21.悪役令嬢は幸せの村に辿り着く
ようやく幌馬車が目的地に到着する。
道中は、何とも不気味だった。
男たちが殊更親切だったからだ。
クラウディアを眺める視線は欲望にまみれていたものの、ただそれだけで。
幌馬車の揺れが大きくなると、体を気遣われてクッションを渡された。悪路ではあまり役立たなかったけれど。
検問を避けるため、途中、彼らは整備された道ではなく独自のルートを通った。
(本来わたくしは予定になかったようね)
男たちの会話から推測するに、クラウディアは攫う対象ではなかった。
彼らの目的はキールだけだったのである。
何かしら手違いがあったらしい。
だからといってキールを乱暴に扱うこともなかった。
拘束もすぐ解かれ、逃げないよう監視だけされていた。
指示を受け、幌馬車を降りる。
日が暮れる一歩手前だった。
オレンジ色のグラデーションが闇に溶けていくのが映る。
(休憩があったとはいえ、半日も移動していたの?)
時間の経過を実感すると膝が笑いそうになった。
もう体力の限界が近いのだ。
キールもすっかり大人しい。
軽口を言っていられる状況ではないけれど、彼の明るい声が恋しかった。
降りた先では人が集まっていた。
長身の女性が一歩前へ出る。
「ようこそ、幸せの村へ。私は村長のウルテアです」
村長は四十代くらいの迫力のある美人だった。
藍色の長髪に黒い瞳は夜を宿しているようで、口元にあるホクロが魅惑的に映る。
他の村人同様ベージュのシャツを着ているが、惜しげもなく第二ボタンまで開けられており谷間が覗いていた。
上から茶色いオーバーオールを纏っていても、胸やお尻がはち切れんばかりの豊満さを訴えてくる。
村長から溢れ出る色気に疲労が相まって頭がクラクラした。
「長い時間、幌馬車の荷台に乗っていて疲れたでしょう? そちらのご夫婦のお宅でお休みになって」
辛うじて視認できる薄明かりの中、村長が示した軒先に男女が立っていた。
暗がりで色は識別しにくいが、彼らも茶色で統一された装いなのが窺える。
クラウディアとキールが顔を向けると、夫婦は揃って頭を下げた。
旦那が口を開く。
「どうぞゆっくりしていってくれ」
「わたしたちにも子どもがいるから、不便はないと思うわ」
続けて奥方がキールへ笑いかけた。
断れる空気では到底なく、案内されるまま家の中へと入る。
ロウソクがともされているものの、本数が少ないのか全体的に暗い。
「そうだわ、移動中は食事もままならなかったでしょう? 軽食を用意するわね。あなたは追加のお布団を部屋に運んでちょうだい」
用意されていた部屋は、布団がぎりぎり三組敷けるぐらいの広さだった。
先の宿屋で借りた部屋より狭い。
調度品は、クローゼットと小さなテーブルが一つ。そして布団が一組敷かれていた。
察するに、元々キール一人のための部屋だったようだ。
クローゼットの中には茶色で統一された服が一式だけあった。
「薄汚れても、着替える気にはなれないね」
服を見たキールが舌を出す。
質も、着用しているもののほうが良かった。
ほどなくして、旦那が布団を運んでくる。
「二人で使うには狭いけど、寝泊まりするには十分なはずだ。トイレの場所は聞いたかな? 喉が渇いたらキッチンにある水差しの水を飲んでくれていいからね」
受け取った布団を敷いていると、今度は奥方がサンドイッチを作ってきてくれた。
カップには温かいスープも入れられている。
「ありがとうございます」
「いいのよ、外での移動は大変だったでしょう? 今夜はゆっくり休んでね」
クラウディアとキールが村に来た経緯を聞いていないのだろうか。
夫婦からは邪気が全く感じられなかった。
キールと部屋で二人きりになるなり、目を見合わせる。
村長の態度といい、不可解なことばかりだ。
「どうして客人として接せられているのかしら?」
「ぼくにもまだわからないけど、逃げられそうにはないよね」
「そうね、あのご夫婦がわたくしたちの見張り役でしょう」
愛想が良いからといって気を抜くのは早計である。
加えて、クラウディアたちには土地勘がない。
近場にいる野生動物もわからない以上、無策で逃げればどんな目に遭うかわからなかった。
「食べ物は大丈夫かしら?」
小さなテーブルに置かれた二人分の食事を見る。
「部屋を用意しているぐらいだし、ぼくたちを殺す気はないと思うよ。薬を飲ませて何かする気でも、こんな回りくどいことはしないでしょ」
多勢に無勢。
クラウディアたちに拒否権はないのだから何をするにしても命令すれば済む話だ。
荷馬車でもそうだったが、すぐに危害を加えるつもりはないらしい。
「では食べておきましょうか。いざというときに動けないのは避けたいわ」
「同感。食べられるときに食べておくべきだよ」
それでも慣れない状況に警戒心が勝り、サンドイッチを口へ入れるのには勇気がいった。
「うん、おいしいよ」
躊躇なくパクつくキールを見て、やっと口を開ける。
一口分を咀嚼して呑み込んだ途端、急激にお腹が空腹を訴えた。
(緊張で気付かなかったのね)
あとは抵抗なくサンドイッチを食べ終える。
スープを飲み干し、ふう、と息を吐けば人心地つけた。
「食器を返してくるわ」
「ぼくも行くよ!」
キールと手を繋ぎ、そろりと部屋を出る。
言わずもがな家の中を観察するつもりだ。
(子どもがいると言っていたわよね?)
気配が感じられず首を傾げる。
寝るには早い気もするけれど、もう夜だ。
ロウソクを節約しているなら日が暮れると同時に就寝していてもおかしくない。
都市部では考えられないが、農村部では日の出に合わせて暮らすところもある。
(部屋数は多くないみたいね)
玄関から入ってすぐがダイニングキッチン、そこを通り抜けると廊下があり、廊下からは三つのドアが見える。
玄関の正面、一番奥の突き当たりにあるのがトイレ。
右手側にあるのがクラウディアたちの部屋だ。
残りはあと一つ。
そこに夫婦と子どもがいることになる。
「ちょっとぼく行ってくるね」
言うなり繋いでいた手を離し、キールは用途不明の部屋のドアを開けた。
「トイレってここだったっけ?」
「ここじゃなくて一番奥のドアだよ」
「あ、ごめんなさい!」
旦那の声が返ってきて、すぐに閉じる。何を見たのかキールの顔は訝しげだ。
「ねぇ、子どもの姿が見当たらなかったんだけど」
「トイレに行ってるのかしら?」
「確認してくる」
キールはそのままトイレへ向かうが、子どもはいなかった。
「奥さんは子どもがいるって言ってたよね?」
「ええ、わたくしも聞いたわ」
「死角にいたのかなぁ」
「部屋が暗かったなら、見落としたのかもしれないわ。寝ていたら静かでしょうし」
「布団にはいなかったけど、この暗さで見落としたのはあるかも」
廊下を歩く分には問題ないけれど、明かりが届かない場所は真っ暗闇だった。




