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13.悪役令嬢は侍女を労る

 ヘレンの顔から血の気が引いていく。


「髪の長い女の霊……クラウディア様もご覧になられましたよね!?」

「ええ……」


 まさか、と思いながらも、否定はできない。

 輪郭が曖昧に映ったのは、長い髪が揺れていたからだった。

 続けて同行している護衛にもヘレンが確認する。


「すぐに調べさせます!」


 護衛も目撃していたようで、すぐ行動に出た。

 不審者なら捕まえねばならない。

 護衛から警備担当へ連絡が行き、一旦クラウディアたちは部屋へ戻る。


「本当に出るんですよ、この修道院! 生け贄を求めて現れたんだとしたら、どうしましょう!?」

「落ち着いて、とりあえず報告を待ちましょう」


 ヘレンの肩を抱き、二人でベッドへ座る。

 クラウディアの体温に安心したのか、徐々にヘレンの震えも治まっていった。

 何度か深呼吸をした後に頭を下げる。


「取り乱して申し訳ありません。わたしが一番冷静でいないといけないのに」

「大丈夫よ。苦手な存在が前触れもなく目の前に現れたら、誰だって驚くわ」


 これが台所で油ものを好む害虫だったら、クラウディアは叫んでいた自信がある。


「もしアレが現れたときは、任せたわ」

「はい! わたしも得意ではありませんけど、クラウディア様のためなら何匹だって屠ってみせます!」

「頼もしいわね」


 奮闘している光景は想像したくないが。

 姿を思いだしたくないので、話題を戻す。


「仮に幽霊だったとしても、司祭様や修道者の方々は普通に生活しておられるのだから、害はないはずよ」


 もし実害が出ているなら、パトリック夫人の介入があってもお妃教育の場から外される。

 ここが選ばれたからには、身の安全は保証されているのだ。


「そうですよね……わたしが焦り過ぎました」


 まだヘレンの手には震えが残っていた。

 恐れる必要はないと、背中をさする。


「ヘレンを慰める機会が少ないから新鮮だわ」

「うう、恐縮です」

「わたくしは楽しんでいるのだけれど?」


 むしろヘレンは怒ったほうがいいかもしれない。

 目尻に滲んだ滴を親指の腹で拭う。

 同じ化粧水を使っているのもあって、ヘレンの肌は滑らかだった。

 健康的な生活を送っているので、逆行前の娼婦時代より良いくらいだ。

 つい、ぽつりと言葉が溢れる。


「可愛い」

「クラウディア様に言われるとくすぐったいですね」


 頼れるお姉様感が消えた等身大の姿に、胸がきゅんきゅんした。

 いつまでも年上の女性の可愛さに浸っていたかったが、すぐに形勢がいつも通りになる。

 ヘレンは、ビシッと人差し指を、クラウディアの鼻先に突きつけた。


「お言葉は嬉しいです。で、す、が! 距離感が近過ぎます」

「ヘレン以外には気を付けているわ」

「だったら、まぁ……いえ、これに関しては、クラウディア様は信用できません」

「なんてこと、侍女の信用を得られていないなんて」


 自覚があるクラウディアとしては、反省するしかないのだが。

 同性相手だと、ふとしたときに気が緩んでしまうクセは、中々治らなかった。


「シルヴェスター殿下も気苦労が絶えませんね」

「シルはご自身で狭量だと認めてらっしゃるから」

「実のところ、殿下が苦労する分には、あまり気になりません」

「さらっと、とんでもないことを言うわね」


 有能な侍女は、ちゃんと時と場所を選んで発言するけれど、たまにヒヤッとさせられるときがある。

 大概、ヘレンもクラウディア至上主義だった。

 憎めない笑みを浮かべながら、ちらりとヘレンがドアの方へ視線を送る。

 そろそろ謎の人影について報告があってもいい頃だ。


「遅いわね」


 時間がかかっているのは、あまり良くない傾向だった。

 幸い、他愛もない話ができたことで、ヘレンは平静を取り戻しているけれど。


「クラウディア様、先ほどの人影なんですが、修道者とは違いましたよね?」

「そうね、ローブを着ていなかったわ」


 修道者には、教会から支給されたローブを着る決まりがある。

 クラウディアたちにも明日の朝、渡される予定だ。

 脱ぐのは寝るときだけだと聞いていた。

 見えた白い人影を改めて思い浮かべる。

 すると一つ、気付くことがあった。


「白いドレスも着ていなかったわね」

「言われてみれば……」


 話に聞いていたのは、夜な夜な生け贄を求める白いドレスを着た霊と、髪の長い女の霊。

 混合してしまいそうになるが、この二つは別なのではないだろうか。


「女性であることは共通しているけれど、先ほど見た人影は、長い髪に目が行ったわ」

「はい、わたしも咄嗟に浮かんだのは髪の長い女の霊でした。白いドレスを着た霊、という感じではありませんでしたね」

「なら、やはり違う霊なのではないかしら」

「生け贄を求めて出てきたのではないということですか?」

「ええ、それに、わたくしたちには無反応だった気がするわ」


 クラウディアたちが見た人影は、ただ城壁塔へ向かっていただけだ。

 生け贄を求めているなら、何かしら周囲に対して行動するのではないだろうか。

 あくまで幽霊だった場合の話だけれど。


「単に修道者が寝ぼけてローブを着忘れていた可能性もあるにはあるわ」

「その場合、城壁塔へ向かっていた理由が謎ですね」


 城壁塔は城壁と共に独立しているものが多い。

 しかしこの古城では、一部の城壁塔と本城が渡り廊下で繋がっていた。

 物資の運搬をスムーズにおこなうためだと考えられたが、今はものを運ぶ必要がない。だって使われていないのだから。


「逢い引きのため……だったら、報告が来ているはずよね」


 人影が修道者にしろ、違うにしろ、実在する人間なら、確認に行った警備担当がすぐに見付けているはずだ。

 それがまだない、ということは。

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