05.悪役令嬢は王族たちと顔を合わせる
夕方になり、クラウディアはドレスに着替える。
国際会議に参加する面々と顔合わせのための立食パーティーがあるのだ。
緑みを帯びた青色のドレスは、ケントロン国の風土に合わせて肩を出し、露出が多いデザインになっていた。
チョーカーから背中へ垂れるリボンがひらりと肩甲骨を撫でる。
歩けばスカートのスリットから太ももが覗いた。
「エリザベス様が見たら、眉根を寄せそうだわ」
サンセット侯爵家のエリザベスは、社交界でクラウディアの後ろ盾になってくれている。
彼女は保守的な考えの持ち主だった。
ハーランド王国でも背中の開いたドレスを着たりするものの、上下とも開放的なのはクラウディアにとって逆行後はじめてだ。
「よくお似合いですが、刺激的ではありますね」
ヘレンが髪を編んでハーフアップにしてくれる。
髪が長いため、後ろから見る分には肌が隠れた。
細かいところを調整したヘレンから声がかけられる。
「さぁ、シルヴェスター殿下がお待ちです。存分に悩殺してください」
「意識させないで頂戴」
あえて考えないようにしていた。
露出は多めだが、ケントロン国ではこれが普通なのだ。
部屋を出たところで黄金の瞳と目が合う。
「迎えに来てくださったのですか? シル……?」
ドアの外で待機してくれていたようだが、クラウディアを見るなりシルヴェスターは無言で迫ってきた。
クラウディアはドアに背中をつけるしかなく、シルヴェスターの陰に収められる。
ドアに両手をついたシルヴェスターの前髪が、重力にそって落ちた。
「さすがに、これは隠すしかあるまい?」
鎖骨を親指で撫でられ、くすぐったさに震える。
シルヴェスターは水色の長衣に、オーシャンブルーのストールを左肩から斜めにかけていた。
ゆったりとしたアウトラインなのもあって、覆われるとクラウディアはすっぽり隠れてしまう。
「ご挨拶に行きませんと」
「長旅で体調を崩したというのはどうだ? ディアの肌を見るのは、私だけでいい」
言いながら肩にキスを落とされる。
このままでは本当に一歩も動けなくなりそうだ。
「ほら、トリスタン様も困っておいでですわ」
シルヴェスターの背後で右往左往している赤髪がちらっと見えた。表情まではわからないのの、きっと眉尻を落としている。
「あいつは困らせておけ」
「シル、わたくしに婚約者としての責務を果たさせてくださいませ」
外交は、務めの一つ。
ましてや王太子妃になるべく学んだことを実践する場だ。
「軟弱な婚約者だとは言われたくありませんわ」
「……せめて私のストールをかけてくれないか」
葛藤の末、折衷案を出してくれたシルヴェスターの頬に、クラウディアはキスをした。
◆◆◆◆◆◆
会場は、到着時に寄った一階ではなく、二階の広間だった。
間取りは一階と同じで、柱が等間隔に並ぶ。
長机の替わりに、柱を囲うよう料理の置かれたテーブルが設けられていた。
入り口で飲みものを受け取る。
表情は穏やかだが、会場入りしたシルヴェスターは不満げだった。
「スリットは聞いてない」
「歩幅を短くすれば露出は抑えられますわ」
ドア前では上半身で思考が止まっていたらしい。
階段を下りる際に気付き、一度許可した手前、後戻りできないことを悔やんでいた。
「とりあえずラウルの目を潰すか」
「八つ当たりは、ほどほどにしてくださいませ」
視線を巡らせた先で、赤く派手な装いが映る。
(リーウェイ殿下も無事に到着されたのね)
船着き場では馬車の辞退を重ねていた。
心配は杞憂だったようで、東洋の人々の輪の中にいる。
席が指定されていない分、見知った顔があると集まりやすく、ほどなくしてクラウディアたちの元にも、ラウルにレステーア、スラフィムが合流した。レステーアはいつも通り、男装である。
そこへパルテ王国の王太子夫妻が加わった。
パルテ王国は、ハーランド王国の南西に位置する小国で、傭兵業が盛んだ。
貴族制度を用いず、決定権は国王にあるものの、国民から選ばれた議員によって議会が運営されている。
王太子は三十二歳で、老若男女問わず国民全員が戦士という国の理念を体現するかの如く、筋骨隆々だった。
金髪を刈り上げ、剣より斧が似合う風体である。
王太子は爽やかな笑みと共に白い歯を覗かせた。
「皆様におかれましては、ご健勝のようで何よりです」
パルテ王国の王太子夫妻とは、シルヴェスターとクラウディアの婚約者お披露目のときに一度会っていた。
夫とは対照的に、奥方は華奢で小鳥を連想させる。彼女も肩と背中を出しており、クラウディアはドレスの選択が間違っていなかったことに安心する。
(郷に入っては郷に従えと言いますものね)
それぞれ挨拶を交わしたところで、主催であるケントロン国の王太子が広間の前方に設置された壇上に上がった。壇上の下には奥方と並んで、枢機卿の姿もある。
ケントロン国では枢機卿が、宰相を務めた。
集まった面々に、改めて教会との結び付きを認識させたいのだろう。
教会の騎士も相変わらずの存在感だった。
修道服の下にチェーンメイルを着込み、鎧を着けていないものの、頭には尖ったどんぐりのような冑を被っている。手にしているのは剣ではなく、身の丈ほどの棍棒だ。
各国、同行している近衛が鎧ではなく――状況的に邪魔であるため――制服姿である分、余計に目立った。
ケントロン国は老齢の国王が現役なのもあり、王太子夫妻はクラウディアの父親と同世代だった。
「本日はお集まりいただき、心より感謝を申し上げます。未来の国を背負う者同士、忌憚のない交流ができればと思い、この場を設けさせていただきました」
王太子が一同を見渡す。
参加者は島国であるケントロン国から見て、西洋、東洋、南洋を挟んだ国々から招かれていた。
「招待状の内容に、皆様さぞ驚かれたことでしょう。同行者の制限に、三日間の島外への外出禁止。これらは全て皆様の安全を確保するためだと、お含みいただけると幸いです」
島の滞在期間は三日間。期間中、島内外からの船は受け付けられない。
元々いざこざが起きても身内同士のもので、犯罪のない島である。
上陸する者を制限することによって、不安要素を排除する方法が取られた。
島の警邏には教会の騎士があたる。
「迎えは四日後の朝に来ます。但し不測の事態が発生した場合は、即座に狼煙を上げ、本島へ救援を求めますので、ご安心ください」
本島では各国の騎士たちが待機している。
半日もかからず渡れる距離なのと、教会の意向が浸透している国であるからこそ、認められた催しだった。
また開催地が、難攻不落の城塞都市というのも大きい。外敵が攻めようのない場所なのだ。
「島民の身元は、私が保障します。島内は好きに散策していただいて構いません。皆様が気になっている噂の真意を確かめられるのも結構。短い期間ではありますが、交流を深めていただければ、これに勝る喜びはありません」
王太子が壇上を辞すと、続いて枢機卿が挨拶する。
そのあとは、男女に分かれて会話する流れになった。
クラウディアとパルテ王国の王太子妃、東洋二か国の王女が一堂に会す。
東洋の国の王女二人とは初対面だ。
二人とも十六歳と聞いていたが、童顔で幼く見える。彼女たちも現地に倣ったドレスを身に纏っていた。
(見下ろさないよう視線に気を付けないといけませんわね)
この中では頭半分ほどクラウディアの身長が高い。
「東洋、ショワンウー王国の第二王女メイユイと申します。王太子の兄と来ました」
クセのない白藍の髪を腰まで伸ばしたメイユイは線が細く、声量も控えめだった。
色白で、白銀色のドレスから覗く華奢な肩を見ると抱き締めたくなるタイプだ。
ショワンウー王国が北に位置するのもあって、雪の妖精を思わせる。
「わたしは、東洋、チューチュエ王国の第一王女ミンユーだ。あちらで男性陣に交ざっている緑髪の第一王子の弟と参加した。以後お見知りおきを」
片やミンユーは明朗で、赤みのあるピンク髪をポニーテールにしていた。
遊牧民を率いる立場からか、口調は堅く、肌もよく焼けている。
ダークブラウンのドレスには、クラウディアと同様のスリットが入っていた。
「西洋、ハーランド王国の王太子シルヴェスター殿下の婚約者、リンジー公爵家長女クラウディアと申します。お二人ともドレスがよくお似合いですわ」
「着慣れないもので不安でしたが、そう言っていただき安心しました」
「しおらしいことだ。心の中では、当然だと思っているんじゃないか?」
ミンユーの言葉に、メイユイは俯く。
言葉のトゲもあってミンユーが一方的に責めているようだが、メイユイなりにやり返しているのをクラウディアは察した。
あえて反論せず、自分が弱々しく映るよう演出しているのだと。
逆行前の娼婦時代、よく目にした光景だった。
(なるほど、メイユイ殿下は強かであらせられるのね)
それを知っているからこそ、ついミンユーも強く当たってしまうのだろう。
パルテ王国の王太子妃は自己紹介をしながら、年下の娘たち三人を温かく見守る。
話題は自然と、耳にしている「噂」に移った。
主催者のケントロン国の王太子が口にしたのもあり、当然の流れだった。




