24.公爵家令息は妹に弱い
リーグ戦も、遂に最終節を迎えようとしていた。
ギリギリ最後の試合に間に合うよう、シルヴェスターがトリスタンと共に現地入りする。
グラスターにある王家の屋敷で、ヴァージルは報告にあたった。
ちなみにクラウディアは、王都から届けられた結婚式の最終確認書類を別室で検めている。こちらも大詰めだ。
「初日にディーが出てくれたことで、その後の試合も安全に推移している」
「さすがディアだ。ギーク枢機卿にも、謝礼しよう」
司祭より高位の枢機卿を招いたことで、ピッチは神聖化した。
今では、ものを投げ込む行為は信仰に反するとされ、皆が定められたルールを守っている。
一時、平民同士ならケンカをしても許される機運が高まり、あわや暴動になりかけたときは、修道者が間に入って止めてくれた。
仲裁は彼らの本分だが、クラウディアの行動に心を打たれたのも大きい。観客は十二人目の戦士だと説いた。
自分たちも、選手たちと同様に、公平性と敬愛を忘れてはならない。
また誤って修道者を殴りたい人間はいなかった。連帯責任を恐れて、冷静な者がいさかいを止めることも多くなっている。
おかげ様で騒ぎが起きても、小競り合いで済んでいた。
「そうだ、ギーク枢機卿にカップ戦の話もできたぞ」
聖女杯と名付けて、教会でもフットボールの大会を催すのはどうかと持ちかけた。
褒賞の授与式は、権威者の威光を示すいい機会だと。
反応は悪くなかった。
シルヴェスターが片眉を器用に上げる。
「待て、聞いてないぞ」
「国内に留まらず、国外のクラブとも試合できればと考えた」
ラウル辺りは喜んで参戦するだろう。
他国の文化に触れる、良い機会になるかもしれない。
「勝手に話を広げるな」
「難民問題は、国内に限った話じゃないだろう?」
紛争地帯の周辺諸国は、もれなく難民支援をおこなっている。
ハーランド王国で事業が成功すれば、教会も取り入れたいはずだ。
「今は国内に集中してくれ」
「わかっているさ。未来を語っただけだ」
クラウディアからも、これ以上仕事を増やすなと注意されている。
ヴァージルの体は一つしかない。
「このまま、リーグ戦は問題なく終われそうか?」
「ああ、試行期間にしては悪くない結果だ」
唯一、芝生の状態だけが懸念された。
(週二回の試合でも厳しいか)
選手たちが激しく走り回るからか、想像以上に劣化が激しい。
かといって試合回数を減らせば、リーグ戦を回せなくなる。
(もう一つスタジアムを用意することを本気で考えねば)
人口過密が課題にもなっていた。
「リーグ戦に直接の支障はないが、宿泊施設が足らず、野宿する者が増えている」
チケットがなくとも戦況を知りたいと、スタジアム周辺に集まる人間が増えた。
町へは、速報を早馬で伝えるようにしているが、スタジアムの雰囲気に酔い、お祭りに参加したい者が圧倒的に多い。
「今期は開催期間が短い上、遠方からの客が少ないからしのげている状態だ」
急激な治安悪化に繋がっていないのは、ローズガーデンの存在が大きかった。
ある種、統制が取れているからだ。
「こちらについては行政官と話してくれ」
「わかった」
港町ブレナークには、王都から派遣された行政官がいた。
悪人面だが、痩身さが庇護欲を掻き立てるのか、領民からは慕われている。
シルヴェスターもよく知っている人物だった。
「都市計画を見直さねばな」
最終戦を観に来たというのに、仕事からは逃れられない。
シルヴェスターが背負うものの大きさを、ヴァージルはひしひしと感じた。
トリスタンが一際明るい声を上げる。
「『黄金の草原』が優勝候補だと聞いて、鼻が高いです」
「その鼻をへし折ってやろうか?」
「ひえっ」
リンジー公爵家の「紺青のレーヴァン」は、惜しくも勝ち点を積みきれなかった。
現在の順位一位は、ゾーン伯爵家の「早天の航海」。
二位が、「黄金の草原」だ。
勝ち点が二点差な上、最終戦ではこの二クラブが対戦する。
勝ったほうが優勝するという展開は、観客の心を掴んだ。最終戦のチケットが高額転売されているほどだ。
(しかし、カラ元気だな)
トリスタンも、陛下の病状を聞いたのだろう。
空気が重くならないよう、気を配っているのが察せられる。
こういうときは、やることを増やすのに限った。
ヴァージルも多忙なおかげで、他へ気を散らせられている。
「ところでトリスタン、婚約式からパーティーには出席したのか?」
「そんな場合じゃ……ルイーゼ様も、理解してくれてます」
当然だ。ルイーゼ嬢ほど出来た人間なら、自分のことを後回しにする。
ただヴァージルから見ても、真面目すぎるきらいがあった。
「折角、社交場が設けられているんだ。ルイーゼ嬢と参加しろ」
ルイーゼ嬢とシャーロット嬢が観戦に来ているのは、クラウディアを通して知っていた。
「急に言われても困ります。ルイーゼ様だって」
「ご令嬢がドレスの一着も用意していないわけがないだろう」
出先で急遽パーティーに参加することは、ざらにある。
貴族とはそういうものだ。
「うっ、だったらヴァージルも参加してください」
「誰を誘えと?」
クラウディアなら、シルヴェスターと参加する。二人とも、そんな余裕はなさそうだが。
興味を引かれたのか、報告書類に目を通していたシルヴェスターが顔を上げた。
「気になるご令嬢はいないのか」
「いない」
「では、信頼できるご令嬢は?」
信頼、と言われて、ヘレンの顔が浮かぶ。
最愛の妹が、専属の侍女にと推薦した人物。
はじめはどうやって取り入ったのかと怪しんだが、偵察するのもバカらしいぐらい人柄が良かった。
クラウディアを尊ぶ姿に偽りはなく、情報を共有している間柄でもある。
(タウンゼント伯爵家でおこなわれたお披露目式では見違えた)
元伯爵令嬢であると知っていたつもりだが、侍女姿が頭に焼き付いていた。
だからか、現れたときはその美しさに目を見張った。
ふんわりと遊びを残して編まれた、菫色の髪。
レイクブルーのドレスは、年相応に落ち着いた印象を与えるものの、空気を含んだスカートには遊び心があった。
別人かと思ったくらいだ。
親友に見せる顔、クラウディアに見せる顔を目の当たりにして、等身大の彼女を知った。
(しっかりしているイメージだった)
一つ年上というのもある。
泣き顔も見たことはあるが、切迫した状況だったため、幼くは感じなかった。
(誰だって、あんな隙を見せられたら可愛く感じるだろう)
クラウディアを相手に、緊張が解けたのを目撃した。
呟きが悪く捉えられていると思い、言葉を尽くした。
(心惹かれたというのは、言い過ぎだったか)
自分の心境を正確に伝えるのに集中して、他人からどう受けとめられるかまで考えが及んでいなかった。
(ヘレンが化粧直しから戻る頃には、平静を取り戻せていて良かった)
黄金の瞳と目が合い、意識が引き戻される。
「今、頭に浮かんでいるご令嬢を誘ったらどうだ」
「そうですよ! 一緒に行きましょう!」
「勝手に盛り上がるな」
それこそ、ヘレンには侍女の仕事がある。誘われても迷惑だ。
必要な報告は終わったと判断して、部屋を辞する。
決して、逃げたわけじゃない。
ドアを開けたところで、最愛の妹とかち合った。
結婚式について、シルヴェスターと話し合うことがあるらしい。
「お兄様、ちょうど良かったですわ。ヘレンを社交場に連れて行ってくださらない? わたくしは手が離せそうにないの」
「お前はヘレンがいなくていいのか?」
「侍女は他にもおりますから。ヘレンも早めに社交界へ顔を出しておいたほうがいいかと」
「ふむ、ならば引き受けよう」
妹の頼みを断る気は、毛頭ない。
背後から幼馴染み二人の声が聞こえる。
「素晴らしいタイミングだ」
「偶然ですか? でもこれで逃げられませんね!」
どこかで倍にしてやり返そうと誓った。




