38.悪役令嬢は仕事する
文化祭の準備は、滞りなく進んでいた。
日に日に、準備品が入った木箱が、あちらこちらで見受けられるようになる。
雛形を作ったり、下準備には苦労したものの、大変なのは生徒会にとって毎年のことだった。
内容は違えども、大きな規模の企画を催すのだ。楽なわけがない。
生徒会では楽団へ演奏を依頼し、当日の文化祭を盛り上げることにした。
降臨祭でもおこなわれることなので、楽団にも経験があり快く承諾された。
それでも細々とした問題は発生する。
文化祭に対する大きな反発こそないけれど、王族派と貴族派の対立構造は学園にもあり、ことあるごとにそれが顔を出すのだ。
問題が起きれば新入生であるクラウディアたちも、生徒会役員として駆り出された。
ただシルヴェスターだけは、生徒会室から出ることはない。
生徒への対応で不要なしこりを残さないようにと、ヴァージルが配慮したためだ。
「事務作業を手伝わせたいだけだろう」
「シルは書類仕事も、やり慣れてるだろ?」
「せめて否定しろ」
役員のほとんどは現場での対処にあたるため、どうしても書類の処理速度が落ちてしまう。
高く積まれた書類のためだけに残されたとは思いたくないシルヴェスターだった。
「何が悲しくて、執務以外で書類仕事をしなければならない……」
「あ、あの、僕は護衛としているんであって、役員じゃないんですけど」
役員バッジをつけていないトリスタンでさえ手伝わされる。
役員ではないが、情報を漏洩させる心配がないので、生徒会室内で容赦なくこき使われていた。
本来の忙しさに加え、今年はシルヴェスター宛ての贈答品が多く、仕事が増えているためだ。
贈答品をその辺に放置するわけにもいかず、現状生徒会室を圧迫している。
この忙しさでは、開封できるのは文化祭が終わったあとだろう。
入口に積まれた贈答品の目録を確認しては、木箱をトリスタンが壁際へ移動させていた。
休憩していると手を貸したくなるものの、クラウディアにもゆっくりしている時間はない。
「すみません、クラスのほうで諍いが起こって……!」
「わたくしが行きます」
早々にお呼びがかかり、生徒会室を後にする。
特にクラウディアは、誰よりも現場へ出るようにしていた。
学園という名の社交場は、何せ隔たりがない。
お茶会やパーティーでは、どうしても招待客が仲の良い相手に限られ、派閥色が出てしまう。
学園では、いつもなら顔を合わせない人物とも会えるので、クラウディアは現場に出るのが楽しかった。
社交が苦にならない性格なのもあって、相手が遠慮しない限りは会話も弾む。
相手に合わせて柔軟に対応するクラウディアは、王族派、貴族派双方から評価され、日増しに株を上げていた。
「誇りで飯が食えるのか!?」
現場に到着するなり、よく通る声の持ち主が相手を責めるのが聞こえる。
例に漏れず、王族派と貴族派で対立が起きているようだった。
クラウディアが姿を見せたことで人垣が割れ、当事者たちが露わになる。傍らには開けかけの木箱も放置されていた。
人垣の中心で対立している男女二人には、見覚えがある。
内、貴族派の男爵令息は、クラウディアが一方的に知っているだけだけれど。
王族派の伯爵令嬢は、お茶会やパーティーで挨拶した覚えがあった。
彼女が口を開く前に、クラウディアが先の言葉に答える。
「誇りだけで生きられるのが、貴族というものよ」
堂々としたクラウディアの主張に、伯爵令嬢の目が輝く。
片や旗色が悪いことを悟った男爵令息は、唇を歪ませた。
けれどクラウディアには双方の言い分が理解できた。
事の発端は、些細な行き違いだろう。
それが言い合いに発展し、よくある古参貴族と新興貴族の主張のぶつかり合いになったのだ。
(新興貴族も、どうしてわざわざ相手の土俵で戦おうとするのかしら)
長年、徳――ときには悪徳――を積み「誇り」を築いてきた古参貴族に、歴史の浅いものが「誇り」云々を語ったところで、受け入れられるはずがない。
そもそも「誇り」のない貴族など、貴族ではないのだから。
ノブレスオブリージュを果たして得られるのが、「誇り」である。
長きにわたり義務を果たしているからこそ、貴族は人にかしずかれる権利を持つ。
(だからって、そこに胡座をかいて怠けるなって言いたいのでしょうけど)
貴族派が訴える利権問題など、正にその代表格だ。
でも慣例を壊すには革命が必要で、それには多大な労力と時間を要する。
しかし今は文化祭の準備中。
そんな一朝一夕で答えが出ない議題で、論争するなと言いたい。
更なる圧力を加えるような素振りで、クラウディアは男爵令息に近付くと、耳元で囁いた。
「あなたのお家では、お客を煽てることもしないの? これも商談だと思いなさい」
クラウディアの戦うなら自分の土俵で戦えという助言に、男爵令息はハッと表情を変える。
何を隠そう、この彼こそ、娼婦時代のクラウディアが化粧品を購入していた相手だった。
考える素振りを見せたあと、男爵令息は伯爵令嬢へと向き直るなり眉尻を下げる。
「すみません、男としてのプライドが先走ってしまったようです」
「何ですって?」
急にしおらしくなった男爵令息に、伯爵令嬢は戸惑う。
その様子が、クラウディアの圧力に屈したようには見えなかったからだ。
「名高きスコット伯爵令嬢に認められたいがため、強気に出てしまいました。可憐なご令嬢を前に……その、浮き足だって、やり方を間違ってしまいました」
「そ、そうなの」
下手に出る男爵令息に、早くも伯爵令嬢は満更でもなさそうだ。
男爵令息の変わり身の早さに、クラウディアは頬が引きつりそうになるのを我慢する。
(そうそう買い手の気分を良くしながら、隙を見て商品を売り込んでくるのよね。つい予定外の買い物もしてしまったわ)
娼婦時代に会った彼を思いだした。
もちろん購入は、質が良いからこそではあったものの。
この調子でいけば、話はすぐにまとまるだろう。
去り際、伯爵令嬢から男爵令息に何を言ったのか尋ねられたクラウディアは、本音を伝えるよう助言したと答えた。




