31.悪役令嬢は領地へ向かう
大聖堂での礼拝が終わり、クラウディアは屋敷へ帰っていた。
ラウルとレステーアも帰国の途に就いている。
直近の一番のニュースは、聖女の認定式がおこなわれたことだろうか。
既存勢力とは全く関係のない修道者が選ばれたことで、教会の本部がある町ではお祭り騒ぎだったという。少年を庇って鞭を受けた聖女の話は、ハーランド王国にも届いていた。
その折り、聖女の挨拶で難民のことが持ち上がった。
困っている人がいるなら、余裕のある人が助けるべきだと。
これで機運が一気に高まり、難民受け入れの正式な日取りが決まった。
父親からは、リンジー公爵家は領地の発展具合から、王家に次いで多く受け入れることが決まったと報告された。
ちなみに領地を持たない貴族は、支援金や物資での援助となる。
難民が領地へ到着するのに合わせ、当主代理としてヴァージルとクラウディアが向かうことになった。
冬も終わりに近付き、寒さは和らいでいる。
それでもまだ厚い上着を手放せないまま、クラウディアはヘレンと馬車に揺られていた。
いつもならヴァージルと同乗するのだが、聖女祭が終わるまで異性との接触は禁じられている。もしものことがないよう、今回は馬車を分けていた。
朝、宿屋を出発し、順調に進めば昼には領地の屋敷へ到着しそうだった。
「しばらく会議が続くでしょうね」
領地運営に携わる者など、現地の重鎮たちが到着を待ちわびていた。
書面でも難民についての対応は送っているものの、細部は現場の状況に合わせて詰めなければならない。また領民に不安が広がっているようだった。
移動中の宿屋でも、クラウディアはヴァージルと支援策について話し合った。
ゆっくりしていられるのは、馬車に乗っている間だけだ。
だから話したいことがあるなら最後のチャンスよ、とヘレンへ水を向ける。屋敷に到着した瞬間から、忙しくなるのは明らかだった。
ことあるごとにヘレンがタイミングを見計らっているのは察していた。
急ぐことではないらしく先延ばしにされていたけれど、次はいつ時間を取れるかわからなかった。
クラウディアの視線を受け、ヘレンは決心する。
「クラウディア様が大聖堂で滞在されている際に、あったことなんですけど」
ヴァージルからブレスレットを贈られた話は聞いていた。
今日は二人の手首にリンジーブルーの輝きがある。
ただそのときのやり取りには、続きがあった。
深い意味はないと理解しているものの、どうしても言われたことについて考えてしまうと相談され、胸の前で腕を組む。
「それはお兄様が悪いわね」
贈り物の経緯はヴァージルからも話があり、クラウディアも感激した。今まで貰ったヴァージルからのプレゼントで一番嬉しかったかもしれない。
「まさかお兄様が人を惑わせるようなことをおっしゃるなんて」
「誠意を表現されたのだと思います」
「とはいえ他にも言い様があるでしょう」
頬に手を当てて考える。
ヴァージルにとってヘレンが特別なのは確かだろう。
クラウディアにとっての特別は、彼にとっても特別なのだから。
(良くも悪くも、わたくしへの思いが強過ぎるのよね)
それはヘレンにも言えることだった。
おかげで二人とも言葉の真意がどこにあるのか、正直わからない。
(どうしたものかしら)
変に口を出せば、クラウディアの意向でことが決まってしまいそうだった。
それぞれ自分の気持ちと向き合ってもらいたい。
「わたくしは口出ししないことにするわ」
「はい」
クラウディアの言いたいことが伝わったようで、ヘレンは神妙に頷く。
「ただ気になることがあれば何でも言って頂戴。ヘレンの気持ちを一番大事にしてね」
誰かのためではなく、自分のために。
主人としてできる限りのサポートをしようと、改めて決心する。
◆◆◆◆◆◆
リンジー公爵家領地の中心部は、北の鉱山ではなく、中心から南へ広がる農地にあった。
窓からは田園が広がっているのが見える。
(シルも領地入りしたところかしら)
クラウディアたちと同じように、現地で指示をすべく、シルヴェスターも難民を受け入れる王家直轄領へ赴いていた。
流れる景色に建物が増えてくる。屋敷のある市街地に近付いていた。
メイン通りを進み、町へ入ろうとしたところで馬車が止まる。
何があったのかと、ヘレンが御者窓をノックする。
御者窓は、御者台の背面にあり、荷台の中にいる人と御者が連絡を取るためのものだ。
「住民が集まって道を塞いでいるようです」
御者の答えに、出迎えでしょうか? とヘレンが首を傾げる。
リンジー公爵家の帰還を聞きつけた領民が、歓迎しに集まってくれるのはよくあることだった。
けれど、人々のざわめきから感じられる気配がいつもと違う。
「何やら問いかけているようです」
引き続き、御者が状況を伝えてくれる。
クラウディアとヘレンが乗った馬車の前を、ヴァージルの馬車が先行していた。馬車にはリンジー公爵家の紋章が描かれており、誰が乗っているかは傍目にも察せられる。
手順に則った問いかけでないのは確かだった。
「騎士たちが警戒していますね」
「何ですって?」
言葉が口をついて出た。
馬車には、警備のための騎士が随行している。
群衆はときに予想外の力を生み出す。
警戒するのは当然のことだが、御者はいつになく緊張していた。集まった人々の雰囲気が好意的でなかったからだ。
はじめてのことだった。




