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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第六章

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07.悪役令嬢はチャリティーに参加する

「私の婚約者は今宵も美しいな」


 夜にもかかわらず、眩しそうにシルヴェスターが目を細める。

 しかし馬車を背にして、そう口にする本人も負けてはいない。

 星をちりばめた紺のドレスを着るクラウディアに対し、シルヴェスターもコンセプトを合わせたスーツを着ていた。

 輝く星に見立てた宝石と一緒に、銀髪が夜空を飾る。


「ありがとうございます。他でもない、シルの心を射止められたなら本望ですわ」

「どれだけ私を虜にする気だ?」


 正面からの熱い視線にくすぐったさを覚えながら、クラウディアはシルヴェスターの手を取り、王家の馬車へ乗り込んだ。

 指先から伝播した熱が、頬を彩る。

 あとを追ってくる視線。

 答えるように顎を上げれば、頬に柔らかな感触が落ちた。


「このまま食べてしまいたい」


 耳元で囁かれた低い声に、体の芯が震える。

 シルヴェスターがまとう色香を認めるのが怖くて、目を合わせられない。

 目にしたが最後、抵抗を放棄してしまいそうだった。


(声だけで孕んでしまいそうなんだもの)


 これ以上知ったら、どうなるのか。

 シル、と胸を押す。

 鍛えられた感触に、思わず手を這わしそうになった。

 本末転倒である。

 ぐっと欲望を押し殺し、力を込める。


「チャリティーに出席するのでしょう?」


 劇場で慈善活動がおこなわれる予定だった。

 劇団が発起人となり、今晩の演劇で得た収益は全て寄付に回される。

 クラウディアは王太子の婚約者として公的に招待され、活動を周知させる役割があった。

 今夜のデートはお仕事なのである。


「ふむ、劇場の個室のほうがゆっくりできるか」

「シル?」

「客として参加さえすれば、私たちの仕事は終わりだ」

「不謹慎ですわよ」

「応援する気持ちはある」


 ただ自分のことに時間を使いたい、とシルヴェスターはクラウディアの隣に腰かけた。


「サンセット侯爵家からはパトリック夫妻が参加する」


 視線だけでシルヴェスターを見上げる。

 お茶会の話が届いているようだ。


「会えば絡まれるだろう。夫人は、君を牽制したいようだからな」

「心の準備はできております」

「私が盾になれればよいのだが」


 女性同士の心理戦に介入すれば無粋となるばかりか、パートナーがいなければ何もできないと、クラウディアの負けを認めるようなものだった。

 手出しできないことに、シルヴェスターは眉を寄せる。


「こうして気遣っていただけるだけで、勇気が湧きますわ」


 クラウディアのほうから額を合わせにいく。

 こつん、と体温が重なると自然に笑いが漏れた。


「ふふ、以前は観客としてお楽しみいただきましたのに」

「あのときは相手が小者だった。それでも君は悩んでいた。忘れているかもしれぬが、私は君の心に他の誰かがいるのを許せるほど出来ておらぬ」


 狭量な私の心を、君が救ってくれ、と言われたのを思いだす。


「存じ上げております。もう一人で抱え込んだりしませんわ」


 あのときとは状況が違う。

 クラウディアの考え方も変わった。

 自分にたくさん味方がいるのを知ったから。

 立ち向かえる強さを得た。


「シル、あなたがいれば、恐れるものは何もありませんわ」


 堂々と笑顔で言い切る。

 ならばいいとシルヴェスターも顔を綻ばせた。



◆◆◆◆◆◆



 劇場へ着けば、否応なしに注目される。

 何せ王家の馬車である。誰が乗っているのか明白だった。

 劇場の支配人に案内を受けて早々、クラウディアはパトリック夫人と再会した。


「王太子殿下、並びにリンジー公爵令嬢にご挨拶申し上げます」


 慇懃な礼を受ける。

 夫のパトリックはシルヴェスターの叔父にあたるが、公の場では身分に重きを置かれるため、どこまでも低姿勢だ。

 夫人も追従していたものの、許可を得て面を上げるなり、目はキツネのように弧を描いた。


「クラウディア嬢が同席されるとは予想外でしたわ。演劇のあらすじを読まれていないのかしら?」

「内容は存じております。悲恋をどのように表現されるのか、興味が尽きませんわ」


 演劇の内容は、身分差の恋を題材にした恋愛ものだった。

 愛し合う二人だが身分の壁に阻まれて、最後は貴族の青年が命を落としてしまう。


「ああ、そうですわね、劇なら現実的な結末を迎える分、クラウディア嬢も心穏やかに鑑賞できるかしら」


 わかりやすい、あてこすりだった。

 リンジー公爵である父親と継母のリリスの関係は、現実的でないと言いたいのだ。

 二人の関係について整理ができているクラウディアは、一ミリも心を動かされない。


(もう癇癪持ちの子どもではないのだけれど)


 夫人には伝わっていないのだろうか。

 受け流そうとしたところで、予想外の追い討ちを受ける。


「当然の結果だ。血統を重んじるには相応の理由がある。平民の娘ではなく、貴族の青年が命を落とす点については納得できないが」


 夫のパトリックだった。

 王妃と同じ金髪に紫目を持つ彼も、整った顔立ちをしている。

 ただ目の下にあるクマが、魅力を半減させていた。背中で結ばれた長い金髪も、どこか色褪せて見える。

 夫人の意見に同調したものの、パトリックはクラウディアに興味ないようで、夫人から目をそらさない。愛おしげに夫人の鈍色の髪に指を絡ませている。

 あくまで自分の意見を口にしただけだった。

 しかし我が意を得たりと、夫人の顔が輝く。


「おっしゃる通りですわ。貴族は貴族と結ばれるべきです。クラウディア嬢もそう思われるでしょう?」

「わたくしは陛下のお考えに従うまでですわ」


 貴族の婚姻は、国王の許可をもって成立する。

 リリスの場合、父親が一代男爵だったため、準貴族に相当するとして認められた。

 個人的には身分に関係なく自由だと考えている。けれどそれを口にすれば、大袈裟に騒がれるのは目に見えていた。


「まぁ、主体性のないこと」

「まさかパトリック夫人も、主体性を重んじて陛下の決定へ異を唱えられることはありませんでしょう?」


 ハーランド王国の王政において、国王が下した決断は絶対だ。

 覆すことは許されない。

 我ながらずるい手だった。陛下の威光を盾にしている。


「それとこれとは……」

「違うでしょうか? 主体性は大事というお話でしたら、おっしゃる通りですわ」


 さり気なく軌道を修正して、シルヴェスターを見上げる。

 合図は瞬時に伝わった。


「まだ見ぬうちから演劇を論評しても仕方ない。あとは各々の席で楽しむとしよう」


 話はここまで、とシルヴェスターが打ち切る。

 クラウディアから望む反応を引き出せなかった夫人は不服そうだったが、必要以上に言葉を重ねることはなかった。

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