26.悪役令嬢は少年探偵と村を調べる
まずは村の全体像が知りたいと、昨日クラウディアたちが降り立った場所へ向かう。
道すがら、軒下で農具の整備をしている男性の姿が目に入った。
視線を感じるが、呼び止められることはない。
周囲を観察するに、幌馬車から降りたところが村の出入り口のようだった。
敷地の内外は腰ほどの高さの柵で仕切られている。
「隣接する林のほうに柵はないけど、これ、奥は行き止まりになってるよね?」
木が邪魔になって全ては見渡せないものの、村は崖下にあるらしく入口付近にも岩肌の壁がせり出していた。
壁は林のほうへ続き、自然の囲いができている。
柵の外の立地も気になるところだが、近付くと声をかけられた。
「危ないからそっちは行っちゃダメだよ!」
「はーい!」
キールが手を振って答える。
外へ出ないよう見張られていたようだ。
「でも何が危ないのかしら? 野生動物?」
「いっそ訊いてみる?」
クラウディアたちの世話を担当している夫婦をはじめ、村人の人当たりは悪くない。
村長自ら挨拶したり、誘拐犯とは思えない対応だった。
キールが先ほどの男性に訊ねる。
「柵の外は何が危ないんですか?」
「何がって毒にまみれて……あぁ、そうか、君たちは外から来たばかりだから、まだわからないのか」
「はい、すみません」
「いや、いいんだよ。これから知っていくだろうしね。村に来たからには、もう安心さ」
「毒について教えてもらえますか? あまり自覚症状がなくて」
「外にいればそんなもんさ。だけど気付かないうちに蝕まれてる。儀式で浄化されてはじめて自覚するんだ、自分がどれだけ毒を溜め込んでたかね。毒に侵されると人は余裕がなくなるんだ。ちょっとしたことでイラついたり、だから村の外は諍いが絶えない。その点、村は幸せそのものだよ」
「ぼくたちも儀式をするんですか?」
「君はまだ子どもだから大人になってからだね。えっと、君はディーさんだっけ? ディーさんは近々あると思うよ。日取りを決めるのは村長だから、いつになるかおれにはわからないけど」
舐めるような視線に、思わず顔を顰めそうになった。
またこの視線だ。幌馬車での移動中にも向けられていた。
下心を隠そうとしない男性の視線を、キールが遮ってくれる。
「もう一つ良いですか? あそこの家だけ窓枠の色が赤いのには理由が?」
出入り口から最も近い家を指さす。
「ああ、あそこは村長の家だよ。わかりやすいだろ」
「確かに! 答えてくれてありがとうございます!」
「あはは、聞いてたけど君は本当に礼儀正しいね。うちの子にも見習ってもらいたいよ。悪さばっかりするんだ」
朝のうちに世話になっている奥方と男性が話をしたみたいだった。
キールが続けて訊ねる。
「野生動物はどうですか? 柵があるからオオカミとか出るのかなって」
「あぁ、どうだったかな、おれは狩りをしないから。村には入って来たことがないから安心していいよ」
クマなどにも触れてみたものの要領を得なかった。
外については詳しくないらしい。
(あえて話さないのかもしれないけれど)
男性に礼を言って、その場を離れる。
「村外の情報は制限されているみたいね。大人がする儀式については嫌な感じしかしないわ」
視線が娼婦へ向けるそれだった。
儀式でクラウディアが何を求められるのか考えたくもない。
「近々って言ってたから、少なくとも今日、儀式があるってわけじゃないよね。何とか今日中に逃げる算段をつけなくちゃ」
「すぐに何かされるわけでないのは不幸中の幸いだわ。村長は儀式の日取りを教えてくれるかしら?」
家がわかったことだし、と今度はクラウディアが玄関のドアをノックする。
村長のウルテアはすぐに顔を出した。
明るい陽の下でも、濃厚な色香が溢れている。
「あら、何かご用かしら?」
「突然すみません。そこの男性に儀式の日取りは村長が決めると伺ったものですから気になってしまって……わたくしの体は毒に侵されているといいますし……」
「まぁ、可哀想に、不安にさせてしまったわね。村に来たからには大丈夫よ。毒がこれ以上体に溜まることはないわ。溜まった毒は儀式で浄化できるから心配しないで。あなたもすぐに幸せを実感できるわ」
「はい、それで儀式は……」
「できるだけ早くしたいのだけど、決定までにもう少し時間がかかりそうなの。日取りが決まり次第、お伝えするわね」
「わかりました。あと野生動物についても伺っていいですか? 先ほども訊いたのですけど、わからないようだったので」
「あぁ、前は猟師がいたんだけどね、引っ越してしまったから詳しくわかる人がいないのよ。クマはもちろん、イノシシとかもいたと思うわ。毒もそうだけど、村にいる分には安心してちょうだい」
どこまで本当なのだろうと思いながら、クラウディアは感謝の笑みを浮かべる。
「ご親切にありがとうございます」
「あなたももうこの村の住人だもの。慣れないうちは心配が尽きないと思うけど、何でも相談してちょうだい。村の人たちにもよく言っておくわ」
大丈夫よ、と別れ際には手を握って励まされる。
村長の対応からも、閉鎖的な思想の主軸が「毒」であるとよくわかった。
彼らは毒から身を守るために、村の内外を分けているのだ。
「外は怖いところだと教えているなら、野生動物の情報も鵜呑みにできないわね」
「うん、はったりかも。でも猟師がいないってことは、脅威が少ないんじゃないかな」
肉食獣に限らず、草食獣も畑を荒らす害獣になり得る。
外敵に村を荒らされる心配がないため、猟師がいなくても困らないのでは、と推測できた。
「村から出たい人にとっては朗報ね。わたくしたちに毒は関係ないから……永遠に儀式なんてしなくていいのだけれど」
「まったくだよ。独特の考えに頭が混乱するけど、調査を続けよう。こうしている間にも、きっと助けは来てくれるだろうし」
前へ進むために、望みを失ってはいけない。
歩きながら得た情報について意見を言い合う。
「村長は、わたくしがもう村の住人だと言っていたわ。そのわりに客人として対応されているのは、儀式を経ていないからかしら」
「それなんだけどさ、なんか村外の人が移住するのに慣れてるみたいだよね」
「もしかしてキールは知らないの?」
シルヴェスターの話に薬が出てこなかったため、調査はキールのほうが進んでいると思っていた。
把握していないこともあるようだ。
「村では人攫いもおこなっているようなの。短期間に人が増えたり消えたりするそうよ」
「そうなの!? 薬の製造や流通に焦点を当ててたからかな、気付かなかったよ」
キールは村を捜して移動していた。
一つの村に対する調査期間が短期間なら、村人の増減のタイミングに遭遇しなかったことも十分予想される。
「じゃあ外から人を入れることに慣れてるんだね」
「村に馴染ませるノウハウもあるから、軟禁状態で済ませているのかもしれないわ」
キールのことを連れ去ってどうするのかと思ったけれど、話を聞く限り、彼も村人として受け入れるようだ。
聞こえてきた子どもたちの声につられて、二人は朝食を取った広場へ足を向けた。




