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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章完)【アニメ化決定】  作者: 楢山幕府
第十章

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23.選手は未来を夢想する

 王国騎士団の中から、フットボールの選手を選ぶと聞いたときは耳を疑った。

 しかし王太子による発令は正式なもので、騎士団が若干ざわついたのは否めない。


(最初は道楽かと思ったよなぁ)


 フットボールは所詮、ボール遊びである。

 政治との繋がりが全く見えなかった。

 そこへ現れたのが、運営を任されたリンジー公爵家の嫡男だった。

 王太子の婚約者の兄でもある。

 社交界で氷の貴公子と呼ばれるまま、まとう雰囲気は冷たく感じられた。

 フットボール経験者や適正のある騎士が集められた場で鋭い視線が向けられ、人知れず息を呑む。


「今日は諸君らに、リーグ戦を開催する理念と意義を伝えにきた」


 地方から人を集め、試合をおこなう。

 真っ先に頭に浮かんだのは、参加経験のある武芸試合だった。

 貴族たちが名誉をかけてお抱えの騎士団をぶつけ合う。

 一か所に集めて試合をするのも同じだ。


(だけど、あれで喜ぶのは貴族と騎士だけだ)


 観客のほとんどが貴族で、平民も貴族と繋がりがある富裕層のみ。

 滞在先は賑やかになるため、一定の経済効果はあるだろう。

 フットボールでも、限られた人間たちが楽しむだけではないか。

 その考えが変わったのは、「難民」というフレーズが出てきたときだった。


 王国騎士団のほとんどは、貴族の中でも家督を継げないものが志願する。

 訓練は大変だが、苦労する分、騎士には、自分たちの手で国を守っている自負と誇りがあった。国民もそれを理解し、人前に出れば憧憬を抱かれる。

 家を出たからといって、実家との繋がりが途絶えるわけでもない。

 騎士たちの多くは、領地で起こっている問題を耳にしていた。

 最近の筆頭は、領民と難民の軋轢についてだった。


「フットボールは、ボール一つあればできる遊びだ。そこに領民と難民の垣根はない」


 看過できないのは、安全が確保されていない点だった。

 リンジー公爵令息は、リーグ戦を通してそれを塗り替えるという。


「領地でクラブをつくる未来を想像してほしい。自分たちの生活区域の選手たちに、愛着を持たない者がいるだろうか。彼らの試合に、一喜一憂しない者がいるだろうか。これにもまた領民と難民の垣根はない」


 理想だ、と思った。

 領民と難民が抱える問題は、フットボール一つで解決できるほど、生易しくない。


(でも、なんで、こんなに胸が熱くなるんだ?)


 自分が知っているだろうか。

 フットボールの楽しさを、熱中する感覚を。

 一緒にプレイする仲間だけでなく、観ているだけの外野とも、気持ちを一つにできる瞬間があることを。

 心が沸き立ち、背中がゾクゾクする。


「諸君らが命を賭して守るシルヴェスター殿下は、このような未来を見ておられる。そして理想を現実にする一助を、諸君らに求めておいでだ」


 本気なのだ。

 王太子にとって、これも国を繁栄させるための事業の一つだった。

 濃く色付いた青い瞳と目が合う。

 そこにあったのは氷ではなく、全てを溶かしてしまうような青い炎で。


(リンジー公爵令息も本気だ)


 向けられた熱量に、思わず仰け反りそうになる。

 負けないよう、力の限り踏ん張った。

 忠誠を誓う王太子から求められているならば、是非もない。


「公爵家も騎士から選手を出す。見知った顔も多いだろう。健闘を祈る」


 それがダメ押しとなった。

 リンジー公爵令息の姿が見なくなった途端、雄叫びが上がる。


「うおおおお、負けてられねぇー!」

「アイツらに花を持たせてたまるか!」

「一泡吹かせてやろうぜ!」


 リンジー公爵家の騎士とは、武芸試合で対戦したことがある。

 加えて、王都で模擬戦をすると対戦相手は限られた。

 幾度となく剣を交えた相手だ。

 この情報が騎士団に行き渡ると、選抜されなかった騎士からもエールを送られるようになった。


 日々の体力づくりに、ボールを扱う練習が加わる。

 観客を入れて試合をする時点で、エンターテイメントである要素は拭えない。

 賭けもおこなわれるとなれば、更に要素は濃くなる。

 けれど、これを遊びと考えている騎士は一人もいなかった。

 たとえリンジー公爵家以外のクラブが相手でも、騎士の誇りを胸に戦う。

 王国騎士団の名に恥じぬように。



◆◆◆◆◆◆



 グラスターの町には馴染みがあった。

 王家発祥の地だけあって、定期的に王族の訪問がある。

 リーグ戦の会場となるスタジアム――円形闘技場――も、見知ったものだ。

 王都郊外にあるものと比べて規模は小さいものの、つくりは同じだった。

 何十個ものアーチが、すり鉢状の観客席を支えている。

 風雨に晒されて傷付いた外壁。くすんだ色には、少しばかり哀愁が漂う。

 使わなくなって久しいと聞いていた。


(改修したって話だけど)


 外観に大きな変化はない。

 壁に傷があるとはいえ、柱にヒビがあるわけでもなく堅牢さを保っているからだろう。

 試合の三日前に、内部の案内を受ける。


「控え室は、地上階にあります」

「地下じゃないんですか?」


 円形闘技場の控え室は、決まって地下につくられていた。


「芝生の管理のため、使用しないことになりました」


 統一ルールの規定で、フットボールは芝生の上でおこなわれる。

 転倒時など、選手をケガから守るためだ。

 大量の水を撒くため、地下の部屋は雨漏りのリスクがあるとのこと。

 控え室は対戦チームごとに用意されているので、間違えないよう覚える。

 試合前や試合後の流れも確認しながら、最後にピッチへ案内された。

 日中でも薄暗い室内から、外へ。

 開けた場所に出た瞬間、風に煽られ、咄嗟に目を瞑る。

 仲間たちの喜ぶ声を聞きながら、ゆっくり光を享受した。


「うわ」


 目の前に広がるエメラルドグリーンの草原に、ここがスタジアム内ということを一瞬忘れた。

 ピッチを歩けば、柔らかい芝生の感触が伝わってくる。


(寝転びたい……)


 監督を務める上官の目がなければ、仰向けに転がっていた。

 観客席があるのを思いだし、視線を上げる。

 一階席、二階席、三階席。

 ぐるりとピッチを囲う観客席が、綺麗に並んでいるのを見る。


(ここに観客が入って、フットボールを観るんだ)


 身分で階層は分かれるものの、平民と貴族が集まり、同じ時間を共有する。


(途方もないな)


 リーグ戦の運営については考えないようにしていた。

 自分は選手として、フットボールに集中するのみ。

 けれど、観客が席を埋め尽くす光景を想像すると、事業の大きさを感じずにはいられない。


(はじまりの草原)


 クラブネームは、気付いたときには決まっていた。

 豊かな実りを表す黄金と、歴史のはじまりを表す草原が組み合わさった名前だ。

 忖度がないよう、クラブをオーナーと切り離して考えるための処置だった。


(さもないと王太子殿下と戦える相手がいなくなるもんな)


 とはいえ、領地と無関係とまではいかず、オーナーの「色」は残されている。


(今立っている、このピッチから、俺たちの、フットボールの歴史がはじまるんだ)



◆◆◆◆◆◆



 初戦の対戦相手は「紺青のレーヴァン」。

 リンジー公爵家の騎士たちによって構成されたチームである。

 死力を尽くしたものの、あともう少しが届かず、残念な結果に終わった。

 疲れ果て、ピッチに座り込みたくなる。

 足が限界だった。

 今すぐ楽な姿勢を取りたい衝動と戦いながら、整列する。

 帰ったらベッドに飛び込もう。

 規律を保ったまま、そんなことを考えているときだった。

 黄色のタオルマフラーが宙を飛んできたのは。

 観客席からものが投げ込まれるのを見た瞬間、視界が怒りに染まる。


(俺たちはそんなこと望んでない!)


 試合前に、ギーク枢機卿が話されたのを聞いていないのか。

 公平性の体現者として、自分たちは戦った。

 悔しいのはわかる。応援が報われなかった腹立たしさも。

 だとしても。


(敬愛はどこに行ったんだ!)


 自分たちは騎士でもある。

 この手で国を守っている自負と誇りがある。

 国民も理解してくれている。

 なのに、どうして。

 選手というだけで、こうも対応が変わるのか。

 憧憬を抱かれた記憶があるだけに、信じられなかった。


(俺たちでは力不足だったのか)


 王太子の一助にはなれなかったのかと、不甲斐なさが募る。

 事態の収拾を上官に仰ごうとしたときだった。

 ピリッと空気が張り詰める。

 視界に、緩くクセのある長い黒髪が映った。


(リンジー公爵令嬢……!)


 てっきり王太子と一緒に三階の貴賓席にいるものと思っていた。

 社交界で完璧な淑女と名高い、王太子の婚約者が自分たちの前へ出る。

 緊張感が漂うのも当然だ。

 整列した騎士の全員が、彼女を守るために視線を動かしていた。

 だが、熱くなった観客たちも、さすがに失態を自覚した。


(なけなしの理性は残ってたか)


 周囲の警戒はそのままに、静まり返った観客を見て、息をつく。

 リンジー公爵令嬢は、選手全員の気持ちを代弁してくれた。

 悪い部分を指摘し、是正を求める。

 その上で、激昂した観客にも寄りそった。

 青い瞳を向けられ、背筋が伸びる。


「ここに、各チーム十一人の尊き戦士たちがいます。わたくしは皆に、十二人目の戦士になっていただきたい」


 傍観者になるな、とリンジー公爵令嬢は訴える。

 等しく守るべき倫理があるのだと。


「わたくしは『紺青のレーヴァン』の忍耐力と、『黄金の草原』の不屈の精神に敬意を表します!」


 盛大な拍手を送られ、一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 悪い流れがあった。

 リンジー公爵家の騎士が耐えていたため、一方的な怒りだったものの、「紺青のレーヴァン」を応援していた者もいて、いつ観客同士の争いに発展してもおかしくない状況だった。

 リンジー公爵令嬢が前に出たことで、応援していた側の溜飲は下がった。

 叱責されて、熱くなっていた観客も教義を思いだした。


(それで終わりじゃないのか)


 讃えられたときには、観客が一つになっていた。

 アリーナを囲む全方位から、歓声と賞賛が聞こえる。

 こめかみが熱くなるのを感じた。

 鼻の奥がツンとする。

 ずっと、自分さえ頑張っていればいいと考えていた。

 勇姿を見せさえすればいいと。


(もっと視野を広げるべきなんじゃないか)


 リンジー公爵令嬢は言った、観客は十二人目の戦士だと。彼らも当事者だと。

 拍手の音と共に、それが体に染み渡る。


(そうだ、一つにならないと意味がない)


 王太子の意向は何だったか。

 フットボールを通じ、領民、難民の軋轢をなくす理想があった。

 この事業には多くの人が関わっている。

 リンジー公爵令息をはじめとする、運営スタッフ。日雇い労働者。商人。そして観客がいるからこそ、この賑わいだ。

 選手は欠かせない存在だが、同時に全体の一部でもある。


(自分は一人だけど、一人じゃないんだ)


 今、肌で感じている一体感を胸に刻む。

 ここが歴史のはじまり。

 足裏から伝わってくる芝生の柔らかさを噛みしめる。

 「黄金の草原」だけでなく、対戦相手も含め、スタジアムに集まった人たち全員でつくる物語があった。

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