21.悪役令嬢は涙する
「頑張ってー、頑張ってー……いやぁ、怖いっ」
時折、ヘレンがぎゅっと目と瞑る。
はじまって早々、「紺青のレーヴァン」のほうが押されていた。
ゴール前に迫られ、守備を務める選手がギリギリのところでボールを弾き出す。
河川敷で見たときのように陣形は整っているものの、簡単にオフサイドへ誘い込める相手ではなかった。
意図せぬ敵選手の走り込みによって、陣形が崩される場面もある。
ストレスで心臓が痛いと嘆くヘレンの背中を摩る。
押し返し、敵の陣地まで行けるときもあるが、「紺青のレーヴァン」側はゴールに一歩届かない状態が続いていた。
「悪くはないと思うのに、何がいけないのかしら」
「相手の守備が上手くはまっているんだ」
各所からの報告に対応しながら、ヴァージルが教えてくれる。
攻撃の仕方が予期されていると。
だから良いところでボールを奪われてしまう。
「まさか対策されていたか?」
武芸試合でもそうだが、指揮官によって得意な戦略がある。
フットボールの場合は監督に置き換えられるが、戦術も合わせて読まれているようだった。
「そんなことが可能ですの?」
「練習試合を偵察されていたかもしれない」
データがなければ、解析もできない。
どこかで情報が集められていたようだ。
「隠密は王家の得意分野ですものね」
隣で聞いていたヘレンが、ずるくないですか? と声を上げる。
ヴァージルは苦笑を浮かべた。
「お互い様だ」
監督が好む戦い方など、「紺青のレーヴァン」側も情報を集めていた。
相手側の対策が一枚上手だっただけである。
「じゃあ旗色は悪いんですね……」
「そう落ち込まなくていい。こちらも無策ではない、ということだ。ピッチ上では、戦略より戦術で巻き返せることのほうが多い」
戦場で騎士団が動くのとは違い、ピッチでは選手一人単位になる。
影響は大きく、対応はすぐ反映された。
これには選手の技術も絡んでくる。
クラウディアは、ヴァージルに頷き返した。
「対応力の見せ所ですわね」
「いかにも。簡単にやられはしないさ。実際、相手も得点できていないだろう?」
言われてみれば、そうだった。
つい応援しているチームの得点ばかり気にかけてしまうが、点を取れていないのは相手も一緒だ。ギリギリのところではあっても。
「応援しよう。我々にできるのはそれだけだ」
「はいっ」
ヘレンが元気良く答え、背筋を伸ばす。
気付けば、決定機になると観客席から手拍子が起こるようになっていた。
火付け役はゴール裏だ。
クラウディアたちも一緒に手を叩く。
それでも思いは届かず、またもやゴールは遮られて、休憩時間となるハーフタイムへ突入した。
ピッチサイドへ、修道者とは別の楽団が出てくる。
華やかな音楽が休憩時間を告げ、観客も強張った体を解した。
「紅茶を淹れますね」
「ありがとう」
水も用意されているが、リラックス効果があるのはやっぱり紅茶だった。
ヘレンから紅茶を受け取りながら、ヴァージルがぶつぶつと呟く。
「後半戦への修正は……」
前半戦を分析していた。
クラウディアもヘレンも、まだまだ初心者である。
雨に打たれたのかと思うほど汗をかき、攻防に奔走する選手たちが頑張っていることしかわからない。
あとは惜しいシーンや、危ないシーンで一喜一憂しつつ、戦況を見守るだけだ。
観客席を見上げる。
喧騒は戻っていたが、今のところ目立った騒ぎは起きていなかった。
ほっと息をつきながら口を開く。
「フラストレーションは溜まっているでしょうね」
「わたしも溜まっているので理解できます。そう考えると、面白いですね」
他人の心理は、普段ベールに包まれている。
けれど、時間を共有する観客の心理は丸裸で、問うまでもなかった。
「早く一点が欲しいわ」
「はい、危ないシーンが目立っているように感じられるのも気になります」
答えるヘレンの表情は真剣だ。
それだけ前のめりになって観戦している証拠だった。
ほどなくして審判がピッチに現れる。
続いて両チームの選手が出てきた。
(疲れはどうかしら)
朝、スタジアムに到着したときより気温は上がっている。
反則の判定があったりして試合が止まったときなど、水分補給はできるようにされているが、相変わらず選手たちは頭から水を被ったようだ。
河川敷で足を攣っていた選手を思いだす。
無理をしてケガをしないよう祈っているうちに、後半戦を告げる笛の音が鳴った。
「あああ、危ないっ」
後半開始早々、ロングパスが通り、ゴール前まで攻められる。
なんとかボールを奪取すると、今度はこちらのパスが繋がった。
「いいです、いい感じです!」
ヘレンの声に合わせ、クラウディアも拳を握る。
自陣から敵陣へ、どんどんボールが進んでいく。
あともう少しでゴール前、というところだった。
選手が敵守備陣の間を抜けるパスを放つものの、先には誰もいない。
「残念で――」
「待って!」
パスミスに思われた。
勢いの乗ったボールが誰もいない芝生を転がり、そのままピッチの外へ出てしまうと。
そこへ、どこからともなく青いシャツを着た選手が現れる。
オフサイドにならないタイミングで駆け上がり、敵選手の裏を抜けてきたのだ。
「間に合ったわ!?」
ボールはピッチ外へ出ることなく、裏抜けした選手の足下で留まった。
間をおかず、ゴール前へパスが出される。
早くも味方選手が、敵選手に交じってゴール前に迫っていた。
眼前に来たボールを、味方選手が頭で振り抜く。
ボールは鋭い弾道を描き、見事ゴールネットの角を揺らした。
「――!」
地響きがスタジアムを襲う。
それが歓声によるものだと理解して、クラウディアはやっと得点を実感した。
「やりましたっ、クラウディア様! 点が入り……クラウディア様!?」
振り向いたヘレンが、慌ててハンカチを用意する。
何故だかわからない。
わからないけれど、頬に涙が伝っていた。
人々の思いが爆発するのを感じ、心が震える。
こうも人は一つになれるのだ。
感動が極まる。
鼓笛隊が、更に観客を煽った。




