17.少年探偵は悪役令嬢と出会う
同行者が、町へ出てきていた村人たちに話しかける。
「皆さん見事に茶色一色っすねぇ」
「私どもにとって茶色は、天の恵みなんです」
「そうなんすか? はじめて聞く考え方っす」
「ふふふ、あなたも村で過ごされれば、すぐに理解できるようになりますよ」
勘がやめておけ、と警告を発した。
同行者も、あれは戦場でハイになってるヤツの目っすよ、と言って大きな体を震わせた。
キールたちは深入りせず、調査は村の外からに留めた。
(村の規模と薬の流通量が合わない……)
領内の裏市場で出回っている薬の量は、デミトル伯爵が掴んでいた。
そこに町へ卸す鎮痛薬も加わる。
見つけた村は小さく、せいぜい二十世帯ぐらいしかない。
村人全員が薬の製造に従事していても、まかなえる量ではなかった。
(なら、他にもあるんだ)
個人だからこそ、キールたちは小回りが利く。
けれど逆に広域的な情報を得るのは難しい。
足りない部分については遠慮なくデミトル伯爵を頼った。
調査過程を報告し、独自の知見や情報をもらう。何せ薬の流通についてはデミトル伯爵の専門分野だ。
それと自分たちの調査結果を照らし合わせ、他の村の位置にあたりを付けた。
デミトル伯爵の要望もあり、調査は領地外にも及んだ。
(きっと伯爵は最初から領地外でも薬が流通してるのを知ってたんだ)
となると規模は計り知れない。
伯爵ほどの人が秘密裏に調査するのも頷けた。
鎮痛薬だけでも、デミトル伯爵の下で製造、流通ができれば莫大な利益を生むだろう。
(問題は、媚薬や洗脳薬の類いも効果があるってところだけど)
デミトル伯爵はこれらをどうするのか。
陰鬱な考えが浮かんで仕方ないが、さすがにキールの手に負えるものではなかった。
(先に領地内に調査範囲を絞ったのは、そちらのほうが情報を得やすいからかな)
広大な砂漠から石ころを捜すのと、手にすくった砂の中から捜すのでは効率がだいぶ違う。
現にキールたちは関係先である村々に辿り着いた。
(わざわざ外部に依頼したのは、伯爵が調べてることすら誰にも気取られたくないからだよね)
ますます無事に家へ帰れる気がしない。
でもキールは諦めず調査を続けた。
自分の手に情報が集まれば集まるほど、切札が増えると知っていたからだ。
貴族社会で平民が生き抜く方法については、祖父からみっちり教え込まれていた。
転々と滞在先を替え、遂には王都へ向かうことになる。
(まさか王都でも出回ってるなんて)
怪しい薬の存在は警ら隊も掴んでいるようだが、いかんせん王都は人口密度が高い。
比例して犯罪も多く、怪しい薬だけを捜査している暇はないようだった。
王都へ出向くにあたり、今までは連絡係を通しての報告だったが、貴族街で直接デミトル伯爵と会うことが決まった。
キールにとってはデミトル伯爵こそがラスボスだが、まだ村の全容が掴めていないことから、猶予はあると考えていた。
どうも今までにキールが見つけた村々は手足のような存在で、頭ではないようなのだ。
薬の製造はどの村でもおこなわれているが、頭を押さえない以上、デミトル伯爵は薬を独占できない。
(頭を見つけてからが、ぼくの正念場か)
一緒にいても邪魔なだけなので、同行者は競馬へ行かせた。
折しも家の馬が出場するので、それとなく現在の居場所と無事を伝えてもらうためでもあった。
茶色のベレー帽にベージュのベスト。
どこか件の村人を彷彿とさせるキールの装いは、村人に会ったとき、親近感を抱いてもらうのが狙いだった。
あえてシャツを白くしているのは、まだ彼らのコミュニティーに属していないからだ。
村人には独自の思想があり、規定がある。
教えを知らないよそ者が勝手に踏襲すれば、逆に反感を買う恐れがあった。
だからあくまで一般的に見てもおかしくない組み合わせに留めている。
デミトル伯爵への報告は、何の問題もなく終わるはずだった――、
「ぼくはなんて運が悪いんだ!」
――道中、自分に狙いを定めている村人と目が合うまでは。
(まさか貴族街に入って来られるなんて!)
平民は、許可証がないと貴族街へ入れない。
他の領地なら賄賂も通用するが王都は別だ。
どうやら村人には伝手があるらしい。
(ていうか、何でぼく!?)
調査は同行者とおこなっていた。
いかつい大柄な男と。
基本的に皆、探偵は同行者のほうだと思う。
キールは単なる付属品に見られるのが常だった。
偶然か、それともキールを捕まえれば同行者も捕まえられると考えたのか。
何にせよ、明確な意思を持って追いかけてくる相手からは逃げるしかなかった。
相変わらず運の悪さは健在だったけれど。
(ディーさんと出会えたのは、ぼくの人生の中で数少ない幸運だ)
いかつい見た目と腕力しか取り柄のない同行者よりも頼りになる。
最初に目を引いたのは、触れたら綿のように柔らかそうな手だった。
到底雑用をしているとは思えない艶のある指先を持った侍女に違和感を覚えたのだ。
視線はさらに下り、スカートの裾に行き着く。
(サーキュラースカート? えっ、まさか)
祖父は上級貴族の家で支給される制服のデザインについても詳しかった。
どうやら昔、付き合った女性から教わったらしいけど、それはともかく。
サーキュラースカートはウェスト部分を中心にして広げると、綺麗な円形になるのが特徴だ。
その分、裾が広がって波打つフレアスカートよりも裾幅が広い。
これは裾始末が難しくなるのを意味していた。
裾が円形になっているということは、縫い代を折ると、折って上にきた生地のほうが幅があり余ってしまう。
美しく処理するには技術を要した。
シワなく仕上がった裾、それが決まった間隔で波打っているのを見て動揺が走る。
このデザインを用いるのは王家御用達の仕立屋だった。
恐る恐る視線を上げ、変装では隠しきれない美貌を目の当たりにしたとき、キールは心臓が止まるかと思った。
緩やかなクセのある黒髪に意志の強さが窺える青い瞳。
絵姿と伝聞に聞く公爵令嬢その人だとわかったときは、実際に一瞬止まったかもしれない。
体のバランスを崩したぐらいだ。
変装に制服を選ぶこと、言葉遣いを崩させることなど着眼点が良いのは高等教育を受けているからだろうか。
逃げ込んだ町で王都へ向かう行商人を見つけたのだってそうだ。
知り合いの商会の取引相手だったのはたまたまかもしれないけれど、あたりを付けた条件が良かったから結果として表れた。
(所作は綺麗なのに、どこか貴族らしくないって感じるのは何でかな)
侍女に扮しているのを抜きにしても。
幌馬車の汚れた荷台に腰を下ろすのにも躊躇しなかった。
商いの信念を持っている相手にお金を払って交渉した以上、襲われる可能性が低くなったとはいえ、下心の交じった視線にクラウディアは動じなかった。
祖父から教わった貴族令嬢の姿とはまるで違う。
(ぼくの話も真剣に聞いてくれるし)
クラウディアと会ってから、軽んじられたと感じたことは一度もなかった。
握られた手は、綿どころか絹を連想させるほどだというのに。
平民の子どもでも、ちゃんと一人の人間として扱ってくれる。
その事実に胸が温かくなった。




