20.悪役令嬢は祈る
「レステーア様!?」
「ご無沙汰しております、クラウディア嬢。国を越えて、共に補佐役を任命され、これに勝る喜びはありません」
令嬢には珍しい、襟足の長さで切られた青い髪。
スラッと長い手足に紳士の気配を宿し、綺麗な笑顔を浮かべる麗人を見間違えるはずがなかった。
なぜ、今の今まで存在に気付けなかったのか 。
その理由は、彼女が身に纏う修道服にあった。
(レステーアのワンピース姿なんて、はじめて見たわ)
正しくはローブなのだが、腰に絞りがない男性用とは違い、女性用は裾へ向かって広がる形をしている。シルエットは同じだった。
ハーランド王国でも、母国バーリ王国でも男装の麗人として令嬢たちから慕われるレステーアは、どんなときも男装を欠かさない。
それを反故にした姿が、頭の中で彼女と結びつかなかった。
(先入観とは恐ろしいわね)
クラウディアを驚かせるために、存在感を消していたとしても。
さすがのレステーアも教会の仕来りには敵わなかったのか、と考えていると、こちらの思考を読んだのか苦笑が浮かべられる。大方間違いではないらしい。
ただ胸を平らに均すべく布は巻かれていた。
(そこはレステーアも譲らなかったのね)
バーリ王国の希望もあり、大聖堂で一緒に礼拝をおこなうとのこと。
「ラウル様は王城へ登城されています」
「来られているなんて知らなかったわ」
「サプライズのため、こっそり来ましたから」
学園のときといい、国民性だろうか。お祭り好きなのは確かだった。
(色々打ち合わせることもあるでしょうしね)
聖女祭のこともだが、何より難民についてはバーリ王国も頭を悩ませているだろう。
数字重視の国王は受け入れを拒否しそうだが、それではまた波乱が起きかねない。
(今頃シルも、ラウル様の登場に驚いているのかしら)
現場を想像すると笑みが漏れた。
「再会が叶ったところで、禊ぎについて、ご説明させていただきます」
カルロ司祭に促され、レステーアと並んで会衆席へ腰掛ける。
聖女の補佐役を担うため、身を清める必要があることなど、禁止事項のおさらいがあった。
「礼拝は二日間にわたっておこないます。今夜はお二人とも、大聖堂の客室に宿泊していただきます。施設の説明は折に触れてさせていただきます」
まずは、本堂から、と教壇の前へ移動する。
早速、礼拝がはじまった。
「祈る内容に決まりはありません。きまぐれな神への語らいでも大丈夫です。私がお声がけするまで、お続けください」
手を組み、目を閉じる。
最初に浮かんだのは、戦争で住処を追われた難民たちへの平穏だった。
次いで、一刻も早く戦争が終結することを。
祈り、願う。
静寂が響く。無色透明な波長が白い壁へ当たり、本堂にこだました。
やがて中央の吹き抜けへ至り、尖塔を上って天へ。
瞼を下ろしていても降り注ぐ光を感じられた。
司祭の声が聞こえるまで、一心に思いを届ける。
「そこまで。さぁ、立ち上がって息を吐き、吸ってください」
指示に従い、深呼吸をする。
いつの間にか体に力が入っていた。肩が楽になる。
「以後、立ち寄る先で同じことを繰り返します」
司祭が前を歩き、クラウディアたちは後ろに続く。
本堂から次の建物へは、内部の列柱廊を使った。
人の何倍も大きな柱の間を歩いていく。対比すると、自分の矮小さが目立った。
「することは簡単でしょう?」
レステーアと二人、はい、と答える。
「何もいりません。祈りは、心一つあればできます。そこには身分も環境も関係ありません」
生まれ、自分の意思で行動できるようになってから、死に至るまで。
いつだって、どこででも人は祈れる。
「力の有無も、財産の有無も関係ありません」
正真正銘「自分」さえあればいい。
「逆を言えば、何もできない人が、唯一できることです。人の人たる証明でもあります」
獣は祈らない。
人間だけが、思いを羽ばたかせられるのだ。
「もし自分は何もできないと悔やむことがあれば、思いだしてください。何もできない人間はいないことを。祈ることだけはできることを」
無力感に苛まれる必要はありません。祈りも立派な行動の一つですからと、司祭は笑う。
「祈りは、きまぐれな神からの贈り物だという司祭もいます」
「カルロ司祭のご意見は違うんですか?」
同じなら他人の言葉を借りる必要はない。
レステーアの質問に、司祭は頬を掻く。
「私は大雑把な性格でしてね。信徒にとって、祈りが前へ進む勇気になるなら、きまぐれな神からの贈り物でも、呪いでも構いません」
両極端な言葉が出てきて、レステーアと目を見合わせる。
でも真理だった。
司祭が続ける。
「所以があることで、更に気持ちが入ることもありますから」
人によっては有り難みが増す。
だから時折、自分にとってはどちらでも良くても、言葉を借りるのだという。
「司祭様のお人柄ですわね。先ほどから、ずっとわたくしたちが勇気付けられております」
補佐役の指南というより、個人的に教えを聞いている気分だった。
司祭は顔を綻ばせる。
「ならば良かった。誰かの導き手になる者ほど、自分を労れねばなりませんから」
切羽詰まった人間に、人助けはできない。
余裕があってはじめて、人は周りに気を配れる。
「お二人は自分の考えをしっかり持っておられる。だから補佐役にも選ばれたんでしょう。その点は、私も心配しておりません」
けれど人は疲れるものだ。
最初は余裕があっても、悩める人の相手をしていると、どんどん心が消費されていく。
だから余裕がなくなる前に、自分を労り、休むことが大事なんです、と司祭は続けた。
「これは私の経験則です」
「とてもためになりますわ」
「現実味のあるお言葉ですね」
なるほど、とレステーアも深く頷く。
話している間に、次の礼拝地点に到着する。
クラウディアとレステーアは礼拝を続けながら、有意義な時間を過ごした。




