46.悪役令嬢は問題に直面する
王都へ帰る前にもう一度、難民施設を訪ねることにした。
こちらは慰問というより視察の色が強い。
報告で、難民施設から仮設住宅へ難民の振り分けが終わったと聞いていたので、難民の暮らしがどう変わったのか、現状をこの目で見ておきたかったのだ。
適度に休みは取っているものの、やはり胸の奥には心配が残っていた。
何か見落としていないか、どうしても気になってしまう。
そんな心に踏ん切りをつけるための訪問でもあった。
ヴァージルの同行はなく、ヘレンと二人で現場監督の案内を受ける。
馬車を降りて、まず空気が違った。
難民施設付近の工事が一段落したことで、土煙や砂埃がおさまったのだ。
とはいえ全てが終わったわけではないため、仮設住宅の建設が続いているところもある。
小さな子どもいる世帯から優先的に入居が進められ、まだ転居する住居ができていない人たちは難民施設に留まっていた。
「広場が見渡せるようになりましたね」
以前、お湯が行き渡らず、汚れた体のまま身を寄せ合っていた難民はもういない。
今は広々とした地面が顔を出し、何やら遊戯に興じている子どもたちがいた。
現場監督も広場を見ながら頷く。
「やはり自分たちの空間が持てるのは大きいようで、仮設住宅への入居がはじまると難民たちの表情も明るくなりました。あと文化交流の成果が大きかったです」
リンジー公爵領で受け入れた難民は、女性の割合が多い。
働き手である男性が戦争へ駆り出され、残った者たちだけで疎開してきたからだ。
ネリのように母親と子どもだけの世帯も多く、事情を知った領民たちが、率先して動いてくれたという。おかげで仕事の受け入れ先も確保できていた。
「母親が仕事へ行っている間は、難民施設のほうで子どもたちの面倒を見る仕組みもあります。まだ仕事に就けない年若い子たちが小遣い稼ぎのためにやっていたのに着目して、大人も付けるよう手配しました」
この仕組みには孤児院が参考になっていた。
日中、子どものための教育や遊戯については、孤児院に実績があった。
広場でおこなわれている遊戯も孤児院から教わったのかもしれない。
「そういえば修道者の方も仮設住宅へ入ったと聞きましたわ」
「はい、単身用の住居で生活されています」
紛争地から難民に同行していた修道者のスミットは、こちらの修道院に入る予定だったが、そうすると物理的に難民と距離ができてしまうからと彼は仮設住宅を選んだ。
領地の風習にもっと難民たちが馴染むのを待って、修道院へ移るという。
「お話を伺いたいわ。彼が一番、難民の声を近くで聞いているでしょうから」
「そうですね、本日は家で休んでいるはずなので、仮設住宅を視察がてら訪問させてもらいましょう」
「急に伺っても大丈夫かしら?」
「クラウディア様の訪問なら、疲れていても望まれますよ。むしろ機会を逃せば悔やまれます」
為政者側の人間と直接話せるのは貴重だ。
それこそクラウディアが慰問や視察で訪れない限り、現場の人間は書類という形で要望を出さなければならず、また内容は審査され、突き返されることもあった。
難民に寄り添っている修道者からすれば、是非にとも、ということらしい。
現場監督もタイミングが合えば、修道者に話を聞いているという。
ならばと、仮設住宅のほうへ足を向ける。
「私と同世代なんですが、とても精力的な方で、難民のことを一身に受け持ってくださっています」
「負担が大きいのではなくて?」
「常々、休むように伝えています。ただ思いが強く、じっとしていられないようですね。その点、仮設住宅へ移ったことで、一人の時間はできているはずです」
馬車からも見えていた住宅街が眼前に広がる。
「同じ家屋ばかりで迷いそうになりますが、区画ごとに看板を立て、数字を割り振っています」
玄関前には広く道幅が取られ、荷車が通れるようになっている。
一方、家屋の後ろ側は狭く、三歩ほどで別の家屋の後ろに着く。
家屋はお尻同士が向き合うように並んでいた。よく見ると、細い路地には蓋をされた溝がある。
「下水を流すためのものです。トイレも家屋の最奥に設置されています。においは多少ありますが、常に川からの水を流しているので、悪臭がこもることはありません」
玄関側ではなく、人の出入りのない後ろ側に溝が設けられているのは、少しでもにおいに触れるのを減らすためだった。
現在は仮設住宅と呼ばれているが、今後の状況次第によっては、このまま住宅として使われるのも視野に入れられている。この辺りについては都市計画も関わってくるのでヴァージルも熟考していた。
「今後のモデルケースになれば良いと聞いていますわ」
「はい、大きな問題が出なければ、他でも同じ様式で住宅街をつくるとのことで、上手くいくのを願うばかりです」
仮設住宅地は、一種の試験場も兼ねていた。
リンジー公爵領は、毎年人口が右肩上がりで増えており、今後も増加が見込まれる。住居が足りなくなるのは明らかで、住宅街をつくる際のサンプルは多いに越したことがないのだ。
「単身向けの家屋は一戸ずつ区切るのではなく、一つの大きな建物を壁で区切る方法が取られています」
長屋と呼ばれる所以は、土台となる建物が横に長いことからきていた。
正面から見ると、隙間無く、等間隔に玄関が並んでいる。
修道者が入居している家屋のドアを現場監督がノックする。
次いで、ドアに付いているベルを鳴らすも反応がなかった。
「お留守かしら?」
「おかしいですね、出掛ける予定なら、事前に行き先を伝えてくれるんですが」
用事があるわけではなく、散歩に出ている可能性もあった。
また帰りにでも出直そうかと思ったところで、隣の人がドアから顔を出す。
「あ、うちじゃなかった?」
ベルの音を自宅のものと勘違いしたらしい。
現場監督が修道者の留守を訊ねる。
長屋は壁で仕切られているだけなので、人の気配が隣に伝わるのだ。
「いつ頃から出掛けているかわかるかな?」
「いや、家にいるはずだよ? 少し前に物音がしたから。どこかの角に足の小指でもぶつけて悶えてるんじゃない?」
それなら微笑ましい話だけれど、クラウディアは胸騒ぎを覚えた。
玄関のドアに耳を着ける。
聞こえてくるのは無音だ。
人がいるはずなのに、人の気配がしない。
焦りが強くなる。
控えていた騎士に命令を下す。
「ドアを壊して!」
現場監督と隣人がえっ、と同じ表情をする横で、騎士が二人がかりでドアを破壊した。
中が見えた瞬間、騎士たちが走り出す。
彼らの目には映っていたのだ。
リビングで首を吊る修道者の姿が。
すぐさま床に下ろされ、心臓マッサージがはじまる。
クラウディアは、その場から動けなかった。
できることがなかったし、まだ左右に揺れていた修道者を見て動転していた。
――ずっと気にはなっていたのだ、何か見逃していないかと。
漠然とした心配があるだけで、そう感じる理由を突き止められてはいなかった。
(もっと早く答えを見付けられていれば……!)




