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04.悪役令嬢は泣き寝入りしない

 悲しみを浮かべながらも、クラウディアはしっかりと口を開く。


「パトリック夫人のお気遣いに感謝致します。きっと侍女が茶葉を蒸らす時間を勘違いしたのでしょう」

「我が屋敷の侍女が、低脳だとおっしゃりたいのかしら?」

「いいえ、どれだけ優秀な侍女でも間違うことはあります。どうかパトリック夫人の寛大なお心でお許しくださいませ」


 焦点を自分から侍女へ移しながら、夫人が口を開く前に言葉を続ける。


「この爽やかな香りと色を見たらわかります。春の雨で目覚める、希少な新芽をご用意くださったのですね」


 紅茶は同じ茶葉でも、収穫時期によって風味や色が変わるものがある。

 今回用意されたお茶はその代表格だった。

 ファーストフラッシュとも呼ばれる、その年の最初に収穫された茶葉で淹れられたお茶は、本来なら白いカップの中で黄金色に輝く。


「パトリック夫人のご厚意に感謝いたします。嬉しいですわ、王太子殿下との婚約をこのような形で祝っていただけて」


 離れていても、二人は常に共にあることを表現してくださったのですね、と目を輝かせて感激を伝えた。

 嫌がらせなど、なかったかのように。

 切り返しが予想外だったのか、素直な反応を見せるクラウディアに、パトリック夫人は呆気にとられた。

 我に返るなり、こほん、と一息つく。


「茶葉を見抜く技量はあるようですわね。けれど、その気の強さは軋轢を生みますわよ」


 この嫌がらせが有用なのは、相手の行動で、性格も見抜けるところだ。

 気の強い人間ほど、渋みを訴え、気の弱い人間ほど、押し黙る。

 クラウディアはあえて前者を選んだ。

 わざと弱々しく見せ、相手の隙を狙う方法もあるけれど、クラウディアの前評判は夫人たちも知っている。そもそも気の弱いだけの令嬢が、王太子の婚約者になれるはずがない。弱く見せたところで裏があると勘ぐられては意味がなかった。


(わたくしの反応は全て王妃殿下に報告されるでしょうし)


 確固たる後ろ盾があるから、パトリック夫人も大きく出られるのだ。

 クラウディアの選択は、夫人を通して、王妃へのアピールでもあった。

 嫌がらせに屈する人間ではない、と。

 パトリック夫人の言葉には反論せず、クラウディアは神妙に頷く。


「パトリック夫人のお言葉、しかと心に留めさせていただきます」


 招待客たちがどんな風に責め立てても、夫人への敬意は常に忘れない。

 クラウディアの行動は一貫していた。


(機会が与えられたことへの感謝は本物だもの)


 思うようにことが運ばず、パトリック夫人はもどかしいようだった。

 心情が手にある扇の揺れとなって現れる。

 察した一人が夫人のケアに回る。クラウディアより、夫人の機嫌を回復させることを優先した。


「パートナーといえば、パトリック様の夫人への愛は、見ているこちらが照れそうになりますわ」

「ええ、羨ましい限りです! 長年連れ添って、再び燃え上げる愛なんて、夢のようですわ」


 夫婦仲を褒める周囲の言葉に、パトリック夫人の頬が染まる。

 キツネの顔に恋する少女の面を垣間見て、クラウディアは目を瞬かせた。


(事前情報と違うわね?)


 クラウディアとて何の準備もなしに、知人のいないお茶会へ出席していない。

 パトリック夫人の交友関係を調べ、招待されるであろう人物の背景を頭に入れてきた。

 中にはパトリック夫妻についての情報もある。


(家庭を顧みない夫に、夫人は頭を悩ませているとあったけれど)


 話を聞く限り、最近流れが変わったようだ。

 再熱と言われているのを考えると、それまでは情報通りだったことが窺える。


「あの人ったら、今になって人目を憚らずに……もう若くないことを忘れているのではないかしら」

「何をおっしゃるんです、愛し合うのに年齢は関係ありませんわ!」

「そうですよ、夫人の献身が心を動かしたに違いありません!」

「クラウディア嬢は、一番に夫人を見習うべきですわね」


 その一言で、外れていた視線がクラウディアに集中する。

 隙なく微笑んで答えた。


「ぜひ。パトリック夫人の教訓をお聞かせください」

「そこまでおっしゃるなら仕方ないですわね」


 夫に対し、妻がどうあるべきか。

 語る夫人の姿から、どれだけ現状を喜んでいるのかが伝わってくる。


(可愛らしく感じてしまうのは失礼かしら)


 容赦なく冷たい視線を浴びせもすれば、夫の愛に頬を染めるのだ。

 温度差に風邪をひいてしまいそうだが、恋する女性の愛らしさは変わらない。

 パトリック夫人も、クラウディアと同じく一人の人間だった。

 おかげで心に余裕ができ、人知れず、ほっと一息つく。

 それからも思いだしたように嫌みを言われたけれど、引き続き、クラウディアは悠然と対処できた。



◆◆◆◆◆◆



 帰りは、サンセット侯爵家の待合室で待機していたヘレンと合流して馬車に乗る。

 基本的に上級貴族は侍女や護衛を連れて移動するため、お茶会では待合室が用意されていた。唯一の例外が王城だ。


「お茶会はいかがでしたか?」

「夜会への良い予行練習になったわ」

「と、いいますと……」


 クラウディアの感想に、ヘレンが僅かに眉を寄せる。

 まだ先の日程ではあるが、トーマス伯爵夫人から夜会の招待状が届いていた。

 それがどういう意味を持つかヘレンも理解し、お茶会の内容が想像できたのだろう。

 トーマス伯爵家は、クラウディアを含め、リンジー公爵家に反目する代表格だ。

 婚約が公表されて間もないうちを狙って、機先を制する目論見なのは考えるまでもなかった。


(公の場で、わたくしを厳しくけなすつもりでしょう)


 国の重鎮に位置するトーマス伯爵家からの招待だ。相手も断れないのをわかっている。

 夜会のため、パートナー必須なのが救いだろうか。


「わたくしは大丈夫だから心配しないで。これらは乗り越えるべき壁よ」


 全ての人間から好かれることなど、あり得ない。

 いずれ、どこかで誰かと衝突は起こる。

 お茶会にしろ夜会にしろ、事前に準備できるのは有り難かった。


「わたしにできることがあれば、何なりとお申し付けください」

「頼りにしているわ。そういえばパトリック夫妻は仲が良好なようよ」


 どうやら夫であるパトリックが最近改心したらしいことを伝える。


「意外ですね。でも改心されたなら、夫人はさぞお喜びでしょう」

「ええ、幸せそうなお顔をされていたわ」

「その分、クラウディア様に対しても大らかになられていい気もしますけど」

「仕方ないわ。家の方針と私情は別だもの」


 パトリック夫人の行動は、そのままサンセット侯爵家の意向を示している。

 夫が次期当主ともなれば色はより濃くなった。


「トーマス伯爵夫人がお茶会に招待されていなかったのが、社交界の複雑さを表しているわね」


 等しく王族派であり、クラウディア――リンジー公爵家に対し、否定的な立場の者同士であっても、関係性は様々だった。

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