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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第六章

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05.悪役令嬢は帰宅する

「トーマス伯爵家からすれば、サンセット侯爵家の存在も面白くないんですよね」

「いつまで建国時の話を引き摺る気かしら」


 リンジー公爵家と同様、トーマス伯爵家もハーランド王国の建国時から在籍している。

 片やサンセット侯爵家は、当時、豪族の一勢力に過ぎなかった。

 大陸の東にある港町グラスターで産声を上げたハーランド王国は、徐々に勢力を拡大して現在の形になった。


 サンセット侯爵家は、その過程で併合された豪族の一つだ。

 当時、王都のある大陸の中央部分がサンセット家の勢力範囲だった。ハーランド王国へ併合されるにあたり、サンセット家は領地の中央から東――三分の二ほどの広大な土地を献上することにより、侯爵を爵命する。

 王都の北に位置するトーマス伯爵家の領地も、元はサンセット家の領地だった。後の功績により、伯爵の爵位と同時に王家から与えられたのだ。


「建国時から籍を置いていたトーマス伯爵家の自負と、王都を含む周辺地域を領地としていたサンセット侯爵家の自負は有名ですからね」


 ヘレンがしみじみと語る。

 元はサンセット家の領地に、トーマス伯爵領があることで、両家が何かと対立しがちなのは有名な話だった。


「王妃殿下が輿入れされたときは、王都にあるべき人が戻ったと、サンセット侯爵家が喧伝していたぐらいですし」

「未だ過去に縋っているのかと、トーマス伯爵家は鼻で笑っていたわね」

「その点、昔から他家に左右されないリンジー公爵家はさすがです」

「時流を読むのに長けたご先祖様には感謝しかないわ」


 リンジー公爵家、ルイーゼのサヴィル侯爵家などは、当時から広大な領地を持っていたことで、ハーランド王国の財政を建国時から支えてきた。

 ちなみに公爵は、王家の姫が降嫁された際に爵命した。それまではサヴィル侯爵家と肩を並べる侯爵家だった。

 リンジー公爵家にしろ、サヴィル侯爵家にしろ、ハーランド王国が大きくなると見込んで支援したからこそ、現在の地位がある。

 王族派はあくまで今ある利権を守るために集まった勢力に過ぎない。

 蓋を開けてみれば古くからの確執が、あちらこちらで見て取れた。


(歴史があるだけ、しがらみもある)


 そんな貴族社会で、ヘレンが言う通り、平然と中立を守っているリンジー公爵家は、見る者によっては鼻につく存在だった。

 特にトーマス伯爵家にとっては。

 クラウディアが領地境にある村に攫われた際も、救出に時間が取られる原因となった。

 伯爵家の考えが変わらない限り、これからも壁として存在し続けるだろう。



◆◆◆◆◆◆



 リンジー公爵家の屋敷へ戻ると、継母のリリスがクラウディアを出迎えた。

 リリスも今日のお茶会がどういったものか知っている。

 自分の力不足で、クラウディアを手引きできなかったことも。


「お疲れ様です。パトリック夫人の印象はどうでしたか?」

「中々厳しい方でしたわ」


 お茶会やパーティーであったことは、包み隠さずリリスと共有していた。

 やっていることは、普通の親子と変わらない。

 話が長くなりそうなので、リリスと談話室へ移動する。

 ヘレンには紅茶を淹れてもらうよう頼んだ。

 お茶会で味わえなかった、ファーストフラッシュを。


 談話室と呼んではいるけれど、正確には部屋というより談話スペースだった。

 隣室の壁があるので区切られてはいるものの、廊下に面した部分には壁がない。

 窓を横目に一人掛けのソファーが並び、両隣の壁に沿って三人掛けのソファーが置かれている。

 季節柄、スペースの中央で火鉢が炭を赤く染めていた。

 ほのかな温かみを感じながら、壁沿いのソファーに腰を下ろす。リリスも隣に腰掛けた。

 廊下側からは丸見えなので密談には向かない場所だ。

 だからといって大声で話さない限り、会話の内容が漏れることもない。

 着席と共に、紅茶が淹れられた。


(さすがはヘレン。完璧な黄金色だわ)


 手元で揺らめく黄金に目元が緩む。

 まずは香りを堪能し、次いで舌に広がる爽やかな風味を楽しんだ。

 クラウディアからお茶会の話を聞いたリリスは顔を曇らせる。


「わざと渋いお茶を出して嫁の性格を判断する、というのは聞いたことがありますけど、実際はもっと和やかなはずです」


 なぜなら、これから長い付き合いになるからだ。

 元から気に入っていなかったり、確執があったりする場合は、そもそも性格を判断する必要がない。

 とりあえず表面上は何事もなく終わらせるものである。

 ちくちく小言が続いたのは、別の意図を感じさせた。


「王妃殿下が関与されているからでしょう」

「王妃殿下が……」


 呟きながら、リリスは額を手で押さえる。

 リリスが悩むのも無理はない。

 先日、三人で顔を合わせたとき、王妃はクラウディアとリリスに好意的だった。

 リリスなど所作が繊細で美しいと褒められたほどだ。

 これはひとえに、リリスの努力の賜物だった。


 実子であるフェルミナが修道院へ送られた当初は意気消沈していたリリスだったが、子どもの罪の責任は自分にあると、償いに力を注ぐようになった。

 償いの主たるものは、クラウディアの足を引っ張らないこと。

 生まれは変えられない。

 だからリリスは、努力を重ねることでリンジー公爵夫人としての品位を保てるよう、教師を増やして、頭のてっぺんから足先に至るまで気を配り続けた。

 そして自分の至らないところを全てクラウディアに打ち明け、情報交換を密にするようになった。

 全て自分のせいで、クラウディアに恥をかかせないためだった。

 その努力を王妃に認められたリリスは目を潤ませた。


(第三者、それも目上の方に認められるのは、感慨深いでしょうから)


 クラウディアは折に触れて感謝を伝えながら、見守ることにしていた。

 リリスにとっては償いが、生きる原動力の一つになっていたからだ。

 加えて目標が定まっているほうがリリスは生きやすいようで、最近のほうが溌剌としている。


「王妃殿下が短絡的な方でないことは確かですわ」

「そうですね、これも何かお考えがあってのこと……」


 今すぐ答えが出るものでないとリリスも察し、居住まいを正す。


「わたしが言うのもおこがましいですが、無理はしないでくださいね。些細なことでも頼ってもらえると嬉しいです」

「おこがましいなんて、おっしゃらないでください。リリスさんのおかげで、助かってることも多いのですから」


 リンジー公爵夫人が持っている権威に比べ、リリスの活動範囲は広くないものの、上手く立ち回ってくれていた。

 クラウディアにとって有益であることが基軸なので、互いの行動に齟齬が生じないのも大きい。

 リリスは気が強くないけれど、芯は強かった。

 苦手なことを事前に打ち明けてくれたのも、決めたことからブレない、芯の強さからくるものだろう。

 おかげでサポートもしやすかった。


「お父様もすっかり頭が上がらないと聞いていますわ」

「ふふ、外へ逃げないよう加減しておりますから、ご安心ください」


 リリスにしてはダークな返しだった。

 クラウディアの実母とそりが合わず、父親は外に愛人を作った。

 手綱は握るものの、同じことは繰り返させないとリリスは言っているのである。


「とても頼もしいですわ!」


 青い瞳を輝かせて賞賛すると、リリスはクラウディアさんのためですもの、と頬を染めて照れた。

 談話室でリリスと分かれ、自室へ向かう途中でヘレンが口を開く。


「なんだかリリス様から同じ空気を感じました」

「同じ空気?」

「クラウディア様こそ、至高の主人! という考え方ですね」

「レステーアみたいなことを言わないでちょうだい」


 性格に難がある隣国の人間と、ヘレンが同じだとは思いたくない。


「わたしのほうが先です」

「対抗意識を燃やさないの」

「それはともかく、傍から見れば仲の良い親子ですけど、内側は主従関係に似ていると言いますか……」

「リリスさんからしてみれば、そちらのほうが近いでしょうね」


 クラウディアを一番に考えてくれているのは、親としての目線からではないのだから。

 償いが加われば、自ずとリリスは従う側になる。

 クラウディアの言葉に対し、ただ無味乾燥な贖罪だけではないと、ヘレンは語る。


「自分に課した義務を越えて、仕えることに喜びを感じておられるように見えます」


 同じ思いを抱くからこそ、伝わってくるのだという。


「わたくしとしては、反応しづらいのだけれど」

「家庭内で頼りになる味方ができたと思われればいいかと。旦那様のことはリリス様にお任せしましょう」

「それについては異論ないわ」


 ぜひともしっかり調教してもらいたい。

 クラウディアは父親に対し、溜飲が下がるのを感じた。

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