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03.悪役令嬢は嫌がらせを受ける

 一見すると穏やかなお茶会である。

 会場のセッティングも細部にまでこだわりが見られ、素晴らしかった。

 クラウディアの席は、上座にいるパトリック夫人から見て斜め右と近い。

 これは夫人自らクラウディアの様子を観察するためだろう。


「幼くして母親を亡くされ、苦労されたことは皆、存じておりますわ。その上、後妻が平民ともなれば、後ろ盾がなく、さぞ心細いことでしょう」


 ぜひわたくしたちを頼ってくださいね、とパトリック夫人が口火を切る。

 クラウディアに寄り添うフリをしながら、継母であるリリスをけなすのが本題だ。

 まずは責めやすいところから、というのが見え透いていた。


「お気持ち、有り難く存じます。至らない娘ではありますが、これからもお義母様と手を取り合い、邁進していく所存ですわ」


 同意し、よろしくお願いしますと目を潤ませれば、夫人は満足しただろうか。

 けれどリンジー公爵家の者として、彼女の言葉は認められなかった。

 血は繋がっていなくとも、リリスは家族であり、歴としたリンジー公爵夫人だ。リリスを否定することは、家そのものを否定することに繋がる。


「リンジー公爵夫人はさぞお喜びになるでしょうね。出来た娘まで手に入ったんですもの」


 パトリック夫人の言葉に、すかさず招待客から合いの手が入る。


「どうでしょう? 私なら娘が完璧だと、逆にプレッシャーを感じてしまいますわ」


 クラウディアへ向けられた視線は、どちらも可愛げがないと語っていた。

 お茶会の招待客は、王族派の夫人ばかり。

 予想はしていたし、少し引っかかりも覚えていた。


 何せ、クラウディアが将来王妃になれば、今のサンセット侯爵家に替わって、リンジー公爵家が台頭することになる。

 リンジー公爵家と繋がりが深いわけでもないサンセット侯爵家にしてみれば、面白くないはずだ。王妃の生家という立場で得ていた利益を失うことになるのだから。

 クラウディアに対し、良い印象を持っているとは言いがたい。

 それでも参加したのは、パトリック夫人がどう出るか確証がなかったのと、これもお妃教育の一環だと考えたからだ。


 婚約者であると公式に発表されてから、リンジー公爵令嬢ではなく、王太子の婚約者としての仕事が増えた。

 お妃教育も内向きのものから外向き、外交に関することが増え、勉強をする場所も屋敷から王城へと移っている。


(王妃殿下の考えがどこにあるかは、まだわからないけれど)


 令嬢のときとは違い、王太子妃になれば、好意的な場だけに参加するとは限らない。

 今日のお茶会がどういうものであっても、経験が得られるのは確かだった。


(ここまで典型的な嫌がらせを受けると、逆に新鮮だわ)


 記憶に残っているのは異母妹ぐらいである。

 完璧な淑女として名が通り、身分も公爵令嬢となれば、表立って手を出してくる人間は存在しなかった。


 手の中にあるカップを見下ろす。

 揺らめく水面は濃い琥珀色だった。香りから察せられる茶葉では本来あり得ない色だ。口にすれば予想通り、渋みが舌を刺した。

 わざとクラウディアのお茶だけ、渋くされているのだ。

 夫人たちの目が好奇に染まっているのを感じる。表面上は和やかな笑みを浮かべていても、腹の中では嘲笑しているのが察せられた。


(王妃殿下もご承知の上、なのよね)


 足並みを揃える必要がある両者の間で、例外的な行為をパトリック夫人が無断でするわけがない。

 これには王妃の意図も含まれている。

 考えをまとめながら、そっとカップを置き、クラウディアは口を開く。


「こちら、どうやら手違いがあったようですわ」

「まぁ! クラウディア嬢のために取り寄せたものだったのですが、お口に合わなかったようですわね」


 待ってましたと言わんばかりに、パトリック夫人は眉尻を下げた。

 周りでは口々に、夫人の親切を無下にするなんて、と非難が飛び交う。


(もし本当に使用人が毒でも入れていたらどうするのかしら)


 万が一を心配しない人間だからこそ、こういった嫌がらせができるのだろうけれど。

 ――味方が誰もいない状況で、一斉に責められる。

 普通の令嬢なら、耐えられないかもしれない。気の置けない友人たちとしか、お茶会をしたことがなかったら。

 しかし、クラウディアにはこの嫌がらせがどういった類いのものか見当が付いていた。


(悪質なのは、パトリック夫人に気を遣って沈黙を選んでも責められることよね)


 その場合、手違いがあったと侍女が報告に来る。そしてお茶が渋くなっているのに気付かないほど、味音痴なのかとなじられるのだ。

 どんな反応をしても口撃の対象になり、何かと有用なため、古くからよく用いられる嫌がらせだった。

 対処法はない。


(だからといって泣き寝入りするつもりもないわ)


 クラウディアは物憂げな表情をつくり、夫人たちの期待に応える。

 既婚者のコミュニティにおいて、まだクラウディアは新参者だ。シルヴェスターですら、議会では未熟者として扱われる。

 まだ社会に慣れていない若者に対し、大人たちはこぞって「大人の社会」における礼儀を教えようとした。自分たちにだけ都合が良いように。


(『シルは、しっかり躾けた』と思っているのでしょうね)


 だから、今度はクラウディアの番、ということだろう。

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