して、次々と祝福の狼煙が上がる。
「王太子殿下、ばんざーい!」
「リンジー公爵令嬢、ばんざーい!」
「おめでとうございます!」
日取りを報告しただけなのだが、今結婚したかのような騒ぎだった。
人々の笑顔に、クラウディアも頬が緩む。
(今日という日が、人々の希望として助けになりますように)
心からの願いを込めて、シルヴェスターと二人、観客席をしばし眺めた。
自分たちには、まだ向き合わなければならないことがあるからこそ、気持ちがこもった。




