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31.悪役令嬢は海賊に提案される

 島にいたほうが安全ではあるが、スラフィムに匿われるのも考えものだった。

 ローズガーデンと密に連絡が取れなくなってしまうのも困る。

 一夜明け、クラウディアは港町へ戻ることを決めた。

 船はイーダが出してくれることになった。

 倉庫街の拠点まで戻る予定のため、リリーに変装して、ルキと一緒に人目を欺けるようにしておく。

 船でクラウディアを迎えたイーダは、ヒューと口笛を吹いた。


「これはこれは! リリーさん、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶり」


 口調や仕草が変わったクラウディアを、イーダはしきりに感心する。


「器用なお方だ。船が海上へ出れば、殺風景が続く。甲板に上がって港を眺めておくのはどうだ?」

「そうね、お言葉に甘えるわ」


 スラフィムとの対面で、クラウディアの身分はある程度わかっているだろうが、イーダは対応を変えなかった。

 チェステアに言った、ここでは「ただのクラウディア」でいたい、という言葉が彼にも伝わっているようだ。

 甲板に上がり、別れを告げるため、港町を眺める。

 町の散策はできなかったけれど、港へ降りたときに感じた輝きは忘れていない。

 クラウディアの横顔を眺めながら、イーダが提案する。


「逃げてもいいんじゃないか」


 クラウディアが難しい立場にあることを知ったのだろう。

 静かな間があった。

 海風が長い白髪をさらっていく。

 一面に青が広がっていた。

 深い海には宵の色が交じり、リンジーブルーを想起させる。


「海に道しるべはないわ」


 遠くを眺めるクラウディアの言葉に、イーダが頷く。


「そうだ。船乗りは、緻密な計算と経験で、道なき道を進むんだ」

「わたしも一緒よ」


 嵐が、凪が来ようが耐え、信じた道を行く。

 自分の足跡が、誰かの目印になれることを願いながら。


「あなたが船を降りないように、わたしも歩みを止めないの。時折、休憩はさせてもらうけど」


 イーダの瞳を見て、目を細める。

 声に出した自分自身の言葉に鼓舞され、頬が紅潮していた。

 前を向き、改めて海風に吹かれる。


(時には立ち止まらないといけないわ。嵐が来ている中、動くほうが危ないもの。――でも、こうして晴れたなら、背中を押す風が吹いているなら)


 歩こう。

 顔を上げて、この広い世界で旗を掲げよう。


(わたくしが一つの道しるべになれるように)


 あまり風に吹かれ過ぎたらメイクが寄れるかしら、と現実に戻ったところで、イーダが呟いた。


「最高に良い女だな」

「あら、ありがとう」

「既に舵を切ってるってわけか。おたく、船長に向いてるぜ。責任を背負えるところとかな」


 一度海へ出てしまえば、あるのはリスクの選択だけだ。

 いかに少ないリスクで航海を終わらせられるか。

 船長は意思決定を迫られる。

 一人の肩に、船員全員の命がかかっていた。


(領主と変わらないのよね)


 一つの船が、一つの領地だった。

 船長の言うことは絶対。けれど船員の支持をなくせば、暴動が起こるところも似通っている。


「世の中、いざってときに選択できるやつが少ないもんだ」


 そこに他人の人生が加われば、誰だって二の足を踏む。

 自分以外の責任を負いたくないのが普通だ。


「俺は自分の判断でリスクを取れる、希少な人材だと自負してる。だからわかるよ、おたくも同類だって」

「船の責任者である船長にそう言っていただけて、光栄だわ」

「ははっ、たかが船乗りの戯言だって思わないのか?」


 海について、航海について知らない人は、軽視してしまうのだろうか。

 どこかで言われた経験があるのだろうイーダの言葉に、首を傾げる。


「仕事に責任を、自負を、持っている方の言葉だもの。むしろ有り難いくらいだわ」

「おたくは……あれか、人魚か」


 急に幻想生物を出されて、きょとんとした顔を返してしまう。


「人魚って、歌声で船乗りを惑わすんだよ。おたくの言葉は、なんつーか心地良すぎて、惑わされてんじゃないかって疑っちまう」

「人をたらし込むのが上手いですから、気を付けたほうがいいですよ」


 一歩離れて会話を聞いていた侍従顔のルキが口を挟む。

 やっぱりか、とイーダは大きく頷いた。


「やばい、引っかかるところだったぜ」

「引っかかってくれていいのに。命までは取りませんわよ」


 何も騙しはしていない。

 あざとく首を傾げたのも、リリーとしての個性だ。


(演じるのが楽しくなってきたわね)


 いつもとは違う自分。

 開放的でも許される環境が、後押しになっていた。

 クラウディアの言葉に、イーダが答える。


「ならいいか?」

「いいわけないでしょ。船長室にいないと思ったら、ここで油を売ってたのね」


 目尻を吊り上げながらチェステアが甲板に姿を現す。

 リリーに扮したクラウディアを見付けると、眉間を寄せた。


「元の姿のほうがいいわ」

「あら、この装いはお嫌い?」


 視野を広げるよう話したものの、まだチェステアには難しいようだった。

 それでも、関係性に変化が見られる。

 正体を知ったのもあるだろうが、チェステアの態度が軟化していた。


「ここには残らないの?」

「なんだ、寂しいのか?」


 答えたのはルキだ。

 客室で話したときは怒鳴りつけていたが、黒縁眼鏡越しにニヤニヤとからかう素振りを見せる。

 しかしチェステアは取り合わなかった。


「だって、もう簡単には会えないでしょ」

「急にしおらしくなるなよ。姉御とは難しいだろうな」

「ルキは違うわけ?」

「おれの場合、忙しくなければ? つっても、あんたらも大概だろ」


 海上を動いている分、イーダやチェステアのほうが所在地を掴みにくい。


「手紙の送り先さえ謎じゃね?」

「ルキは、連絡要員を知ってるんだから、手紙なら、その人に渡してくれたらいいわよ」

「おれが手紙を書くとでも?」

「送り先を話題に出したのは、そっちでしょ! 読み書きできるんだから書きなさいよ!」


 いつの間にか二人の距離が縮まっていた。

 目を丸くするクラウディアに、イーダが応える。


「ちょっと話す機会があってな。そのとき、俺とルキが互いの古傷やら筋肉を見せ合ったんだよ。武勇伝を語っているうちに、チェステアのほうが感銘を受けてな」


 ルキの人生は、波瀾万丈だ。

 色々と刺激的な話があったのは予想がつく。

 チェステアの尊敬の眼差しに耐えきれず、最後にルキが折れたらしい。


「客室で話したことも聞いた。感謝してるよ、俺にはできなかったことだ」


 イーダは、自分が人にものを教えるのが下手なのを悟ったと話す。


「こちらの伝聞ミスで試したことも含めて、借りにしてほしい」

「貸し二つでいいの?」


 遠慮しないわよ、言うクラウディアに、イーダは深く頷く。


「いい女には借りがあってちょうどいいからな! 会う口実になる」

「口が上手いわね」


 港が見えなくなるまで、クラウディアたちは甲板の上で喋った。

 船を降りるときには、イーダと視線を交え、どちらともなく「互いに良い航海を」と言って別れた。

 ローズガーデンの構成員が御者を務める馬車に乗り、倉庫街の拠点を目指す。


「それで、チェステアに手紙は書くの?」

「書かねぇよ。めんどくさい」

「折角できた弟分なのに」

「あいつの国所属の弟分なんていらねぇよ」


 吐き捨てながらも、宛先は教えてあると聞き、クラウディアは笑みを深めた。

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