20.怪しい御者は舌なめずりする
(へへっ、ようやくオレにも運が向いてきたな)
明け方、空の一部はピンク色に染まっていた。
馬の水飲み場では逃がしてしまったが、次は逃がさないと町の共有厩舎を見張る。
(まさかあのガキが乗ってるなんて思うかよ)
しかも王都に仲間たちを置いてきたところで、自分一人しかいなかった。
子どもだけならまだしも、大人の女が二人もいたら上手く対処できるわけがない。
(だから、あんときは仕方なかったんだ)
なのにリーダーを気取るルノーには、合流するなり溜息を吐かれた。
(置き去りにされたのを、いつまでも根に持ってんなよ)
不測の事態が起これば、一人だけでも村へ帰るか、後に仲間と合流すると事前に決めてあった。
剣を携帯しているやつに声をかけられれば、誰だってヤバいと思うはずだ。
取り決めに従っただけだというのに、何が不満なのか。
(だけどアイツの天下も、もう終わりだ)
何せ自分はあの公爵令嬢を見つけたのだから。
水飲み場で話しかけられて、すぐに気付いた。
先生から警告と共に聞かされていた人物像と丸っきり同じだったから。
(美人だとは聞いてたけど、ありゃ凄い)
土で薄汚れていても、村の女たちより何倍も綺麗だった。
先生が欲しがっていたのも頷ける。
(上手く渡せれば、オレの評価もうなぎ上りだ)
最近ルノーばかりが目立って気に入らなかった。
ちょっと顔が良いだけで、村長の覚えもめでたい。
幸せは公平に分け合うものだ。
村ではそう教わるのに、これではあんまりじゃないか。
統率力はまた別の話なのはわかっている。
でないと村に村長がいる意味がない。
だからこそ探偵の子分だけじゃなく、公爵令嬢も捕まえることで自分の力を示すのだ。
(先生に認められたら、新しい村の村長になることだって夢じゃない)
村で世帯数が増えると、新しい村を構えるのが習わしだった。
先生が国を出てからは造られていないが、連絡は取れるのだから、今まで通り場所さえ示してもらえればいい。
(オレの理想郷を造るんだ)
そうなれば、もうルノーから指示されないどころか、自分が指示する側だ。
(先生が飽きたら、オレの村に公爵令嬢を貰えるかな)
産まれる子どもたちは、きっと皆可愛いだろう。
(想像じゃなく、現実にしてみせる)
合流した仲間には、子どもと一緒に美人の女がいるとしか伝えていない。
(横取りされてたまるか、オレが真っ先に捕まえて手柄を立てるんだ)
当初の標的は探偵の子分だけだった。
大柄な探偵を捕まえるのは、さすがに骨が折れる。
子分を捕まえるだけでも探偵を牽制できると村の意見が一致し、実行に移すこととなった。
村へ人を連れてくるときは豊かさを理由に交渉するのが常だったが、子どもだけなら、いつもの手順から外れても大して難しくないという結論に至ったのだ。
だから追加で女も攫おうと提案したとき、ルノーは渋った。
(まぁ結局オレの意見が通ったんだがな。ざまぁみやがれ)
仲間たちも、そろそろ新しい村人が欲しくなっていたのだ。
男ではなく、女の村人が。
無理をすれば村に迷惑がかかるかもしれないとルノーは言ったが、むしろ村のために、今こそ無理をするときなのだ。
先生が国外へ出てから、村への人の流入が減っていた。
自分たちで細々と確保は続けていたが、めぼしい成果が出ているとは言い難かった。
(オレのほうがルノーより皆のことをわかってる)
女が美人だと知れると、置き去りしたことに文句を言っていた仲間たちも機嫌が良くなった。
最終的にルノーが折れ、提案者である自分がこうして厩舎を見張っている。
町中で聞き込みできたら話は早いのかもしれない。
しかし村民以外と関わると、折角浄化した体が毒される危険があった。
薬を売るとき、日用品を買うときも、人との接触は極力避けているというのに。
(あのときの口ぶりから、王都へ帰りたがってるのはわかってんだ)
この町の乗合馬車は昼からしか運行しない。
自分から逃げた以上、のんびり昼まで待っているとは考えにくかった。
朝一で王都へ向かうとあたりをつけ、仲間たちは先に襲撃場所で待機している。
あたりが外れたら、ずっとここで出てくるのを待つことになるだろう。
昼になっても自分が仲間と合流しない場合は、仲間のほうから来てくれる手筈になっている。
そうしたら見つけ次第、捕まえてしまうのもありだ。
最早探偵の子分よりも、公爵令嬢が本命になっていた。
(頼むから出てきてくれよ)
空が白みはじめる中、村特製のタバコに火を付けた。
村外に出る村民だけに持たされる気付け薬だ。
外に溢れる毒から身を守ってくれる。
「はあーっ」
肺から全身へ、体の隅々まで癒やされるのを感じる。
(大丈夫、オレならやり遂げられる。そして新しい村の村長になったら公爵令嬢を迎え入れるんだ)
空が七色に輝いて見えた。
その時。
「やった! やっぱりオレは正しかった!」
目当ての人物が厩舎に入るのを見る。
他にも二人増えていたが、こちらも仲間を併せて五人いるのだから問題はない。
彼らよりも一足先に馬を走らせ、襲撃場所で待機していた仲間と合流する。
「来るぞ! 予定通りで問題ない!」
「わかった。じゃあ手筈通りに……おい、お前もしかしてタバコを吸ったのか?」
「あん? いいだろ、毒から身を守るためだ」
「だとしても、あまり吸い過ぎないよう言われてるだろ。判断が鈍るぞ」
「うっせぇな、大丈夫だよ。オマエはオレのかぁちゃんか何かか?」
相変わらずルノーは口うるさい。
幌馬車の荷台を林に隠し、移動は馬だけでおこなう。
手頃な木を切り倒して道を塞げば準備完了だ。
ことは予定通り進んだ。
女を一人取り逃しはしたが、目当ての子どもと公爵令嬢は手に入れられた。
(くっそ、あの女、許せねぇ……っ。でも上手くいった)
痛みで蹲りながらも、愉悦で唇が歪む。あとは先生に引き渡すだけだ。
万々歳だというのに、ルノーはこちらを気遣うこともなく怒鳴りつけてきた。
「お前っ、彼女が誰かわかってるのか!?」
(うるさい、わかってるに決まってるだろうが)
「先生が警告していたのを忘れたとは言わせないぞ!」
そうだ、国を出ることになって、今まで通りの支援ができなくなるからと色々言われた。
そして公爵令嬢が欲しいとも。
「はぁ、こうなっては仕方ない。とりあえず村へ帰ろう」
(最初から黙ってそうすればいいんだよ)
結局ルノーは折れるのだ。
怒鳴ってきたのは、やっかみだろう。
(オレが大物を見つけたから焦ってるんだな)
築いてきた地位が奪われると危機感を募らせているに違いない。
帰路の間もルノーの不機嫌は続いた。
「本人には手を出すなと言われていたのに。先生が欲しがっていたのは公爵令嬢の情報だけだ」
しまいには先生の言葉を曲解しはじめる。
案の定、仲間たちに動揺が広がった。
「ルノー、どうするんだ? このまま村へ連れて帰って大丈夫なのか?」
「おい、不安を煽るなよ」
「バカッ、ミスをしたのはお前だ!」
「はぁオレは間違ってねぇ! 大体、オマエらだって乗り気だったじゃねぇか」
「それは美人がいるっていうから……公爵令嬢だって知ってたら乗らなかったさ」
「じゃあオマエは公爵令嬢との儀式には参加しないんだな?」
「べ、別にそうとは言ってないだろ!」
「いい加減にしろ! 論点がズレてる!」
仲間を言い負かしたタイミングでルノーが割って入る。
自分に都合が悪くなるとこれだ。
まだ主導権を握っていると信じ、ルノーは今後について語った。
「とりあえず村まで連れ帰って、先生に判断を仰ぐ。俺たちじゃ手に負えないからな」
「逃がすのはダメなのか? 危害は加えてないだろ?」
「襲ったことに変わりはない。どちらにせよ子どもは逃がせないんだ」
いつの間に仲良くなったのか、公爵令嬢は探偵の子分と手を握り、一時も離れなかった。
「俺たちの顔も見られてる。下手に連れ回すより村で囲っているほうが安全だ」
「じゃあいつも通りってことか」
村では頃合いを見て、新しい村人を迎える。
外から連れて来るため、皆すぐには村の教えに慣れない。
それだけ毒に侵されているのだ。
けれど儀式を経て身を清めれば、次第に馴染んでいった。
公爵令嬢もそうなる。
「ああ、だが儀式に関しては先生からの返答を待つ必要がある」
「先生も参加されるかな?」
「どうだろう、先生は国内に来られないから……」
論点がズレていると言っていたわりに、儀式の話になっていて辟易する。
詰まるところルノーも公爵令嬢と儀式をしたいのだ。
(やりたいのは同じなのに、自分だけ違う、みたいな顔しやがって)
ルノーのこういうところが好きになれなかった。
幸せは公平に分け合うもの。
そのためにも欲求に正直であるべきだというのに。
(やっぱりオレのほうがリーダーに向いてるな)
高みの見物よろしく、ルノーと仲間たちのやり取りを眺める。
「子どものほうは、まだ大人になっていなさそうか?」
「多分な。声変わりもしてない」
「だったらしばらくは公爵令嬢と一緒にしておいて、予定通り、少しずつ他の子たちと慣れさせていこう」
外で生まれ育った者は、子どもといえども注意を怠れない。
悪い考えを村の子たちに吹き込むかもしれないからだ。
毒されている具合を確かめて、まずは教育からはじめるのが習わしだった。
とはいえ、荒療治は強い拒否反応を引き起こしやすかった。
公爵令嬢と一緒にしておくのは悪くない判断だ。
心の拠り所があれば、教育にも耐えられる。
(早く公爵令嬢と儀式できねぇかなぁ)
大人は教育より儀式をするほうが慣れやすい。
村への理解度が深まれば、仮に外の連中が妨害してきても、公爵令嬢自ら撥ね返してくれる。
先生からの返答が、待ち遠しかった。




