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29.悪役令嬢は泡沫を見る

「では、君の靴裏に付いた真新しい土はなんだ?」

「土なんて、どこででも付きます」

「二日目の雨でついた泥はわかる。乾いて白っぽく変色しているな。だが真新しい土が踏める場所など、主館には坑道しかあらぬ」

「シルヴェスター殿下自らお答えになっていらっしゃいます。坑道で付いたんでしょう」


 ナイジェルの隠し財産と一緒に、コスタスとマリタも坑道にいた。どこも変なところはないとマリタは主張する。


「そうだ、坑道の二層目側にだけ土はある。だからコスタスは比較的綺麗だった。地層が石である『地下四階側』にいたからだ」


 主館は城塞の中でも、城壁に囲まれた内側にある。

 そして坑道は、下にいくにつれ裾野が広がっている岩山の下部にあった。坑道の地下四階側から四分の一ほどは、岩をくり抜いてできている。


「重たいコスタスを、わざわざ土の地面まで運ぶ必要ない。だから彼の靴裏には泥が乾いた跡しかなかったのだ」


 土に半分埋もれた金貨をトリスタンが発見している。

 財宝は奥まった二層目側に隠されていた可能性が高い。


「対してマリタ、君の靴裏はどうだ? 君の靴裏が――側面ではなく、靴の裏が、土まみれなのは、君が自発的に二層目側まで歩き、戻ってきたことを意味する。金貨や宝石を担いで坑道を行き来するのは骨が折れただろう。そこにいるトリスタンと比べて見るがよい。彼は土のある二層目から手探りで坑道を歩いてきた。君と同じく靴の溝にまで変色していない土がびっしり詰まっている」


 マリタはすぐに答えられず、目を白黒させる。

 ここ一番の彼女の狼狽ぶりに、クラウディアは察するものがあった。


「もしかして坑道――隠し通路のことをわたくしたちが知っているのは、コスタスが話したからだとお思い?」

「……コスタスも、わたしを起こしてくれた騎士も、坑道上の石壁が崩れたことを言っていました」


 マリタはコスタスの口から直接、坑道が崩れる危険性について聞いている。

 だから騎士の言葉が、コスタスのものと重なった。


「わたくしたちは一言たりとも、コスタスから隠し通路の存在をにおわす言葉は聞いておりません。坑道の存在は、シルヴェスター殿下が予想し、トリスタン様が地上から掘り当てたことで発覚したのです」


 そこまで考えが及んでいなかったのは、表情から読み取れた。

 マリタは視線を落とし、俯く。


「……」

「あなたは、コスタスのことを信じていらっしゃらなかったのね」


 コスタスがマリタを信じていたように、マリタもコスタスが他言しないと信じていれば、彼を襲う必要もなかった。

 地上を掘る許可が出たのは、二人の人命が関わっていたからだ。

 シルヴェスターの考えも、何もなければ推測で終わっていた。

 ナイジェルの隠し財産を探してはいたけれど、王族にとってはイベントに過ぎず、誰も見付けられなかったなら、それで終わっていた話である。

 何が何でも手に入れようと欲するのは怪盗ぐらいだ。


「……もんですか」


 ぼそりとマリタが呟く。

 そして顔を上げるなり、叫んだ。


「信じられるもんですか! 二十三年前に故郷を捨て、ハーランド王国の犬になった男のことなど!」


 鼻頭にシワを寄せ、マリタの目尻は限界までつり上がっていた。


「ナイジェル枢機卿だけが、教会の良心でした! あの方だけが、病が蔓延する中、薬を届け、看病してくださった! その後も、ずっと王族が独占するような効果のある薬を自ら運んでくださって……今の城塞都市があるのは、ナイジェル枢機卿のおかげです!」


 どうして誰もわかってくださらないのですか、とマリタは小舟の真ん中で膝をつく。


「ありがた迷惑な舞台や、城塞に不要な噴水などつくるような者より、よっぽど平民のためにお金を使ってくださっていたのに。これらも欲深き者の手に渡るというの……?」


 彼女はそのまま泣き崩れるかのように見えた。


(マリタにとっては、ナイジェルはずっと枢機卿なのね)


 クラウディアたちがナイジェルの敬称を付けなくても彼女は訂正しなかった。除籍されたことは彼女にも伝わっている。

 それでも尚、彼女が「ナイジェル枢機卿」と呼び続けるのは、彼への敬愛からだ。

 マリタが片手を高く持ち上げる。 


「これらは全てナイジェル枢機卿のもの! 誰かの手に落ちていいものではありません!」


 手には金槌が握られていた。


「あかん! 船を沈める気や!」


 真っ先に反応はしたのは、小舟で家宝を探していたリーウェイだった。

 しかし制止もむなしく、金槌は船底に叩き付けられる。

 ビシッと大きく船体にヒビが入った。


「早くこちらへ!」


 迷わずクラウディアは手を伸ばす。

 マリタから返ってきたのは、恨みのこもった視線だった。

 金槌が振りかぶられる。


「あなたも道連れよ!」

「ディア!」


 シルヴェスターが、すかさずクラウディアを後ろへ庇う。

 投げられた金槌はマリタの手を離れると、船を繋いでおくためのロープが結ばれた杭を強かに打った。

 一瞬にして、シルヴェスターとクラウディアが立っている岩の足場に亀裂が入る。


「まずいっ、ディア、飛び込むから掴まれ!」


 クラウディアは言われるがままシルヴェスターにしがみ付いた。

 マリタは金槌を手放し、沈むための重しにするためか一メートルほどの化粧箱を抱いている。

 クラウディアを抱きかかえたシルヴェスターは、水没に巻き込まれないよう急ぎ海へ飛び込んだ。

 背後でバキィッと小舟が真っ二つに割れ、クラウディアたちが立っていた足場も崩れていく。

 衝撃で盛大な水しぶきが上がり、載っていた財宝が夕日に照らされてキラキラと宙に舞った。

 クラウディアの視界の端で、リーウェイが空中へ飛び出す。

 次の瞬間、ドボンッと海中に沈み、水の冷たさを感じた。

 水温が低くないおかげで不快感はなかった。

 すぐにシルヴェスターによって海面へ引き上げられる。


「ぷはっ」


 二人して顔を出したときには、縄を結んだ浮き袋がトリスタンによって投げ込まれていた。

 立ち泳ぎをしながら、一つずつ浮き袋を持つ。

 近くにはリーウェイもいたが。


「あかんっ、家宝だけは取り戻さな!」

「ダメ、危ないわ!」


 クラウディアの言葉は、聞き届けられなかった。

 リーウェイは浮き袋を持つことなく、ナイジェルに奪われた家宝を追って潜っていく。

 瞬く間に姿が見なくなり、トリスタンをはじめとする教会の騎士たちによって、クラウディアとシルヴェスターは船着き場へたぐり寄せられた。

 海から上がったときには、船着き場の先端にあったものは全て沈んでいた。

 まるではじめから何もなかったかのように。

 残滓は、遅れて海面に到達した僅かな気泡だけだった。

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