18.少年探偵は考えを述べる
(でも三人で寝るのは、さすがに……)
町に追っ手がいる状況から、同じ部屋で過ごすことに否はなかった。
でも、でも、と戸惑いが消えない。
部屋に置かれたセミダブルのベッドを見ると、顔が熱くなる。
(さすがにぼくでも意識するよ!?)
だって男の子だもん!
隣に座って話すのと、寝るのは違う。
人間、三大欲求を満たす時が、一番無防備になるとされている。
睡眠はそのうちの一つだ。
女性二人の無防備な姿を見ることになる。
また、自分も晒すのだ。
あわあわして当然だった。
ふうー、と深く息を吐く。
悲しいかな、現実はキールに冷や水を浴びせた。
「キールは気にしなくていいのよ」
姦しい二人のやり取り。
クラウディアとヘレンは、キールを全く意識していなかった。
(それはそうだろうけどさ!)
歳の離れた弟に見られているのは薄々感じていた。
ちゃんと向き合ってくれるとはいえ、二人から自分がどう映ってるかぐらいは察せられる。
どう見ても子どもだ。
声変わりだってまだしていない。
(なのに寂しく感じるのは何でかな)
男とは何か。
とりとめない考えを巡らせながら、キールは夕食をとることになった。
宿屋の食堂で夕食をとり終わっても答えは出なかったけれど、頭を切り替えて追っ手についての情報を二人と共有しておくことにした。
部屋に戻り、あえてベッドに腰かける。
そうすれば見ることで意識するのを防げた。
キールが話をしようとしているのを察したクラウディアとヘレンは、部屋にあった一人掛けのソファーにそれぞれ腰かける。
「依頼内容については話せないんだけど、考えをまとめたいし、二人にも知っておいてもらったほうが良いかなって」
もしものときのために。
キールがクラウディアとお近付きになりたかったのは、自分の身を守るためでもある。
リンジー公爵家が公明正大なのは知っていた。
いざというとき、情報を持って逃げ込めば助けてもらえるかもしれない。
「まず追っ手は荒事に慣れてないと思う。慣れてたらぼくを取り逃がさないだろうし、ぼくの知る限り、彼らは一般人と大差ないから」
独特な思想を持っていても、犯罪ギルドに与しているわけじゃないのだ。
村での彼らの生活は他と変わらなかった。
キールの発言を聞いて、クラウディアが、確認なのだけれど、と軽く手を挙げる。
「調査対象は集団なのね?」
「うん、そう。軽く接触したこともあるよ。茶色で統一した服装といい、変わってる感じはするけど、悪人かって訊かれたら悩むかな。暴力的な人たちではないから」
「では今回は彼らにとって特例なのね。キールが狙われたのは、調査していたからかしら」
「理由はそれしか思い当たらない。彼らにとって、ぼくの存在は不都合なんだ」
知らない間に、村人たちが実力行使に出るような事実を掴んでいたのか、このまま放置すれば掴まれると考えたのか。
(案外、頭にあたる村の場所に近付いてるのかもしれない)
既にいくつか村は発見している。
村人たちの動きは、キールが核心に迫っているという事実の裏返しでもあった。
「やはり警ら隊へ行ったほうがいいかもしれないわ。キールが特例なら、行商人ごと襲われる可能性だってあるもの」
「ディーさんの心配はもっともだけど、襲われはしないと思う」
「どうしてかしら?」
「さっきも言ったけど、彼らは荒事に慣れてない。それに加えて自分たちに捜査の手が伸びるのは避けたいんじゃないかな」
一番の理由は薬の存在だ。
クラウディアたちには話してないけれど、村人たちにとって村の収入源である薬が暴かれることを何より忌避していると考えられた。
「だって個人で調査してたぼくを狙うくらいだもん」
平民が一人消えたところで、大きな騒ぎにはならない。
祖父をはじめ、家族はあらゆる伝手を使って捜査を訴えるだろうが、村人はキールの家が牧場を営んでいることすら知らないはずだ。
だから実力行使に出た。
本命は同行者のほうで、消えるのが二人になったところで大差なかった。
(洗脳薬も存在しているし……)
連れ去ったあと、独自の思想に染めることが可能なら、解放されるかもしれない。被害者が被害を訴えないなら事件に問えなくなる。
「ぼく一人ならどうとでもなったかもしれないけど、行商人のおじさんは有名な商会と取引があるんでしょ? そうでなくとも行商人を襲うリスクは把握してるんじゃないかな」
貴族ほどでないにしろ、行商人が襲われたとなれば警ら隊も動かざるをえない。
放置すれば流通に支障が出るからだ。
経路の安全を確保するよう商人ギルドも圧力をかけるだろう。
村人たちも薬を卸している以上、そのあたりの動向を知らないはずがなかった。
クラウディアが頷く。
「他者の介入を嫌っているなら、キールの言う通り、襲われる可能性は低そうね。客観的に見ても、被害者の人数に比例して事件性は高くなるもの」
幌馬車の一件は、キールの不運にクラウディアたちが巻き込まれただけだ。
貴族街で目が合った村人は、あくまでキール一人を狙った動きしか見せていなかった。
「あと彼らの拠点についてなんだけど」
「心当たりがあるの?」
「明確な場所がわかってるわけじゃないよ。彼らが迂回路を取っていないなら、終着点は王都郊外の北部だと思う」
王都の裏市場でも薬が流れているとわかった時点で、今までに見つけてきた村から、条件に合う場所を予めピックアップしていた。
村は領地を越えて点在しているけれど、薬の流通は村がある領内に限られる。
幌馬車を持っていても、行商人のように長距離を移動するノウハウを持っていないからだ。
その代わり、領内には村が複数あるのが常だった。村同士の距離は近かったり遠かったりと規則性はない。
活動範囲は最大で、村から二日程度の距離だと推測できた。
「御者台の裏に積まれてた飼料もそれほど多くなかったから」
他、荷台に積まれていたのは日用品だった。
薬を売った金で購入したのだろう。
それが本来の幌馬車の用途で、人攫いはついでに近いように感じられた。
こういった面からも荒事を専門に活動していないのがわかる。
「キールは本当に探偵なのね」
しみじみと吐き出されたヘレンの言葉に、キールは目をむいた。
「嘘だって思ってたの!?」
「嘘というか、失礼ながら外見と職業が上手く符合しなくて」
ヘレン曰く、愛らしい少年が危険を冒して調査をおこなっていることが受け入れがたいのだという。
一緒に御者から逃げてきたところだが、常日頃から彼がそうだとまでは想像できないとも。
クラウディアも同意なのか、苦笑を浮かべていた。
「まぁ子どもなのは事実だし、信用してもらえないのは、これがはじめてじゃないけどね」
「信用していないわけじゃないのよ?」
「キールが賢いことはすぐにわかるものね」
頭脳と年齢が釣り合わないのはキールも感じていた。何せ同世代の子どもたちとは、全く話が合わないのだ。
だから仕方ないかとも思う。気を付けていても、人は先入観から逃れられないものだ。
「わかってくれたなら、これ以上は気にしないことにするよ」
目に見えてヘレンがほっとする。
(この人たちはどこまで人が良いんだろう)
子ども相手に真剣に取り合ってくれるのだ。
見た目から大人に侮られることが多いキールにとって、クラウディアのみならずヘレンの対応も新鮮なものだった。
(主人が良い人だと、侍女もそうなるのかな)
話が一段落したところで、ヘレンからベッドメーキングすると言われてベッドから退く。
本職だけあって手際が良い。
並んで眺めていたクラウディアがヘレンに話しかける。
「今夜の運動は軽いものだけにしておきましょうか」
「運動?」
今から何をするのかと、思わず首を傾げた。
そんなキールにヘレンが顔を向ける。
「キールも一緒にやる?」
「え、まぁ、一緒にできるなら?」
断る理由が見つからなかったので、キールもクラウディアの指示に従って体を伸ばした。
どうやら寝る前に柔軟体操をするのが二人の日課らしい。
「美しい体形を保つのに必要なのよ」
「ぼくにも必要なのかなぁ?」
特にバストアップの運動については、いらない気しかしない。
かといって一人でじっとしていると目のやり場に困るので、彼女たちに付き合う。
次第に体がぽかぽかしてきた。
「早いけれど、明日に向けて寝ましょうか。キールは真ん中で良いわよね?」
「ふぇっ!?」
これが一番収まりが良いと思うの、とクラウディアから提案される。
ヘレンはすぐに快諾した。
当のキールは頭が沸騰して何も考えられない。
気付いたときには、ベッドの上で美女二人に挟まれていた。
(ぼく一体どうなってるの!?)
家族以外とベッドを共にしたのは、これがはじめてだ。
(は、はじめてが公爵令嬢とその侍女だなんて……っ)
世の男性全員から嫉妬されてしまう。
二人から男として意識されていないからこそ、この状況があるのだけれど。細かいことはいいんだよ! と細胞が叫んでいた。
(うぅ、ドキドキして寝られるかな)
照明を消すと、窓のない部屋は真っ暗になった。
けれど寝る前におこなった運動で、二人が母親と比べものにならないくらい綺麗な体をしているのは目に焼き付いている。
その気配がすぐ隣にあるのだ。
(ううぅ、ぼくは)
解れたはずの体が緊張で硬くなった。
(ぼくは、なんて――)
今夜はじめて、キールはきまぐれな神様に感謝を捧げた。




