25.悪役令嬢は朝を迎える
人の動く気配で目が覚めた。
家人が外と中を行き来しているのか、頻繁に玄関のドアが開閉している。
熟睡できたのか頭はスッキリしていた。
すぐ隣に温もりがあるおかげで安心できたのかもしれない。
(あのまま話しているうちに眠ってしまったのね)
あどけない寝顔のキールに癒やされる。
起こさないようそっと離れ、手ぐしで髪を整えているとキールももぞもぞ動き出した。
「ん、ディーさん、もう起きてたの」
「先ほどね。お水をもらってくるわ」
「一緒に行くよ」
寝起きはどうしても喉が渇くものだ。
まだ覚醒しきっていないのか、ふわふわな黄色い髪を揺らしながらキールは立ち上がる。
ベレー帽を被りはしたが丸眼鏡を忘れていた。
床に置かれていた丸眼鏡をはい、と手渡す。
「ないと困るわよ」
「んー、実は困らなかったり……」
丸眼鏡をかけながら、キールはへへっと笑う。
「伊達なんだ」
「そうなの? すっかり騙されていたわ」
「眼鏡をしてると知的に見えるでしょ?」
「なくてもキールは知的よ」
「皆、ディーさんみたいにわかってくれたら良いのに」
滲み出る知性に気付いてくれる人が少なくて、とキールはうそぶく。
それでもまだ体に力が入らないようで、クラウディアはキールの手を取って部屋を出た。
キッチンへ向かうと、ちょうど帰ってきた奥方と会う。
窓から入る日差しの中で見る彼女は、ベージュのシャツに茶色のスカート、その上から茶色いエプロンを着けていた。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたかしら? 顔を洗うのには、そこの桶とタオルを使って。今日は天気が良いから朝食は外で皆と取りましょう」
キッチンにある作業台へ目を向ければ、水の張られた桶とタオルが置いてあった。
奥方は暖炉にかけてあった鍋を手に、また外へ出ていく。
木製の作業台は玄関から入って左手側の壁沿いに置かれている。
作業台の前に立つと、目の前の窓から外の様子が窺えた。
奥方と同じように女性が手に鍋を持って移動している。
作業台の上には桶の他にも、キッチンツールが並べられていた。
右手側には暖炉がある。
昨夜は既に火が消されていたので、存在に気付かなかった。
「一軒家ってこういう間取りなのね」
逆行前の娼婦時代は娼館で共同生活を送っていたため、一家族だけの生活は未知の領域だ。
「そうだね、玄関から入ってすぐにダイニングキッチンがあって、そこから各部屋に分かれるのが多いよ」
「水はこれを使っているのかしら?」
作業台の横に水がめがあった。
そこだけ床が一段下がっていて石畳が見える。
「うん、汲んできた水をここに溜めて生活に使ってるんじゃないかな。ぼくの家もそうだし。石畳の奥に排水溝があるから、使った水はそこへ流すんだ」
「なるほど、勉強になるわ」
「ディーさんに必要な知識かはわからないけど」
キールはクラウディアが公爵令嬢であることを知っている。
近々王太子の婚約者になることも。
そんな高貴な人が下々の生活を知ったところで役立たないのでは、とキールの顔が語っていた。
「様々な暮らしを知ることは大切よ。そこから学ぶことも多いわ。わたくしの経験上、知識は多いに越したことがないのよ」
「確かに、知識は武器になるもんね」
たくさんの不運に見舞われてきたキールは、その都度、持ち前の頭脳と知識で乗り越えていた。
身に覚えがあるのか、うんうんと頷く。
極力作業台を濡らさないよう注意しながら顔を洗う。
髪を梳くブラシが欲しいところだけれど、見えるところにはなかった。
(このまま手ぐしで我慢するしかないかしら)
一応あとで奥方に訊いてみようと思いながら、キールと手を繋いで玄関を出る。
窓はあるものの家の中は影になっていたようで、日の光が眩しく感じられた。
近くにいた人から声をかけられる。
「おはよう、良い朝だね。朝食はあそこの広場で集まって食べるよ」
指で示された方へ視線を向けると、既に人で賑わっていた。
昨晩見かけなかった子どもたちの姿もある。
民家の並ぶ通りを抜けた先が広場になっていた。
パッと辺りを見る感じ、村の世帯数は二十ほどだろうか。
どの家も一階建てで、白い漆喰の壁に茅葺き屋根がかかっている。
ドアも窓枠も着色されず、素材の木がそのまま活かされていた。
だからか、壁に描かれた花の絵が際立って見える。
白地に赤やピンク色の花が咲き乱れているのがとても可愛らしい。
造りは一緒でも家ごとに描かれている花が違うので、明るいうちは家を間違えることはなさそうだ。
世話になっている家の壁にはピンク色のコスモスが描かれていた。
地面には背の低い草が緑の絨毯となって広がっている。
ただ人が行き交うところだけは土が顔を覗かせて道を造っていた。
広場近くにある建物だけ大きさが三倍ほど違う。
平屋なのは他の家と同じだが、ドアも片開きではなく、両開きだった。
そこから椅子が外へ運び出されている。
集会所なのかな、と隣でキールが首を傾げる。
広場へ着くと、既に机がくっつけて並べられていた。
複数の机を合わせて長机にしている。
コの字形に設置された長机にはベージュの布が被せられ、その上に料理と食器が置かれていく。
村人たちの手際は良く、あっという間に人数分の椅子も並べ終わった。
奥方に手招きされて近付けば、隣に少女の姿があった。
長い茶髪を結ってお下げにしている。
身長はキールと同じぐらいで、歳も近そうだ。
「紹介するわ、娘のアイラよ」
「はじめまして、アイラです」
ダークブラウンの瞳には強い意志が感じられ、ハキハキとした声が耳に届く。
クラウディアとキールの挨拶が終わると、アイラが席へ案内してくれた。
村長を中心に、家族ごとに座る場所が決められているようだ。
アイラの隣にクラウディアとキールは並んで腰を下ろした。
全員の着席を見届けた村長が口を開く。
「天の恵みに感謝を」
おっとりとした艶のある声が響き、村人たちもそれに倣った。
合唱というよりは各々で呟き、食事に手を伸ばす。
慣れていないクラウディアとキールには、奥方とアイラが皿に惣菜を盛ってくれた。
素朴な木の皿にマッシュポテトと挽肉の炒め物、そして小麦粉を練り、薄く延ばして焼いたパンが添えられる。
朝食が終わったあと、ヘアブラシはなかったものの、クシを借りることができた。
台所で食器を片付ける奥方に、ダメ元で訊ねてみる。
「天気も良いし、村を見て回ってもいいかしら?」
「ええ、大丈夫よ。子どもたちも広場で遊んでるんじゃないかしら」
てっきり家に留まるよう言われると予想していた。
キールとは一緒に調査しようと決めたが、村人が快く思うはずがない。
けれど許されたなら、と早速家を出る。
「幌馬車でもそうだったけれど、緩やかに軟禁されている感じね」
「ぼくたちが大人しいからかな?」
数の優位は村人のほうにある。
腕力の乏しいクラウディアたちが抵抗したところで、すぐに制圧できると考えられているのかもしれない。
「外部の人間が動き回るのは嫌がりそうだけど」
クラウディアたちはよそ者だ。
ましてやキールは村を調査していたから、連れ去られることになった。
村人たちは自分たちをどうするつもりなのか。
「不可解だわ」
「うん、その理由を探っていこう」




