30.悪役令嬢は王太子殿下を知る
「醜聞になるから、あれの虚言癖については公言していない。だが俺があれを認めていないことは、生徒会役員には伝えてある」
「そうだったのですね」
「加えて、卑屈になりやすいとも言っておいたほうがいいな。どうせまたディーにイジメられていると言い出すに違いない」
その光景がありありと浮かんで苦笑する。
しかし学園でなら、フェルミナを信じる者――便乗する者――も出てくるだろう。
「ずっと領地から出さなければいいものを。結局、父上はあれに甘い」
「親心でしょう。致命的な間違いは犯していませんから」
「俺たちにはない親心か。それも時間の問題だろうがな」
言い捨てるヴァージルに、最近はそうでもないですよ、と一応父親のフォローをしておく。
クラウディアとヴァージルが恨むことを伝えてから、父親は二人の意見を尊重するようになった。
今更感が拭えないけれど、されないよりはマシだ。
「だが現状では、領地に戻すほどとはいえない。自滅してくれるのが一番なんだが……殿下には、あれのことを話しているのか?」
「シルヴェスター様なりに察しておられるわ」
フェルミナのあざとさも看破していた。
お茶会で話したことも覚えているだろう。
クラウディアの答えに、ヴァージルは苦笑を浮かべる。
「あいつは人の醜い部分を楽しむところがあるからな」
「……それだと性格が悪いように聞こえますわよ」
「言ってやるな。あいつなりの処世術だ。第一王子の立場は、何かと悪意に晒されやすい」
誰よりも守られる立場であり、危険でもある。
国内に限らず、他国の相手もしなければならない重圧は、どれほどのものだろう。
シルヴェスターは学園に入る前から、本番を強いられている。
廊下を歩く背中を思いだす。
同じ服でも、まるで違うように見えた後ろ姿を。
既に為政者たらんとしているシルヴェスターに比べれば、自分の手管など幼稚に思えた。
考えに耽りそうになるのを、ヴァージルの声が呼び戻す。
「だがディーが隣にいれば、あいつも心強いだろう」
「そうでしょうか? お兄様とのほうが親しく見えましたわ」
シルヴェスターとも、トリスタンとも。
いつの間に仲良くなられていたの? と首を傾げて問う。
「すまない、ディーにはあえて黙っていた。……後ろめたいのもあってな」
「後ろめたい?」
「王城に呼ばれていたのは、母上が生きていた頃だ。こう言えば、わかるか?」
厳格な母親が生きていた頃、屋敷の空気は常に張り詰めていた。
ヴァージルにとって、シルヴェスターたちと遊ぶ時間が、何よりの息抜きだったという。
「ディーは、俺が忙しくしていると思っていただろう? けれど実は、王城で遊び回っていたなど、とても言えなかった」
俺も父上と同じように、ディーを置いて逃げていたんだ、と続くヴァージルの言葉を、クラウディアは強く否定した。
「同じではありません! むしろわたくしは、お兄様に息抜きできる場所があって良かったです」
子どもにとって、当時の屋敷の雰囲気が良かったとは到底思えない。
もし逃げ場所がなければ、ヴァージルの性格も、前のクラウディアのように歪んでいたかもしれなかった。
「許してくれるのか? ディーを一人置いていったのに」
「シルヴェスター様の遊び相手として呼ばれたのはお兄様だけですもの。仕方なかったのです。それにお母様が亡くなってからは、傍にいてくださりましたわ」
一緒に過ごす時間が少し増えたぐらいだが、ヴァージルはずっとクラウディアのことを気遣ってくれていた。
そして、それは今も変わらない。
「責めたかったわけではないのです。ただ楽しそうなお二人の雰囲気が羨ましかったの」
「トリスタンには口うるさく思われてそうだがな」
確かに、彼に言っていたのはお小言だった。
生徒会室でのやり取りを思いだして笑う。
「そんなにトリスタン様は勉強が苦手なのですか?」
「稽古にかこつけて逃げるんだ。騎士は武術が優れているだけではいけないというのに」
「曲がったことがお嫌いな割りには、勉強からは逃げられるのですね」
「そうなんだ! ディーからも言ってやってくれ。正道を歩みたいなら、文武両道を目指せと」
しかしクラウディアまで口うるさくなったら、トリスタンは兄妹から逃げるようになるだろう。
「シルヴェスター様は何も仰らないのですか?」
「殿下は俺たちのやり取りを面白がっているだけだな」
「やはり性格が悪いように聞こえるのですけど」
「……最終的には口を出されるから、そうでもない。多分」
ヴァージルの返答は、概ね肯定しているようなものだった。