23.侍女は慟哭する
昼前にはリンジー公爵家の屋敷にヘレンの姿があった。
憔悴したまま医師の診察を受け、応接間へ通される。
(どうして、どうして……っ)
クラウディアではなく、自分だったのか。
助かるべきなのは主人であり、友人であり、妹のような存在の彼女なのに。
間近に王太子との婚約式だって控えている。
きまぐれな神様の残酷さに、ヘレンは叫びたくなった。
(わたしが取るべき行動を間違えたから?)
あのとき、こうすれば良かった。
では、このときは? 考え出したらキリがない。
侍女に扮するクラウディアに合わせて、気さくな態度を取っていたのも罪のように感じられた。
友人でもある侍女に支えられながら応接間へ入る。
中ではクラウディアの兄であるヴァージルが待っていた。
ヘレンにとって誰よりも大切な人と同じ黒髪と青い瞳を見て、滂沱の涙が流れる。
全身から力が抜けた。
(あぁっ、ディー! クラウディア様!)
どうして自分だけ助かってしまったの。
どうして、自分なんかが。
堰を切ったように溢れる感情を止められず、その場で泣き崩れる。
床を目の前に嗚咽しか出てこない。
視界も定まらない中、影が落ちた。
次の瞬間には侍女とは違う、力強い腕に肩を抱かれる。
「失礼」
その言葉と共に体が宙に浮いた。
ソファーへ運ばれる。
「ヴァージル、さま……っ」
横抱きにされ、黒髪が頬をかすめる。
主人の、クラウディアの色を見て、気付いたらソファーに座るなり縋っていた。
「わたしに罰を、クラウディア様をお守りできなかった罰をお与えくださいっ」
ただ存在しているのが辛かった。
苦しかった。
息をするのも。
クラウディアがいない場所で、生きていられない。
彼女の力になると誓ったのに、自分は何もできなかった!
「お願いします、どうか……」
「落ち着かないか!」
ドンッと壁が殴られたようだった。
実際には、ヴァージルが声を張り上げただけだ。
鼓膜がビリビリと震え、一瞬涙が止まる。
両肩を力いっぱい掴まれ、反射的に体が縮こまった。
「君はディーの何だ!?」
「じ、侍女にございます……」
「だったら仕事をしろ! クラウディアはここで君に自分を責めろと命令したのか!?」
「いいえ、いいえ……っ、クラウディア様は、そんな……」
「命令をするはずがないだろう。聡明な君なら、今、ディーが望んでいることがわかるはずだ」
「クラウディア様が、望まれていること……」
「自分を責めるな、ヘレン。君にはすべきことがあり、君にしかできないことがある」
「わ、わたしに何が……」
「ディーを助けることだ。現在、俺たちは後手に回っている。ディーを助けるには君からの情報が必要不可欠だ」
呆然とヴァージルを見上げる。
この瞬間までは、一人だけ馬に乗せられたときに見えた、取り残されるクラウディアとキールの姿が目に焼き付いて離れなかった。
瞬きと共に涙がこぼれ落ち、眼前にいる人物の存在を認識する。
よく見ると、自分と変わらないくらいヴァージルも疲弊しきっていた。クラウディアを思う気持ちは、彼も負けていない。
(ヴァージル様も、ずっと、ずっと、辛い気持ちでいらっしゃる……)
朝まで一緒にいた自分とは違い、昨日の昼から、彼はクラウディアを捜すべく奔走していたのだ。
そして傷心しながらも、青い瞳には強い意志が宿っていた。
見覚えのある瞳に、頭が晴れていくのがわかる。
「取り乱して、申し訳ありませんでした」
「いや、無理をさせている自覚はある。だが今は一刻の猶予もない」
「わたしが持っている情報を全てお話しします」
クラウディアの護衛騎士から同じ話は聞いているだろうが、ヘレンの目線で昨日からの出来事を順に話していく。
振り返り、言葉にする中で、ヘレンは重大なことに気付いた。
(どうしてもっと早くお伝えしなかったのかしら!?)
探偵として調査していたキールは、調査対象が住む村にあたりをつけていた。
襲撃されてパニックに陥ったことで、記憶が飛んでいたようだ。
「北部にある村か、重要な手がかりだな」
「お伝えするのが遅れて申し訳ありません」
「君に落ち度はない。悪いのは全てディーを連れ去った者たちだ」
ヴァージルが手の平に爪を食い込ませる勢いで拳を握る。
苦痛を耐える姿に、つい寄り添いたくなった。
(立場を弁えなさい)
相手がクラウディアなら、手を重ね、身を寄せて慰めた。
けれど彼はそれが許される相手ではない。
「こちらではどのように動いているかお訊きしても?」
「ああ、昨日すぐに検問をおこない、王都から出る馬車を止めた。しかし相手のほうが早かった。それから周辺へ早馬を出し、外へ向かう馬車を止めるよう通達した」
事前要請のない命令に対応するには時間がかかる。人手が確保できていないからだ。
そのため、ある程度内容を制限する必要があった。
今回の場合、とにかく遠くへ連れて行かれないことが優先された。
ただ公爵令嬢が連れ去られたとは公表できない。
それゆえ、事件の重要な証人を保護するためだと伝えられた。
「あのまま町に留まり、警ら隊の指示に従えば良かったのですね」
「だがそのような余裕はなかったんだろう? 相手も別の手段に出ていたかもしれない。この検証は全て終わってからで良い」
後悔するためではなく、次に活かすために。
そう言って、ヴァージルはヘレンに前を向かせた。
「ニナをクラウディアの影武者として立てることになった。早速ヘレンには彼女の傍に付いてもらいたい」
「かしこまりました」
いつだってクラウディアの傍らにはヘレンがいる。
それは当人たちでなく、周囲にとっても共通認識になっていた。
ヘレンは背筋が伸びるのを感じる。
自分が傍にいることで、ニナをクラウディアだと騙せるぐらい存在を認められているのだ。
侍女としてこれほど嬉しいことはなかった。
(わたしにはまだやれることがある)
クラウディアのために。
だったら全力を尽くすしかないじゃないか。
ヘレンが応接間を出るとき、もう支えは必要なくなっていた。




