09.悪役令嬢は俯かない
人の気配がして、意識が覚醒した。
護送を逃れてから、浅い眠りが続いている。
起き上がり、軽く身だしなみを整えてから、クラウディアはパーティションを出た。
ルキの隣に見慣れたスキンヘッドの人物がいるのを発見して、思わず声を上げる。
「ベゼル!」
「すみません、起こしてしまいましたか」
「気にしないで。それにしても、凄い荷物ね?」
話している間にも、階段から新たな箱や袋が構成員によって運ばれてくる。
「姉御がいるんだ、いつまでも殺風景にはしてらんねぇだろ?」
急な訪問で昨夜には間に合わなかったが、朝一で色々と手配してくれたらしい。
まずは朝食だ、と新品のお皿にサンドウィッチが並べられる。
お皿の下には白のテーブルクロスが敷かれ、ほこりっぽさが消え失せていた。
テーブルの上にはポットもあり、ベゼルがカップに紅茶を注いでくれる。
一晩で、見間違えるほど生活の質が向上した。
「ありがとう。気を遣ってもらえて嬉しいわ」
「このくらい当然です。昨晩は間に合わなくて、すみません。ローズ様の滞在先について、ルキと意見が割れてたもんで」
「そうなの?」
視線を向けた先で、ルキは肩をすくめた。
「ベゼルは倉庫街じゃなくて、港町のほうが良いって言うんだよ。いくら綺麗に整備されてても、人目に付きやすいだろって、おれが倉庫街をおしたんだ」
「ほこりっぽくてジメジメしたところにローズ様を置いておけるか」
「ジメジメはしてないだろ」
「雰囲気の問題だ」
結局、案内役なのをいいことに、ルキは意見を変えなかった。
「ベゼルは、いつからこちらに?」
「港町のほうには、二日前に着きました。ローズ様の滞在中は、自分もご一緒する予定です」
犯罪ギルド「ローズガーデン」のトップは、ローズことクラウディアだが、現場で取り仕切っているのはベゼルだった。
彼が一緒なら、生活面での心配はなくなる。
「ホテルも用意してあるんですが、変装はしてもらったほうがいいかと、一式揃えてきました」
次々と運ばれてくる荷物の中には、ドレスやスーツなどの衣装もあるという。
「ホテルにこもってもらってもいいんですがね」
「まだ言ってらぁ。ローズガーデンのトップが滞在してるって噂になったら、それはそれで面倒だろうが」
どちらの言い分もわかる。
でも心理的に人目を避けたいほうが勝った。
「十分良くしてもらっているわ」
クラウディアの答えに、ほらな、とルキがドヤる。
ベゼルは一度頭を横に振っただけで、取り合わなかった。
「不便があったら、どんな小さなことでも言ってください。すぐに対応します」
重ねてクラウディアは礼を伝える。
見えないところで、働いてくれている人たちの分も含めて。
きっと自分が寝ている間にも、走り回ってくれた人たちがいる。
手元にある皿やカップの縁を指でなぞる。この一つ一つが成果なのだ。
名も知らない誰かに、支えられている実感があった。
(新たな教えを授かっているように思えるのは、補佐役に未練があるからかしら)
仮に汚名をすすげても、引き続き聖女の補佐役でいられるかは不明である。
だからといって独断で禊ぎを止める勇気もなかった。
(できるなら続けたいわ)
与えられた役目を全うしたい。
そのためにも現実と向き合わねば、とクラウディアはベゼルへ視線を向ける。
王都から来たのなら、何かしら報告があるはずだった。
クラウディアの意図を察したベゼルは、重たそうに口を開く。
「いい気はしないと思いますが」
「構わないわ、聞かせて頂戴」
ベゼルは丸い頭を掻きながら口を開く。
「リンジー公爵家の屋敷前は静かなもんです。騒ぎは起こっていません。ただ民衆の話題は魔女裁判で持ちきりです」
「やっぱり聖女様から言葉があったのかしら?」
「はい、護送直後に。大聖堂前の舞台で、民衆に向かって護送中であること、魔女裁判が控えていることが告げられました。殿下がお言葉を添えて、確定ではなく疑いに留められましたが……噂には、尾ひれがつくもので」
護送から逃亡したことは明るみになっておらず、民衆は護送中と思っているものの、分が悪い展開になっていた。
「だからといって、何の準備もないまま異端審問に向かうわけにはいかないわ」
こうしてクラウディアを追い込み、ナイジェルのテリトリーへ自ら来させるのも、彼の思惑ではないだろうか。
「そういえば、ナイジェルはどうなったかわかる?」
「身柄を王都の大聖堂へ移されたのまでは聞きました。命に別状はなさそうです」
ならば良かった。
ナイジェル自身は、しばらく足止めできそうである。
国外追放の身でありながら、何故ハーランド王国にいるのか。皆が知りたいところだろう。
「忘れてました! これを預かって来たんです」
ベゼルが差し出したのは、一輪のクロッカスだった。
背丈の低い花だが花弁は大ぶりで、プランターに並べて育てると可愛らしい。
誰からか、は告げられない。
しかしクラウディアは、花言葉も含めて、意図をくみ取った。
(文通していた頃を思いだすわね)
学園で密に顔を合わせるようになるまで、シルヴェスターとは文通していた。
今でも長く会えない日があると、花を添えた手紙が届く。
(紙を認めるのは危険と判断されたのかしら)
極力、人物が特定できることは避けたのだろう。
それだけシルヴェスターも周囲を警戒しているのだ。
信仰の反逆者というレッテルは、どんな造反を生むか予測が困難だった。
手の中に収まるクロッカスを見て、クラウディアは決意を固める。
「予定は変えず、スラフィム殿下と連絡を取りましょう」
できることは全てする。
ナイジェルとやり合うのに足踏みしているようではダメだと、黄色の花弁を見て、自分を鼓舞した。
クラウディアの言葉に、ルキとベゼルも頷く。
「護衛はうちのをお使いください。慣れた者を手配します」
「身辺警護もすっかり板についてきたなぁ」
ベゼルの申し出を聞いて、ルキが他人事のように感心する。
ローズがトップに就任してから、構成員の価値を高めようと新しく事業をはじめていた。
それが要人を護衛する身辺警護だ。荒事が得意な面を活かしたのである。
貴族なら騎士が、成功している商人なら傭兵がその任に就く。
しかし、平民が個人で活動するとなると伝手や費用が限られた。
少年探偵キールのように、護衛を兼ねた助手と巡り会えるのは稀だ。
時に構成員が娼婦を護衛する姿から着想を得て、個人向けに身辺警護を請け負うことにした。
運営を任せられているベゼルは詳しいが、ルキは一構成員に過ぎないため、成果だけを聞いていた。
「一般常識を教えるのには苦労しますがね。誰か手伝ってくれると良いんですが」
ジロリと、ルキへ視線が向けられる。
「おれは現場担当。適材適所だろ」
「良いように言いやがって」
「色々任せて悪いわね。ベゼルには感謝しているわ」
「いえ、感謝するのは、こっちのほうですから!」
犯罪から足を洗い、構成員たちが真っ当に暮らしていける未来をクラウディアが描いていることは、ベゼルにも伝わっていた。現状、警護に関してはマッチポンプなところが否めないとしても。
(組織内の空気が変われば、いよいよ犯罪ギルドから脱却したいところだけど)
長年、犯罪ギルドとして活動してきた彼らには、彼らなりの矜持がある。
内情を無視して、頭ごなしに改革をおこなったところで、現場がついて来なければ意味がないのだ。不満を抱いた構成員に別で組織をつくられては目も当てられない。
パンッと軽く手を叩き、ルキが話を変える。
「さて、姉御は目立つからな。港へ行くには変装が必要だ」
テーブルの上の食器が片付けられ、今度は変装道具が並べられる。
化粧道具からウィッグ、衣装はハンガーラックに吊されている。
ローズ用に男装も一式揃えられていた。
「まず設定から決めたほうがいいか。どうする?」
「商人が妥当でしょうね」
これから向かう港は、港町ブレナークとも近い。
流通の拠点であるため、商人の姿が多く見られた。
「んじゃ、おれは女商人の侍従になるか」
一瞬、ルキに務まるのか心配になったものの、彼はスラフィムの影武者をするぐらい手腕があった。
普段がフランク過ぎて、忘れそうになるが。
「商人と侍従で決まりね」
並べられた変装道具の中から、クラウディアは自分用に白髪のカツラを取ると、黒髪のカツラをルキに渡した。




