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20.悪役令嬢はお姉様を頼る

 娼館「フラワーベッド」。

 逆行前のクラウディアとヘレンが娼婦として在籍していた場所だ。

 修道院から屋敷へ戻り、父親とヴァージルに帰宅の挨拶を終えると、男装して再度屋敷を発った。

 周囲もまさかお妃教育から帰って、そのまま出かけるとは思うまい。

 加えて娼館を訪れるには、客足が一段落するいい時間だった。


 ミラージュを指名し、部屋へ通される。

 木の温もりを好むミラージュの部屋は、木造の調度品で統一されていた。

 ベッドの次に存在感があるドレッサーもウォールナット製だ。

 書類机としても使える仕様なので、たまに客からもどこの工房のものか質問されるという。

 部屋の主は、ローズとなったクラウディアを迎えるなり、真っ赤な唇で妖艶に微笑んだ。


「ローズ様からご指名いただけるとは、光栄の至りでございます」


 カーテシーを見せ、さぁ、どうぞ、とベッドへ促される。

 寄り添う際、大きく開いたドレスの胸元を見せるのも忘れない。


(相変わらず、余念がないわね)


 サービスは必要ないとミラージュもわかっているはずだけれど、なぜかミラージュに限らず、フラワーベッドの娼婦たちはローズを誘惑しようと躍起になった。


(何度誘われても一夜は過ごさないわよ?)


 今夜も話が終われば、お金を置いて帰る予定である。

 にもかかわらず、ローズをベッドへ座らせると、ミラージュはしなを作った。


「近過ぎます」


 見かねて同席していたヘレンが強制的に分離する。


「あら、お話するときも、これぐらいの距離が常識よ?」

「営業していただく必要はありませんので」


 ローズの代わりにヘレンが答えると、なんだい、とミラージュは緑色の髪をかき上げた。

 営業用の口調でなくなり、人知れずローズはほっとする。

 ミラージュの手管に真っ向から対応するのは、いかにローズでも骨が折れた。


「もう少し楽しませてくれたっていいじゃないか、夜は長いんだ」

「ローズ様の時間は有限です」

「一時間ぐらいしっぽりする時間はあるだろう?」

「ありません!」

「つれないねぇ」


 言いながら、ミラージュは大きな胸をむぎゅっと押し付けてくる。

 下着を着けていないらしく、腕が柔らかさに包まれた。


(下着なしで胸の形を保てているのだから、体形維持の方法は問題なさそうね)


 わざと違うこと考えて気を逸らす。

 ちなみに下着がなくてもドレスの縫製である程度、補助はできる。

 それを差し引いてもミラージュは豊満なバストの形を保っていた。

 こほん、とローズは喉を整える。

 ローズである間、クラウディアは声のトーンと口調を変えた。


「話は事前に伝えてあった通りだ」

「怪談についてだね。夏が旬なんだけど……ちょっと温度を上げていくかい?」

「ミラージュさん!」


 そろりとミラージュがローズの頬を撫でたのを見て、ヘレンが声を上げる。

 間に入ってきそうな勢いを見て、ミラージュはからりと笑った。


「あはは、少しぐらい許しておくれよ。こっちは足を開きたくなるのを我慢してるんだ」

「下品です……!」

「娼館で何を言ってるんだい」


 逆行後、ヘレンが娼館に行くのをクラウディアが阻止したため、娼館の空気感にヘレンは慣れていない。

 それがローズの目にも、微笑ましく映った。

 先輩娼婦だったヘレンが、この変わりようである。

 ミラージュもヘレンの反応が楽しいらしく、目尻を落として笑ったままだ。


「はいはい、本題に入ればいいんだろう?」


 逆行前も含めた知人の中で、幽霊話に一番詳しいのはミラージュだった。

 そのミラージュは客からの情報を元にして、怪談を披露している。

 地域ごとに分類されているのを知っていたため、何か情報を得られないかと思ったのだ。

 司祭は偶然で片付けていたが、劇場で会った美しい青年のこともあり、クラウディアは呪いや幽霊といった話が出る背景を探りたかった。


「二人が見たのは、髪の長い霊で間違いないね」


 ミラージュが帰り道を急ぐ少年の怪談を語る。

 ゆらゆらと髪の長い霊が現れた場所、風貌に関しても、クラウディアたちが見たものと一致した。

 話を聞き終わったヘレンが、ほう、と息をつく。


「少年が無事で良かったです」

「この話を聞いた子は、皆そう言うね。悪さをするような霊でないのは確かだよ」


 怪談話の中には水辺に引きずり込もうとする悪い霊もいる。

 髪の長い霊については、目撃情報があるだけのようだ。

 少年の恐怖体験を思えば、無害とも言いがたいが。


(目の前で首を吊った人の姿を見たのですから)


 クラウディアとて平静ではいられない。


「同じ地域で聞くのは、夜な夜な生け贄を求めるってやつだね」


 先輩修道者が心配していたのを思いだす。

 ここで一つ気になったことがあった。


「髪の長い霊とは別の話なのか?」

「うん、別だね。生け贄を求めるやつは古くからある話さ。髪の長い霊のほうが歴史は浅いはずだよ」

「えっ、じゃあ、同時に二つの霊が存在しているんですか!?」

「まぁ、怪談ってのはそんなもんさ。生け贄のほうも何かあったのかい?」


 修道院の掲示板に貼り出されていた動物たちの失踪について伝える。

 複数の霊の存在が衝撃的だったようで、ヘレンは口に手を当てたまま固まった。


「なるほどねぇ。近場で相次いでるってなると、ショックも大きいか」


 ヘレンの様子を見かねて、ミラージュがベッドへ座らせる。

 ローズ――クラウディアも、ヘレンの背中をさすった。


「ありがとうございます、落ち着きました」

「感受性の高い子は話を聞いただけでまいっちまうからね。こういうときは腹に何か入れるといいよ」


 ベッドサイドにあったワインとつまみを引き寄せる。

 ヘレンがつまみを口にする間、ミラージュが人数分のワインを用意した。


「少しぐらい構いやしないだろう?」

「いただこう」


 三人でグラスを持ち、軽く乾杯する。

 ローズが薦めれば、ヘレンも断らなかった。

 芳醇な香りで舌で転がしながら嚥下する。

 苦みと熱が、自分たちが生きていることを思いださせてくれた。


「いいことを教えてあげるよ。怪談ってのはね、生きた人間が作り出すものなのさ」


 死人に口なし。

 自ら怪談を語る霊も存在しない。


「怖くて当たり前だよ。こっちは意地悪く、怖がらせようと話してんだから。エンターテイメントさ」


 ただ実際に目撃してしまったことが風向きを変えていた。


「普通、こういうのは目撃者が不明なんだけどね」

「でもあれは間違いなく、髪の長い女の霊でした」


 確かに見たのだと、ヘレンは言う。

 一緒にいたクラウディアも護衛騎士も見ている。

 けれど、ふと、ローズは首を傾げた。


「女、だったか?」

「え……あれ?」


 よくよく、白い人影を振り返る。

 特徴的だったのは揺れる長い髪だ。

 ぼんやりと城壁塔へ向かう姿は、後ろから見たものだった。

 先ほどミラージュから聞いた怪談に出てきたのは「髪の長い霊」で、女性だとは言及されていない。


「言われてみれば、女性だったかはわかりませんね。どうして女性だと思ってしまったんでしょう……」

「混ざったんじゃないかい? 生け贄を求めるほうは、白いドレスを着た女の霊だ。それに髪の長い霊は男性だとも言われてないからね。早合点しちまうことはあるよ」


 今までずっと髪の長い霊も、女性の霊だと思っていた。

 そこに引っかかりを覚える。


(正しくは、髪の長い霊。わたくしたちが目撃したのも、その通りだった)


 クラウディアたちが勘違いしただけで、現れた霊は怪談と遜色なく。

 ミラージュから話を聞く前にも、性別を断定していなかった人がいたのを思いだす。

 だからといって何が確定するわけでもないけれど。


「ミラージュ、髪の長い霊の話は誰から聞いたんだ?」


 ミラージュの怪談では、幽霊の特徴を正しく伝えている。

 もしかしたら、これがオリジナルなのでは。

 王城で聞いたのも含めて、クラウディアが知るのは「髪の長い女の霊」だったのである。


「お客からだから、情報元は明かせないんだけどねぇ」


 そう言いながらも、ローズ様には特別だよ、と客の情報を教えてくれる。

 出てきた名前に、ヘレンと顔を見合わせた。

 同時に、色々と合点がいく。


「これは周囲を洗ってみる必要がありそうだ」


 怪談は生きた人が作り出すもの。

 クラウディアは、ミラージュの言葉を噛みしめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幽霊の正体見たり枯れ尾花で江戸の時代やすすきの枯れた様子がよぎるので(この話の3話前くらい?で気になった表現) 死人にくちなしは許される!などと脳内会議勃発
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