28.悪役令嬢は問題と向き合う
シルヴェスターが続ける。
「奇襲に弱いという欠点はあるが、パターンに組み込んでおけば問題ない」
「それを全部、頭に入れられているのですね」
「体に叩き込んでいる、といったほうが近いのではないかな。彼らが得意とするところだ」
剣術もパターンによって構成される。
人の関節が逆方向に動くことはないため、反復練習によって動きを極めた者が強くなれた。
「この短期間で身に着けたのは褒めるべきところだ」
一人でないところも大きいのかもしれない。
試合中も監督から、仲間から、ミスの修正が求められる。
我を殺すことに慣れた騎士たちは、逆らうことなく言われたままに動いた。
「『早天の航海』は一人ひとりの技術が高い分、個人ごとの主張が強い。それにより微妙な不和が起こりやすいと聞く」
試合の報告には全て目を通していたようで、シルヴェスターも相手の弱点を把握していた。
「何度も相手の失敗を誘発できれば、綻びが生まれる。その一点を突ければ『黄金の草原』の勝機となろう」
不和を誘い、連携が乱れたところを突破する。
「とはいえ順位一位のクラブだ。思い通りにはさせてくれぬ」
クラウディアはボールの動きを追う。
短い時間で互いの陣地を行き来する様子は忙しなかった。
片方の決定機かと思えば、次の瞬間にはカウンターされ、立場が逆転する。
応援している側も息をつく暇がない。
波乱が起きたのは、前半戦の半分が過ぎようとしていたときだった。
「待て、あれがイエローカードだと?」
「早天の航海」の選手が反則の判定を受けた。
危険な行為だったとされ、イエローカードまで提示される。
クラウディアの目から見ても、衝突はあったものの選手は勢いを殺しており、危険さは感じられなかった。
「こちらからは窺えない何かがあったのでしょうか?」
審判たちから見える光景と、観客席から見える光景は違う。
基本、判断の是非は審判に任せられ、覆らない。
唯一の例外もあるが、今は選手たちの抗議に留められていた。
「今日は基準が厳しいのか?」
審判たちも人間である。
試合ごとで、多少の差異が生じるのは仕方なかった。
公平でさえあれば、問題ない。
選手たちが今日の基準に沿って対応すれば、済む話でもあるからだ。
しかし、同じ選手に二枚目のイエローカードが提示されて、流れが狂いだす。
イエローカードは二枚で、レッドカード相当となり、該当選手は退場となった。
「早天の航海」は前半戦で、一人選手を欠くことになる。
その上。
「レッドカードだと!?」
更には、多大な危険行為があったとされ、二人目の退場者が出た。
ピッチ上にいる「早天の航海」の選手が、九人になる。
十一人と九人では、一方的な蹂躙となり試合にならない。
敵側を応援するシルヴェスターでさえ、眉間にシワを寄せて低い声を出した。
「どうなっている」
「こんなこと、はじめてですわ」
リーグ戦で問題が起きても、原因はピッチ外でのことだった。
時に、カードが出されることはあっても、納得できる理由があり公平性は保たれていた。
ピッチも観客席も騒然となる。
監督や選手に留まらず、副審までも主審に状況を確認していた。
結果、試合が一時中断することとなる。
「私たちも様子を見に行こう。何か嫌な予感がする」
「はい。今までの審判からは考えられないことです」
審判の運動量は、選手と同程度か、それ以上だ。
二日連続、同じ人間が主審を務めることは難しく、複数人で交代していた。
数が少ないため、今日の審判たちも、既に主審を務めたことがある者たちばかりだった。
なのに、どうして判定が著しく変わったのか。
(何かあったに違いないわ)
思い返してみれば、主審は入場に遅れていた。
クラウディアはシルヴェスターと共に仮面を外し、地上階にある運営席へ急ぎ向かった。
◆◆◆◆◆◆
審判に任せられた判断が覆る、唯一の例外。
それは監督に与えられた「審議権」にあった。
使えるのは、一試合につき一度きり。
審議が認められれば、判定を覆すことができる。
ただ審議を申請しても、判定に著しい矛盾などが認められない場合は無効となる。
審議の判断は運営がするため、現在はヴァージルに預けられた状態だ。
ピッチサイドに楽団が現れ、場を保つ。
クラウディアたちは、運営席に迎え入れられた。
空気が張り詰めるのを感じながら、先にシルヴェスターが断る。
「私は事態が試合外に及ぶ場合にだけ介入する。試合に関することは、全て運営の判断に任せる」
王家クラブが優位になるよう、圧力をかけに来たのではない。
そもそもシルヴェスターも、「早天の航海」の選手が退場になったことが解せなかった。
ヴァージルが了解する。
「今回、審議は両監督から申請された」
王家クラブ「黄金の草原」の監督も、シルヴェスターと同意見だったのである。
公平性を求め、一度きりの審議権を使った。
「初戦のときのディーに恥じぬようフットボールと向き合いたいと、両監督は話していた。審議権はそれぞれ二枚目のイエローカードと、レッドカードが対象だ」
選手たちをピッチに残したまま、監督と審判が運営席に集まる。
審議を申し立てられた主審は、血の気を引かせ、顔を青くしていた。
主審の様子を伺いながら、ヴァージルは腕を組む。
「君の様子から、体調が悪いのではないかと心配する声もある。下した判断について申し開きはあるか?」
「正しい、とだけ、主張いたします」
「体調面はどうだ? 試合前、遅れたのは用を足すためだったと聞いている」
「問題ありません。このままピッチを走れます」
この回答に、ヴァージルは溜息をついた。
「即答する時点で、判断能力に疑いがある」
誰がどう見ても、主審の顔色は悪かった。
呼び出された緊張からだったとしても、普通は逡巡するはずだ。
判定に自信があると言えば聞こえはいいが、副審も訝しんでいる状況では、逆に怪しさが増すばかりである。
ヴァージルの判断は速かった。
「審議権を受理し、判定を副審と審議する。主審については、交代要員を――」
言い終わる前に、主審が声を荒げる。
「お待ちください! わたしはまだ走れます、正常な判断もできます!」
「君の主張はわかったが、運営側の結論は変わらない」
「そこをどうか……! お願いします、このとおりです!」
しまいには、泣きそうな顔で何度も深く頭を下げる。
明らかに様子がおかしく、クラウディアはシルヴェスターと目を合わせた。
シルヴェスターが問いかける。
「誰かに脅されているのか?」
「違いますっ、わたしは最後までやり遂げたいだけです!」
「家族を人質に取られたか? 君が不正をおこなう人間でないことは、運営が一番よく知っている」
リーグ戦の審判を決める際には、身辺調査がおこなわれている。
厳選されて、彼は目の前にいた。




