33.悪役令嬢は忍ぶ
「処分された人は礼拝堂の地下へ連れて行かれたのね?」
村の情報を聞く中で気になったことをアイラに質問する。
「ええ、祭壇横の階段を下っていくのを見たわ」
「地下には調合室しかないわよね?」
「うん、そのはずだけど」
階段を下りた先にあるのは一室だけだ。
処分は調合室でおこなわれたのだろうか?
「ディーさん、地下を調べよう」
キールの言葉を受けて、調べるなら夜の間が良いとアイラが助言してくれる。
「今夜、村長は家から出て来ないわ。大人を自宅に招いてるときは、いつもそうなの」
なぜ家から出ないのかは改めて訊くまでもなかった。
礼拝堂は村長が管理しており、薬の調合をするとき以外、大人たちは近寄らないという。
処分に際し連れて行かれる場所なので、無意識のうちに忌避しているのかもしれない。
「鍵はかけられていないのかしら?」
「多分ないはず。薬の在庫は材料も含めて村長が毎日確認してるから、盗みに入ってもすぐにバレるし」
世帯数が二十ほどの小さな村である。
不審な行動は村人たちに筒抜けだった。
きっと村の教えには互いを監視するものも含まれているのだろう。
そして盗みに入ったが最後、どんな結末を迎えるか大人たちはよく理解しているようだ。
「ありがとう、今日はここまでにしましょう。わたくしたちは礼拝堂へ向かうわ」
アイラたちの情報を基に、脱出方法を考える時間も必要だった。
三人は寮へ戻るよう促す。
「わかったわ、地下は狭いから付いて行っても邪魔になりそうだもの」
その代わり、脱出方法が決まったら必ず教えるよう念を押される。
「あたしたちにできることは何だってするから!」
「ええ、きっとお願いすることがあると思うわ」
脱出に用いるものを揃えるにも、彼女たちの協力が欠かせなかった。
クラウディア自ら集めれば、脱出を企てていると勘付かれてしまう。
「頼りにしているわ。でも無理はダメよ」
「任せて!」
別れる頃には、三人の少女たちの顔に笑みが浮かんでいた。
あの笑顔を絶やすわけにはいかない。
「礼拝堂へ向かいましょう」
キールと手を繋ぎ、礼拝堂へ繋がるなだらかな坂を上がる。
アイラの情報通り、入り口のドアはすんなり開いた。
さすがに明かりがないと危ないので、礼拝堂の入り口付近に置かれていたランタンに火を付けて持つ。
そしてスカートの中へ入れた。
クラウディアの大胆な行動にキールが唖然とする。
「スカートが燃えちゃわない?」
「ランタンに入っているから大丈夫よ。明かりを外に漏らすわけにいかないでしょう?」
侍女のスカートは雑用で破れないよう、厚手にできている。
おかげで光を抑制するのにも役立った。
足下だけを照らすよう体を屈め、地下へ続く階段へ向かう。
「キールは調合室以外にも部屋があると思う?」
「きっとあるよ。村人を地下で処分しているっていうなら尚更ね」
階段にまだ枯れ葉が残っているのを見て、言葉を続ける。
枯れ葉は地下室へ向かう際、キールがばら撒いたものだった。
枯れ葉を踏む音で人の接近を知るためだ。
「上がってくるとき、枯れ葉が踏まれた形跡はなかったよね?」
「なかったわ」
では村長はどこから現れたのか?
クラウディアとキールが気になっている点だ。
考えうる可能性は、地下に調合室以外の部屋があること。
階段までくれば明かりを遮る必要もないので、スカートからランタンを取り出す。
二人は階段を一段一段、注意深く下りていった。
目だけでなく壁を手で触れて、確認していく。
「これといっておかしな点はないわね」
「うーん……でもディーさんの背後に現れようとしたら、調合室の外から来たはずだよ」
あのときクラウディアは調合室の入り口を背にして立っていた。
調合室の中に別室へ続くドアがあれば、出現に気付く。
「枯れ葉を避けて来るのも難しいわよね」
「ぼくたちが調べ物に集中して物音に気付かなかっただけ? ぼく、これでも探偵だよ?」
加えて運が悪い自覚もあった。
注意を払うために枯れ葉を撒いておいて、その音を聞き漏らすほど間抜けじゃないとキールは豪語する。
小さなことの積み重ねで、不運を乗り越えてきたのだと。
「だとしたら見逃している何かがあるのね」
ただでさえ地下は暗い。
二人は階段を何度も往復する。
上がったり下がったりしていたからだろうか、階段上部にあった枯れ葉も下まで落ちていた。
それに足を取られたキールが尻餅をつく。
「うわっ!? うう、ぼくはなんて運が悪いんだ……」
「大丈夫?」
「うん、お尻から落ちたから平気。……あれ?」
立ち上がろうとして壁に手をついたキールが首を傾げる。
そのまま壁に顔を近付けた。
「見つけたよ! 隠しドアだ!」
下から数えて五段目の壁にそれはあった。
「ここだけ壁が石じゃなくて木だよ」
礼拝堂は石造りの建物で、壁も階段も石が使われていた。
木でできているのはドアだけだ。
クラウディアも膝を曲げ、同じところに触れる。
「擬態してあったのね」
ランタンを近付けても石の壁にしか見えない。
馴染ませるように塗料に砕いた石も混ぜているようだった。
叩くと感触の違いがわかる。
「壁に手をついて歩いてもわからないように、下のほうに作られてるんだ」
転げたことで視線が下がり、発見に至れた。
「わたくし、キールが不運なのか幸運なのかわからなくなってきたわ」
「不運だよ! 幸運だったら転げることなく見つけてるよ!」
「ふふ、それもそうね」
痛い思いをしないといけない時点で、運が良いとは言いがたい。
「どうやって開けるのかしら?」
「くぼみを探してみよう、溝とか」
指に引っかかる場所があればと、キールが壁に手を這わせる。
「多分、これだ!」
木の一部が音もなく横にズレた。
そこが栓になっていたようで、押すとドアが開く。
ドアは、高さ横幅共に一メートルもない。
横幅に至っては半分の五十センチぐらいだろうか。
体格の良い男性なら、体を横にしないと入れない。
太っている人は論外である。
(そういえば村に肥満体形の人はいないわね)
皆で集まって食べるのが習わしのようだから、ある程度食べられる量が決まっている可能性はあった。
食事内容も素朴なものばかりだ。
ドアの先は、闇がぱっくりと口を開けて待っている。
ランタンを掲げながら、二人は腰を折って闇に身を投じた。
ドアを抜けると、すぐに空間の広がりを感じる。
部屋の真ん中に作業台があるのは、調合室と同じようだ。
「ここで媚薬や洗脳薬が作られているのかしら」
調合室に比べると、こちらのほうが奥行きがあった。
先を歩いていたキールがうっ、と声を詰まらせる。
何があったのかと明かりを持っていき、視界に入ったものからクラウディアは顔を逸らした。
壁際の棚に、大きな瓶が並べられていた。
一つや二つじゃない。
すぐには数えられないほどの瓶が並び、その中には人間のものと思しき体の一部が浮いていた。
「ホルマリン漬けの生物標本だよ。気味が悪い」
見たところで理解できるものではないと、一旦二人とも棚から離れる。
作業台を抜けると、部屋の密度が減った気がした。
進んだ先に、ぽつんと椅子が一つだけ置かれているのが見える。
「うわ、拘束具だ」
椅子の肘置きと脚には、それぞれ腕と足を縛るための革のベルトがあった。
傍にはテーブルがあり、医療道具らしきものが並べられている。
「ここで処分がおこなわれていたのね」
部屋の一番奥にも大きな作業台があり、あちこちに大きな血の染みがあった。
壁には大きなノコギリもかけられている。
空気の淀みを感じ、クラウディアは頭痛を覚えた。
「あと人体実験もやってたみたいだよ」
関連する書類があったようで、キールがランタンに近付けて読む。
「当たりだ。向こうが調合室なら、こっちは実験室だね。洗脳薬はまだ開発途中みたい」
思考力の低下、人格破綻など強い副作用が記されていた。
「使われている材料もわかったよ。ただ製造方法が書かれたものは見つからないな……」
「口伝で教えられているのかもしれないわね」
文章に残すと、こうして関係ない人にも読まれてしまう。
製造方法が秘匿されているなら、他人の目に触れないようにするだろう。
「まぁ材料がわかっただけでも収穫だよ! 置いてある器具を見る限り、製造に突飛な方法は取られてないみたいだから、専門の人が調べれば、薬の作り方もわかるんじゃないかな」
証拠を手に入れておきたくても、物がなくなっていれば侵入がバレてしまう。
高望みはせず、早々にクラウディアとキールは実験室をあとにした。




