40.悪役令嬢は王太子殿下に求められる
現場に出たあとは、帰る前に報告書を作成する。
気になった部分をまとめながら、クラウディアはフェルミナについて考えていた。
細々と発生する問題に対応する中、フェルミナが着実に下級貴族から支持を得ているのを知ったからだ。
噂にのっかり、クラウディアの目が届かないところで、悲劇のヒロインを演じているらしい。
(この流れは前と同じね……)
しかし全く同じというわけでもない。
積極的にクラウディアが現場に赴いたおかげで、下級貴族の間でもクラウディア派とフェルミナ派に分かれて派閥ができていた。
加えて、新興貴族寄りの仲裁をおこなうフェルミナは、古参貴族に反感を抱かれている。元々愛人の娘として悪かった評価が、更に悪くなった形だ。
総合的に見れば、クラウディアを擁護する声のほうが大きい。
それでもめげないフェルミナの精神には感心するけれど。
(稚拙に感じるのは、わたくしの精神年齢が高いからかしら?)
どうしても、よくこれで人を陥れられたなと思ってしまう。
ただなんとなくではあるものの、フェルミナが辿った軌跡は予想できた。
きっとフェルミナには、新興貴族からなる貴族派の後押しがあったのだろうと。
彼らにとって、フェルミナは旗印としてちょうど良い。
上手くいけばリンジー公爵家ですら、貴族派へ鞍替えさせられる。
その上、フェルミナがシルヴェスターの婚約者にでもなれば、貴族派の人間を王家に食い込ませられるかもしれない。
これに賭けない手はないだろう。
あと考えられるのは、王族派の中にいる、クラウディアを蹴落としたい人間の存在だ。
彼らがクラウディアの座を奪うために、フェルミナをけしかけた可能性も否定はできない。
フェルミナが婚約者候補になっても、その出自から弾かれると甘く考えた結果、前のときは足元を掬われたとしたら。
このどちらか、あるいは両方があったおかげで、フェルミナは王太子妃にまでなれたのではないだろうか。
リンジー公爵家が貴族派に鞍替えした場合、王家としては婚姻する利点がなくなる。
けれど表向きは、王族派を通すことも可能だったはずだ。
何せ現在でも中立であり、貴族派と接点があっても疑われないのだから。
(一応これなら納得できるけれど、急にフェルミナが小者に見えてきたわね……)
報告書を書き上げたクラウディアは、気分を変えるためにも、うーんと伸びをした。
そこで生徒会室に自分とシルヴェスター、トリスタンしかいないことに気づく。
「あら、他のみなさんは?」
「帰れるものは帰った。ヴァージルはフェルミナ嬢を連れて、教員室へ行っている」
どうやら思考に集中するあまり、周りが見えなくなっていたらしい。
クラウディアにつられたのか、ずっと書類に向かっていたシルヴェスターも肩を回す。
「クラウディアも大変そうだが、楽しそうでもあるな」
「わかります?」
「疲れを見せながらも、機嫌が良いからな」
「笑顔のクラウディア嬢を見ていると、僕も頑張ろうっていう気になりますよ。役員じゃないのに……」
トリスタンの憔悴ぶりには、お疲れ様ですと労いの言葉しか出てこない。
肩でも揉んであげたくなるけれど、公爵令嬢として家族以外の男性に触れるのは御法度だ。
「そろそろ私にも、誠意を見せてくれていいのではないか」
「誠意ですか?」
急にシルヴェスターから、そんなことを言われて首を傾げる。
「私を愛する努力をするよう言っただろう?」
「あぁ……!」
合点がいったものの、何故今? という疑問は消えない。
「覚えていますけど、急にどうされたのです?」
「癒やしが欲しいのだ……」
「な、なるほど……」
クラウディアが想像していた以上に、シルヴェスターもヴァージルにこき使われているようだった。
トリスタンの前で言い出すぐらいだ。
だいぶ精神が摩耗しているらしい。
しかし見せろと言われて、見せられるものでもない。
どうすればいいの? と悩むクラウディアに、シルヴェスターは一つ提案する。
「婚約者候補の公平性に抵触しないで、会える方法を考えてくれ」
「二人っきりで、ですわね」
「そうだ」
「あー、あー、僕は何も聞いてませーん」
両手で耳を塞ぐトリスタンに苦笑しながら、方法が思いついたら手紙で連絡することをクラウディアは約束した。