38.悪役令嬢は白馬の王子様に助けられる
けれど予想していた衝撃が来ない。
恐る恐る目を開く。
「大丈夫か!?」
聞こえた声に、最初は幻聴かと思った。
自分の願望がその声を聞かせたのかと。
しかし目の前で崩れ落ちる追っ手が、これは現実だと教えてくれる。
見上げた先にいたのは、ずっと会いたいと願っていた思い人その人で。
「ディア、ケガはないか?」
白馬にまたがり、満月を背負う姿に意識を奪われる。
銀髪が、黄金の瞳が、いや、存在そのものが光を放っていた。
視線の先では空を含め、辺り一面が青く染まっている。
ブルーモーメント。
日没後の僅かな時間にしか見られない青の瞬間に、シルヴェスターの白銀が重なる。
刀身に付いた血を払い、馬上から降りる姿も美しかった。
「ディア、返事をしてくれ」
心配げな瞳に映る自分を見て、ようやく我に返る。
自覚したときには手をシルヴェスターの首へ回し、抱き付いていた。
「大丈夫。シル、会いたかった……!」
「ああ、私もだ。会いたかったよ、ディア」
力強い腕が背中へ回り、目頭が熱くなる。
このまま声を出して泣きたかった。
でもそれ以上にキールの身が気がかりだった。
頭を動かすと、トリスタンに助けられているのが見えた。
手を引かれて起き上がる姿にほっとする。
「遅くなってすまない」
「間に合ってくださいましたわ」
愛しい温もりに、安堵で声が震えた。
もう、大丈夫。
シルヴェスターの胸に頬を当て、目を瞑る。
ゆっくりしている場合ではないけれど、少しの間、不足していた心の栄養を補給したかった。
頭を撫でられ、隅々にまで愛が伝わっていく。
一呼吸置いて、意識を切り替えた。
「先ほどの男は、正体不明ですが村の関係者だと思われますわ」
「もうしばらく甘えてくれて良いのだが?」
「そういえば、白馬はわざわざご用意いただいたのですか?」
助けに現れたシルヴェスターは、物語に出てくる白馬の王子様そのものだった。
前にも一度、先陣を切って助けに来てくれたことがある。
今回も何かを参考に意識したのかと訊ねたのだが。
「いや、すぐに乗れる馬で来ただけだ」
偶然だったらしい。
しかも自分と白馬の組み合わせにピンと来ていないようで。
「ディアは白馬が好きなのか?」
「いえ、特に好みがあるわけではありませんわ」
他の令嬢なら卒倒しそうなほど喜ぶ組み合わせだ。
なんだかんだでルイーゼも好きそうである。
教えるべきか悩んだものの、別にいいかと話を戻す。
(白馬でなくともシルは素敵だもの)
そして自分だけの愛する人だった。
これ以上の望みはない。
「村のことは、どこまでご存じですか?」
「ヘレンから、そして探偵の助手からも話を聞いて、大体は察している。影とは会えなかったようだな」
「来ていたのですか!?」
「居場所に見当が付いた時点で派遣した。だが間が悪かったのかもしれぬ」
隠密に長けた影といえど、日中に、それも人の行き来がない閉鎖的な村に潜入するのは難しい。
村の内情がわかっていないなら尚更だ。
「君が村を出た時点で合流しそうだが、詳細は報告でわかるだろう。疲れているところ悪いが、このまま村を制圧したい。状況を教えてくれるか?」
「もちろんですわ」
すぐにでも話したかったが、まずは診察が先だと馬車へ案内される。
医師が同行しており、キールも大きなケガはないと診断された。
「うわぁ、凄いふかふかだ!」
「ふふ、リンジー公爵家より早く王家の馬車に乗ることになったわね」
報告のため、馬車にシルヴェスターとクラウディア、トリスタンとキールの四人が集まった。
キールの反応に和みつつ、村の内情を語る。
クラウディアたちがどうやって脱出したのかも。
「粉塵爆発とは、よく考えたものだ」
シルヴェスターもキールの知識量に感心する。
おかげで村人の注意を逸らせたのだから、お手柄だった。それで、とシルヴェスターはキールを見据える。
「君は全て話して良かったのか?」
伝えた中には実験室の存在もあった。
クラウディアとしては当然、この機会に押さえてもらえたいところだけれど、キールが貴族の依頼で調査していたのを思いだす。
彼の依頼人について、シルヴェスターは既に知っているようだった。
「構いません。正直なところ、貴族の利権とか、派閥争いには興味ありませんから。それに村については、利用されるより裁いてもらえるほうが、ぼくは嬉しいです」
「正しい判断だ。しかし依頼人を敵に回すことになるぞ」
「守ってください、というのは大それた望みですか?」
物怖じしないキールに、シルヴェスターは目を細める。
そしてクラウディアへ視線を移すと、軽く息を吐いた。
「私が答えなくとも、私のすぐ隣から申し出があるだろう」
二人の会話からキールが困った立場にあるのは察せられた。
ならば答えは決まっている。
「わたくしでよければ力になるわ」
「ありがとうございます!」
今まで通り、気楽に接してくれたらいい。
そう思うものの、他人の視線がある場では難しかった。
クラウディアは貴族で、キールは平民なのだ。
どれだけクラウディアがキールの存在に勇気付けられたと言っても、周囲は納得しない。
社会とは、そういうものだった。
キールも理解して、口調を正している。
「では村へ向かう。先に帰してやりたいところだが、人数を割けなくてな」
村は王家直轄領とトーマス伯爵領の領地境にある。
王家直轄領の範囲内とはいえ、いらぬ波風を立てないために、シルヴェスターは少数部隊しか編成できなかった。
クラウディアも事情を聞かされていたので否はない。
むしろ同行して成り行きを見守りたかった。
道中では儀式にも話題が及び、話すほうも聞くほうも顔をしかめなければならなかった。
トリスタンが項垂れる。
「僕たちがもっと早く内情を掴めていれば……」
「精進しろ、ということだ」
閉鎖的な思想を持っていることまではわかっていたが、成人していない子どもたちまで儀式に参加させられているのは知らなかった。
わかっていれば、それを理由に介入できた。
けれど村は外部との関わりを極力減らしていた。
情報が外に出なければ、察知しようがない。
至らない点は見直し、次に活かす。
シルヴェスターの切り替えは早い。
「さて、どう出てくるか」
村に到着し、部隊が制圧にかかる。
慌ただしくなるので、キールは別の馬車へ移された。
あまり外部の者に部隊の動きを見られるのもよくない。
クラウディアは邪魔でなければ、と残った。
終わりは、驚くほど呆気なかった。
抵抗を見せる者もいたにはいたらしいが、武装する騎士たちを前に手も足も出せなかったという。
アイラをはじめとする子どもたちも、寮で無事に保護された。
一か所に集まっていたので、これといった苦労はなかったようだ。
クラウディアは報告を滞りなく処理していくシルヴェスターの姿を隣で見守った。
トリスタンは部隊との連絡係も兼ねて忙しなく動いている。
これが現場での彼らなのだと、クラウディアは光景を目に焼き付けた。
一段落したところで、シルヴェスターがクラウディアへ体を寄せる。
村へ着いてからは、ずっと馬車の外を向きっぱなしだった。
「横にならなくて大丈夫か?」
「疲れていると思うのですが、とても眠れそうにありませんわ」
脱出劇で、体が興奮状態に陥っていた。
人を二人、殴ってもいる。
「寝物語の代わりに、状況を伺っても?」
「そんなことを強請る令嬢はディアだけだろうな。殺伐とした内容に、余計眠れなくなるのではないか?」
「シルの声を聞いていたほうが安心できます」
「君は私の扱い方をよく心得ている」
こつん、と軽く額を合わせたあと、シルヴェスターは報告書を手元へ寄せた。
「といっても、すぐに制圧できたため、君に伝えられる内容も少なそうだが」
クラウディアも隣で報告を聞いていたので、流れは把握していた。
「結果から述べるなら、子どもは寮で保護され、大人は全員捕縛されている。輸送は明日になるが、子どもに関しては、このまま村で面倒を見ることになりそうだ」
「町へは移されないのですか?」
「それも考えたが、新たな場所を確保するより、人を派遣したほうが早い。村にいることがトラウマになっているなら話は別だが」
言われて納得する。
アイラたちが村を脱出したかったのも、儀式をやりたくなかったからだ。
儀式をせずに済むなら、村にいても問題ない。
後ほど子どもたちには聞き取りをおこなうという。
「村で指導的立場にあった村長だが、礼拝堂の粉塵爆発で大火傷を負ったようだ」
「礼拝堂のドアを開けたのは村長だったのね」
実験室と調合室の被害を確認しようとしたのだろう。
「人物の照会には、君にも協力してもらうことになる」
村人の証言は信用できない。
なりすましがないよう、注意する必要があった。
大人たちには全員、何かしらの処分が下るという。
直接犯罪に関わっていない者は情状酌量の余地があるかもしれないけれど、今の段階では何とも言えなかった。
「裏付けを含め、捜査はまだ続く。表向きは、公爵家の使用人とキールの誘拐容疑となる」
クラウディアが誘拐されたことは公にできない。
屋敷ではニナが影武者を務めてくれていると聞き、目を丸くした。
「こんな形で、また変装されることになるとは思いませんでしたわ」
「今後も彼女は役立ってくれそうだ」
ヘレンが傍にいることもあって、上手く周囲を騙せているという。
「他の村については、あの少年が力を貸してくれる」
あえて名前を呼ぼうとしないシルヴェスターに微笑む。
「キールですわね」
「随分と仲良くなったようだな? 危機を一緒に乗り越えれば無理もないかもしれぬが」
「有能な子でしてよ」
「能力は認めている。貴族の支援があったとはいえ、村についてここまで調査を進めたのだ。ただ危険だとわかっている依頼を受けた点は、理解に苦しむが」
なんとなくキールの不運体質が関係している気がして、クラウディアは苦笑を浮かべた。
「キールの依頼人は誰なのです?」
「デミトル伯爵だ」
名前を聞いて、なるほど、と頷く。
キールが公爵令嬢であるクラウディアに近付きたかったのも、そのへんが理由かもしれない。
デミトル伯爵は貴族派に属していた。
身を守るためには、伯爵と同じか、それ以上の貴族との繋がりが必要になる。
「薬の流通に利権をお持ちの方ですわね」
「調査のきっかけは、自領の裏市場で流れていた薬だった。貴族派は瓦解しかけている。求心力を持つためにも、土台を固めるためにも、新たな利権を欲したのだろう」
もし先に伯爵が手を回していたら危なかったと、シルヴェスターは眉間を揉んだ。
「我が領内では薬が野放しになっていたからな。存在は把握していても、捜査までには至っていなかった」
王都は人口密度が高い分、裏市場も激流と言っていいほど色んなものが溢れ、流れている。
クラウディアがトップを務める犯罪ギルド「ローズガーデン」がある程度は仕切っているが、さすがに全てを把握するのは無理だった。
「死人が出れば注意も向くが、媚薬に至っては気にする者もいない」
媚薬は昔から眉唾ものの薬として存在している。
性欲剤の別名として使われることもあった。
村で作られている薬も、こちらの側面が強い。
色んな形で昔から存在するため、規制の対象になりにくいのだ。
「捜査の手が伸びぬよう、ナイジェル枢機卿が悪知恵を働かせていたと考えられる」
「そういえば村からの連絡の返事が異様に早かったのですけれど」
「君を襲った男が鍵を握ってそうだが、切り捨ててしまったからな。推測するに枢機卿にまでは連絡が行っていないのではないか?」
「代わりに判断する人物がいる、ということですわね」
「村人の事情聴取でわかればいいが」
洗脳されていれば、口を割る可能性は少ない。
他に誰か証言を得られる人物はいないかと考えたところで、出会っていない影の存在を思いだした。
「影からは何か報告がありまして?」
「ああ、村には夜が明けてから着いてしまい、予想通り潜入が難しかったとのことだ。頃合いを見計らっていたところで騒ぎが起こり、君の脱出の手助けに回ったと聞いている」
下手に刺激してクラウディアが危険に晒されれば元も子もない。
そのため機会を探るのに終始していたという。
「出入り口に村人が見当たらなかったのは、だからですのね」
これ幸いと走り抜けたが、影が排除してくれていたからだった。
その後、影はクラウディアを追ったが、シルヴェスターのほうが一足早かった。
「さて、そろそろ眠れそうかな?」
話に一区切りついたところで優しく頭を撫でられる。
「帰ったからといってゆっくりする時間は取れないだろう。休めるときに休んでおいたほうがいい」
「はい、あとはお任せいたします」
「任せておけ。君の憂いは全て私が払っておく」
馬車の後方は寝台になっていた。
横になり、クラウディアは目を閉じる。
傍にシルヴェスターの気配を感じるからか、自然と瞼は落ちた。




