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17.修道者は問う

 助けてあげたい、でも方法がなかった。

 頭がパンクし、誰かに八つ当たりしたくなる。

 食べものがあれば、生活に困ることがなければ、少年も盗みなんかしなかったのに。

 答えが出ないまま、鞭を持った警ら隊員が手を振り下ろす。

 瞬間。


「っ!?」


 気付いたら走り出していた。

 視界の端で、警ら隊員が目を見張る。

 少年を抱き締め――。

 同時に、背中へ焼けるような痛みが走った。


「わ、わたしを打ってください!」

「何を言って……」


 どうしてそんなことを口走ったのか。

 そもそも、なぜ身を挺して少年を庇ってしまったのか、自分でもわからない。わからないことだらけだ。

 確かなのは、自分にできるのが、これだけだったということ。


「この子の体で鞭を受ければ死んでしまうかもしれません! だからわたしが代わりに鞭を受けます!」


 警ら隊員の戸惑いが、ざわめきとなって野次馬にも広がっていく。

 止めようと、いち早く動いた先輩シスターに向かって叫ぶ。


「わたしには、これしか彼を救う方法がないんです! 他に何もできない!」


 炊き出しでは間に合わず、少年は店先に並んだパンを盗むに至った。

 彼は悪いことをした。

 けれど、飢えがなければ、自分でお金を稼げれば、犯罪に走ることはなかった。

 そして犯行は自分のためではなく、小さな弟のためだった。


「教会が、この子を救えますか!?」


 少年を含め、食べていけない子たち全員を救えるのか。

 無理だ。

 大陸全土に教義を広げている教会であっても、差し伸べられる手には限度がある。

 本来は、国が、領主が保護すべきだが、その手は教会以上に足りてない。

 この世は、不平等だ。


「罪は償わないといけない。ならば、この子より恵まれているわたしが代わって罰を受けます! 償います!」


 修道院で食べるのに困ることはない。ケガをすれば、傷薬が与えられる。

 少年とは違い、自分は保護されていた。塀に守られていた。


(これが自由の代償……)


 時間を好きに使えるから、家族と寄り添えるから、修道者の生活より恵まれていると思っていた。

 全部、間違いだった。


(わたしはどこまで無知なの)


 ここでも自分の視点でしか物事を捉えられていなかった。

 背中の痛みは、考えが浅い、自分への罰だ。

 先輩シスターが口を開く前に、同行していたシスターも少年に抱き付いた。


「わたしも一緒に償います!」

「あなたたち、いい加減になさい!」


 今までにない展開に、警ら隊員はおろおろするばかりだ。

 先輩シスターへ反論する。


「シスターこそ、わたしたちと行動を共にするべきではありませんか! 教会がこの子を救えていたら、こんなことにはならなかったんです!」


 教会の施しに限らず、この町にいる大人たち全員が、一口ずつでも子どもたちへ食べものを分けられていたら、少年は罪を犯さずに済んだのではないか。

 少年が震える手で自分を抱き返してくる。


「生まれに関係なく、弱者を救済するのが教会でしょう!?」

「……全てを救うことはできません」

「だったら尚更、この一時でも救うべきではありませんか!」


 ここで庇ったところで、少年とその兄弟は飢えたままだ。

 根本的な解決ができるわけではない。全ては救えないのだから。

 なおも叫ぶ。


「被害者がいるのです。罪をなかったことにするつもりはありません!」

「あなたのしていることは、単なる自己満足です」

「それでこの子がケガをしなくて済むなら本望です! 痩せ細った子どもを鞭で打つことで、解決することなんて何もないでしょう!?」


 当然だ、罰は救済ではない。

 住みやすい社会を作るためのものだ。

 わかっていても、不条理を訴えずにはいられなかった。

 だって不平等の申し子は、その社会へ含まれないのだから。


「この子は罪を犯しました。では、この子を飢えさせた罪は誰にあるのですか!?」


 生まれが悪かった。ただそれだけで、一方的に罰せられる立場に追いやられる。

 国も教会も、全てを救うことはできない。

 無力なのは自分だけではないのだ。


「なぁ……」

「ねぇ……」


 先輩シスターとの問答に、最初は面白がっていた野次馬たちも視線を巡らせる。

 結局のところ、誰が悪いのか。

 少年が犯行に至った理由は周囲にも伝わり、じわじわと同情が首をもたげていく。

 子どものことは親が責任を持つ。けれど、その親がいない場合は?

 自分が身代わりになるという年若い修道者は、自分のほうが恵まれている、という理由だけで行動を起こした。

 ならば野次馬の中に、少年より、年若い修道者より、恵まれた者はいなかったのか。

 そうではないことを全員がわかっていた。

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